第10話 奥の手

「どうやら、この勝負はわが社の勝ちのようですな」


 アオイとシロハが戦いっている場所から少し離れたところで、製造企業の幹部が下卑た笑みで弟の劣勢を黙って見守るカイに行った。

 やはり、庶民は貴族に勝てないのだ。いくら努力したところで、生まれ持った者との差は埋まらない。

 その事実が製造企業の幹部にとって愉快この上なかった。


「そうですなぁ……修理屋の土地はわが社がこれまでの営業妨害の慰謝料として貰い受けることにしましょう。そうだ、それがいい」


 自身の勝ちを確信した製造企業の幹部はカイを挑発する。

 ────しかし


「……」


 カイはその挑発にに乗ることはなかった。

 それどころか、戦況を見つつほのかに笑みを浮かべている。

 明らかに自分が負けているのに余裕の態度で静観しているカイが幹部の癪に障った。


「なぜ笑っている修理屋! 今の状況が恐ろしくないのか! 店がつぶれようとしているのだぞ!? 怖くはないのか!?」


 製造企業の幹部は唾を飛ばして激昂する。

 そんな幹部に対し、カイはやはり余裕な態度を崩さないまま静かに口を開いた


「怖い? ……ああ、怖いねぇ。怖い怖い」


 カイが「怖い」という単語を連呼する。

 ただし、笑顔は絶やさないまま。

 依然として余裕なカイはゴーグルの位置を微調整して


「だってあのシロハが切り札を出して切り札を出してきたんだ」

「ふ、ふん。自分の置かれている立場というものが分かっているではないか。ハハハハハハ」


 幹部はカイの答えに安堵して笑う。

 いや、本当は前から笑いたかったという表現の方がこの場合は適切かもしれない。


「ハハハ」


 幹部の笑声につられるように、カイが笑った。

 幹部は、カイの笑いが不気味で仕方がなかった。常人ならこの状況で笑えるはずがない。

 つい、幹部は笑うのをやめてたじろいでしまった。


 ────それでも、カイは笑うのをやめない。

 それどころか蚊の鳴くような声だったはずのカイの笑いはどんどん大きいものになっていく。

 幹部は顔を引きつらせて


「貴様……狂ったか?」

「ハハハ……、狂った? それは違うね。俺はまともさ。怖い。ただ純粋に怖い。恐怖を感じている」

「ではなぜ笑う!」


 幹部は怒鳴りながら核心を問う。

 幹部はいつの間にか、このただの庶民に恐怖を感じていた。

 その恐怖を払拭したかった。


「え? なぜってそりゃぁ────」


 カイは自分の心境があたかも当然だと言いたげな顔をした。

 そして、幹部の問いに対する答えを口にする。


「誰だって怖いと思うよ。 あなただってあまりにも現実が、怖いって思うでしょ?」

「ッ!?」


 カイがおもむろに懐からマイクを取り出し、ここからが正念場だと気合いを入れる。

 自分の弟が負けるわけがない。スカイドラゲリオンが、負けるわけがない。

 勝ちを確信した、希望に満ちた声でマイクに叫ぶ。


「アオイ、五分でホワイトフォーゲルをぶっ壊せ」






 気づけば、アオイはスカイドラゲリオンの残骸に埋まっていた。


「負けたのか……俺は」


 アオイは悔しさの混じった声でいう。それはシロハにまったく歯が立たなかったことに対する悔しさだった。

 ホワイトフォーゲルの『断罪の剣ジャッジメント』によりスカイドラゲリオンは完全に大破した。

 一矢報いることすらできない。

 負けた……完全に……。


「……ん?」


 ここで、アオイは己の体に違和感を感じた。

 軽い。体が、軽い。

 まるで何かに支えられているかのように。


『アオイ、五分でホワイトフォーゲルをぶっ壊せ』

「はいっ!?」


 薄暗い暗闇の中で、突然の兄の声にアオイの心臓が跳ね上がる。


『おいおい。なに乙女チックな声を出してんだよ。お兄ちゃん悲しくなっちまうぜ』

「えっ!? あ!?」


 それから数瞬後、アオイは違和感の正体にたどり着いた


「これは……何かのスーツ?」

『ご名答』


 アオイは自分の体を動ける範囲で観察する。

 アオイの体は、小さなころに憧れていたヒーローのようなロボットスーツを顔を含めた全身にまとっていた。

 カイがスピーカー越しに自慢する。


『実はこのコントロールスーツには設計上の都合で竜心機核が組み込まれているんだよ。……まぁ、それ自体はあんまり関係ないんだけどさ。せっかく竜機のエネルギー炉部分がスーツについてるんだから、何かできないかなーっておもってな』


