第8話 白剣皇

「ッ!?」


 アオイは耳を疑った。

 ホワイトフォーゲルの機体が白く輝き、その光が大剣へとつたう。

 まるで、ホワイトフォーゲルのエネルギーが刃となっていくように。

 意識とは反してとめどなく出てくる唾を飲み込み、目の前で起こる奇跡を注視する。


「これがホワイトフォーゲルの『』だ。公式の大会でも滅多に見られない」


覚形かくけい』それがこの奇跡の正体。

 竜機にはそれぞれ『覚形』がある。竜機の個性と呼べる代物だ。

 ホワイトフォーゲルの場合は『白剣皇セイバー』、対象を斬ることに特化した形態。

 全竜機の中で最高の攻撃力を誇る白き刃はもともとの二倍の長さになっていた。


 テレビで何度か見たことのあるアオイであったが、間近で見るのは初めてだ。

 しかし、それでもこの刃がこの上なく危険であるということはわかる。

 そして、『白剣皇』を相手にした竜機の結末も。


 シロハは自慢げな声色で、切り札を出してきた戸惑うアオイに問う。


「どうだ? 画面の中で見るよりもずっと違うだろう?」

「あの、シロハ様……その、見せてもいいんですか? 俺は初心者ですよ?」

「愚問だな。私のホワイトフォーゲルに傷をつけたのだ。それ相応の実力はある。たとえどの十二機神姫がおまえと戦ったとしても、全員が自身の『覚形』を発動させていただろう。この『剣神』の名にかけて保証しよう」


 シロハの言葉に、アオイは冷たい汗をたらして苦笑する。

 天下の十二機神姫の一人にそんなことを言ってもらえるなんて大変光栄なことだ。

 ……が、その刃を向けられているのが自分だというのなら話は別である。

 そんなもの、ただただ怖い思いをするだけじゃないか。


「忠告しておくが、『白剣皇』をいままでと同じだと思うなよ? それほど『覚形』は別次元の代物だ」


 正真正銘の剣神となったシロハは静かに息を吸う。

 それは自身を押さえつけていた鎖を外す


「……では、参る」


 ────刹那、轟音と共に剣を持っていたスカイドラゲリオンの右腕が肩口から斬り飛ばされた。

 きれいな弧を描き、先ほどまで軽やかに動いていたことが嘘のように鈍重な音を立てて落ちる。

 腕に猛烈な衝撃を受けたアオイは一瞬思考が止まったが、地面に書かれた直線の切裂を見て何が起こったのかを理解する。


 斬撃をのだ。空気をも切り裂いて。


「まずは一本」


 弾んだ声でつぶやいたシロハは、続いてスカイドラゲリオンの左足に狙いを定める。

 そして思いっきり剣を振りぬくと────面白いように左足が飛んだ。


「あぐっ……!」

「なんだ。張り合いがないな。これでは弱い者いじめをしているようではないか。私にそんな趣味はないぞ」


 バランスを崩して勢いよく背面を地面に打ち付けるスカイドラゲリオンに、シロハは落胆気味な感想を言う。

『覚形』を発動した剣神シロハは次元が違った。

 今シロハがこうして喋っているのも、獅子が瀕死の獲物を暇つぶしに弄んでいるようなものである。


「クハァ……イテェ……」


 アオイの視界が明転する。体中が極度の緊張と吐き気を訴える。

 なんとか残った四肢で後退、しかしそれも単なる悪あがきにしかならない。

 体を動かすたびにしびれるような痛みが全身を駆け巡った。


(これが十二機神姫の本気……か。いや、これからが本番といったほうがいいかもしれないな。ハハハ……)


 アオイは乾いた笑みを浮かべ、自分を見下ろすホワイトフォーゲルを見つめる。


 ────さぁ、審判の時だ。



「時間をくったな。──もう、終わりにしよう」


 竜機シロハは静かに呟く。


 それは威圧を込めた強い口調であったが、どうも一種の嘆願のようにも聞こえた。


 ──否、嘆願だけではなく呆れも感じられる。

 あっさりと決着がついてしまった、この戦いへの。


 竜機は己の持つ『白剣皇』の権能で拡張された透明な剣先を向けた。


「アオイ、と言ったか──お前は十分に足掻いた。……が、お前の剣は私に届かない」


 竜機は淡々と言葉を発する。この言葉には失望も混じっていた。

 実際、その竜機の言う通りであった。アオイの竜機は大破寸前、まだ動けることが奇跡だ。


 ────それでも


「シロハ様、あなた様は勘違いをなされています」


 ふり絞るように、アオイは言う。


 兄が作ってくれた竜機で、大切な場所を守らないといけない。

 もしシロハが自分が戦うことを諦めていると思っているのなら、それは大きな間違いというものだ。


 死んでも折れない、諦めないと心のなかの本音を、言葉にする。


「俺の心が折れないかぎり、いつかは届くものなんですよ。それが『十二機神姫』であるあなた様であっても」


 そう絶望的な状況ではっきりと断言するアオイに、ホワイトフォーゲルの中で黙って耳を傾けていたシロハは


「ほう……?」


 と、つぶやくだけだった。

 ここまで追い詰められていてもなお希望を持っている。何がアオイをそこまで駆り立てるのか、シロハにはわからなかった。


(────まぁいい。ただの皮肉だろう。庶民にしては楽しめた)


 そんなことを思いながら、シロハはアオイの行動を無駄なものと判断した。


 そして奥の手を起動させ、ホワイトフォーゲルの纏う白い粒子を剣へと収束させる。

 それはかつて、竜機界最高威力をたたき出したホワイトフォーゲル最強の技。

 剣神を剣神足らしめた技だ。

 大きく、太く、鋭く、長く伸びた刃が大気を震わせる。


「そこまで私に大見栄をを切ったのだ。この技、耐え切れるな?」


 ホワイトフォーゲルを浮かせ、シロハはその技の名を叫ぶ。

 天を穿つ最強の白き刃、それは────


「切り裂け! 『断罪の剣ジャッジメント』ッ!」


 全てを等しく斬る剣であった。

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