 軽い調子で言うカイに、アオイは「まさか……」とつぶやいた。

 このロボットスーツと竜心機核、そして体が軽い。

 そこからアオイが導き出した結論は一つだった。


『だからな、スカイドラゲリオンのなかにもう一つ装着型の竜機を作っちゃった。いわゆる第二形態だ』

「はぁああああああ!?」


 アオイは兄の爆弾発言に絶叫する。

 今でもカイがしでかしたことをよく理解していないが、カイがとんでもないことをしでかしたという概念だけはわかった。


「えっ!? はっ!? どういうこと!?」

『これならもう一度立ち上がれるよな? 竜機って図体がでかいから意外と小さいものを相手するのは難しいんだよ。つまり、アオイは圧倒的に有利なわけだ』

「待って! 壊すって何!? どうやって!?」

『あーもう時間が少ないなー。第二形態も万能なわけじゃないからエネルギー残量的に制限時間は10分だ。まぁサクッとシロハがいるホワイトフォーゲルのコックピットに風穴開けちゃって☆』

「わぁあああもうチクショぉおお!」


 アオイは理不尽に対するやけくそ半分、もう一回チャンスを与えてくれた兄への感謝半分で瓦礫を押しのけ飛び立つ。

 竜機並みの出力をそのまま動力にしているためか、その勢いはすさまじいものだった。

 あっという間にホワイトフォーゲルのいる地点に到達する。


「シロハ様! なんだかよくわからないですが俺の刃、まだ届くっぽいです!」

「なっ!? なんだその姿は! 小さな竜機だと!?」


 アオイはシロハが驚愕している隙にホワイトフォーゲルのコアに正拳突きをいれる。

 アオイの拳を点として放射状の亀裂が走った。


「くっ、小癪な!」


 すぐさまシロハもアオイに向かって剣をふるうが、対象アオイが小さすぎて刃が当たらない。

 シロハがアオイに攻撃をくわえようと苦戦する間にも、アオイはホワイトフォーゲルの配線をちぎり背中のブースターの出力を落としていく。


「まずい! このままだと墜落する!」

「よいしょっ!」


 アオイが力いっぱい背中のケーブルを引っ張るとホワイトフォーゲルのブースターがスパークを起こした。

 シロハのコックピットでブースターの出力がゼロパーセントを示し、白い竜機が地面に激突する。


「ぐあっ……」


 シロハの耳をたたくアラームとサイレン。もう『白剣皇』を顕現させるエネルギーも残されていない。

 墜落の衝撃で装甲もはがれ、配線系統もボロボロ。

 他の十二機神姫と対戦した時を含めても、ここまでホワイトフォーゲルを破壊した者はいない。


 それでもなお、アオイは油断せずに上空から足を振り上げる。

 シロハはコックピットのモニターに映る背景の空と同じ色をした小さな竜機に思わず見惚れてしまった。


空の覇竜スカイドラゲリオン……か」

「でいやぁあああ!!!」


 アオイ渾身のかかと落としがホワイトフォーゲルの鳩尾みぞおちを粉砕する。

 コックピット内に光が差し込んだ。

 アオイはコックピットの壁を無理やりはがして、操縦席に座るシロハの首に手刀をあてる。


「チェックメイト」

「ふっ……わたしはおまえという存在を甘く見ていたようだ。……降参だ。おまえのやいば、私にしっかり届いたぞ」


 シロハはどこか吹っ切れた様子で小さく手をあげる。

 こうして、アオイとカイによる大番狂わせは幕を閉じたのであった。

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