第4話 修行パート
「アオイ、とりあえずはおまえは走ってこい。体を鍛えろ」
「……何で?」
次の日、アオイは目の下のくまを深くした兄に突然命令され首をかしげる。
あの騒動から急ピッチで竜機を作っているカイの顔はかまどの中に頭を突っ込んだかのようにすすだらけだった。
昨日からまったく休んでいないのである。
カイは浅黒くなった顔を肩にかけてある布で拭いながら
「少しでも体を鍛えて頑丈になるんだよ。もともとアオイは運動神経が良かっただろ」
「それと竜機に何の関係が……」
まったくわけが分からないアオイは当惑する。
昨日の話し合いの結果、自分が竜機に乗ることになってしまい、必死で竜機について勉強していたというのに兄に体を鍛えろと言われたのだ。当然である。
竜機の動きは竜機手の身体能力に左右されるものではないことはカイもわかっているはずなのだが。
「今の現状でシロハとホワイトフォーゲルに純粋な操作技術で勝つのは無理だ。根本からの経験値が違う。それならこっちは発想と機転で勝しかないんだよ。おまえが体を鍛えるのはその一環だ。分かったらさっさと走ってこい」
アオイは首根っこを掴まれて外に放り出された。
「アオイ、おまえはカズンさんのところに弟子入りして二日で剣技をマスターしてこい」
「はい? カズンさんってパン屋さんだよね?」
アオイはさらにくまを深くした兄にまた命令され、筋肉痛をおして振り向く。
昨日、平民街中を何十周も走らされヘトヘトなのに次は剣技である。
オーバーワークにもほどがあった。
恨みのこもった目をカイに向けるアオイだったが、カイはそのまま話を続ける。
「知らないのか? カズンさんは凄腕の退役軍人だぞ。昨日頼んでみたら状況を察してくれて快く引き受けてくれたよ。やっぱりご近所付き合いは大切だな」
「ちょっといきなり過ぎじゃない?」
アオイが皮肉たっぷりに言うと、カイは目を細め、ゴーグルの下の額に血管を浮かび上がらせた。
どうやら相当お疲れらしい。証拠に目がぎらぎらとしている。
「いいから行くんだよッ! 剣が使えなかったら始・即・斬で俺の力作が真っ二つだ。せめて避けれるようになってもらわないと困るんだよ。せっかく動体視力がいいんだからこれを利用しない手はない。ほら、カズンさんが待ってるから外に出ろ」
またもや首根っこを掴まれ外に放り出される。昨日よりも乱雑だ。
アオイは石畳の道に強く打った頭をさする。
「痛ててて……」
「よく来たな
店の前では、木刀を持った鬼教官がコワモテの笑みを浮かべて立っていた。
「し、死ぬかと思っだ……」
「あ、アオイ。お帰り。ほど良くしごかれたようだな。……んで、朝帰りのところで悪いんだがちょっと子供たちと鬼ごっこしてくれよ」
「はぁ!?」
怪しい薬をグビグビとあおるカイに命令され、アオイは地獄の二日間で培った高レベルの殺意を発する。
目が血走り、人を二人ほど殺していると思われてもおかしくはない。
だが、ここ四日薬漬け生活のカイには効果いまひとつだった。
「兄さん? 弟は道具じゃないんだよ? このままだと俺、壊れちゃうよ?」
「その時は俺が新品以上に直してやるよ。これもあれだ。修行だ。今回は子供が相手だから幾分か楽だよ。多分」
「そういう問題じゃなくてさぁ……!」
アオイは体の限界であることをひしひしと感じながら兄に訴える。
「二日間軍人生活と剣術をみっちり叩き込まれて帰ってきた弟を見て何も思わないんですかぁ!? 腹筋がバキバキに割れてきた弟を見てかわいそうだと思わないんですかぁ!?」
「いいなー腹筋。こちとら飲まず食わずであばら骨が浮き出てきてるんだよ。少しくらい分けてくれ。あーそろそろ真面目に健康的なサプリメントの配分を考えねぇとな。……あっ、ちょうどいい。ついでに買い物に行ってきてくれ。タンパク質のサプリな」
やっぱりアオイは外につまみ出された。ついでにお金も足元に置かれる。
なんて兄だ……。
アオイが自分の扱いに泣きそうになりながら渋々お金を拾っていると
「よぉアオイ兄ちゃん! 朝から忙しいな!」
アオイは声のするほうに振りかえる。
アオイの後ろでは、近所の子供たちがアオイを笑顔で待っていた。
……スリリングな
棒切れ、パチンコ、バット。これからカチコミに行くのかという重武装である。
思わず、アオイは上を向いて静かに悟った。
「……アカンやつだ」
「アオイ兄ちゃん、これも修行だぜ! 制限時間は夕方までだ! それじゃあヨーイ────スタートォ!」
「優しく殺してぇ……優しく殺してぇ……」
「ちょっとやり過ぎましたね……」
ソファーでうなるアオイを見て、ついに一周まわって聖人口調になってしまったカイが冷や汗をたらす。
しかし、カイに罪悪感はない。彼はそういった心のあり方というものを超越してしまったのだ。
薬局のエナジードリンクに翼を授けられたのである。
カイはここ最近が嘘のような優しい表情でアオイに声をかける。
「アオイさん、一回近くの整骨院へマッサージに行ってみてはいかがですか?一日くらい休んでも神様は許してくれるでしょう」
「……マジで?」
「マジです」
アオイはすぐさま飛び起きこの一週間で一番の笑顔を兄に見せた。
ありがとう、精神崩壊。ありがとう臨海テンション。
やっぱり、薬屋で消費期限を過ぎて安売りされていたサプリを渡したのが良かったかもしれない。
アオイは教会のシスターのように膝をついてカイに感謝する。
「適度な休養は体に効果的です。今日はしっかり休んでください」
「ハイ!」
兄の慈悲に、アオイは目を輝かせて天使モードの兄を拝んだ。
アオイが手を出すとお金────と得体のしれない赤い紙が渡される。
「……ん? 兄さん、これ何?」
「さぁ? 整骨院のクーポン券ではないでしょうか?」
「ふーん。クーポンか」
兄の言葉に納得したアオイはお金と兄に渡された赤い紙をポケットに突っ込み店のドアを開けた。
スキップする弟をカイは手を振って見送る。
そして、店のドアが完全に閉まるのを見届ける。
……ガチャン。
「行ってしまいましたね。……その紙が『超激痛コリほぐしコース』のクーポン券だとも知らずに」
翼を授けられたカイに罪悪感はない。
あるのは、天使の皮をかぶった悪魔のような心だけであった。
目が死に、何も信じられなくなったアオイは自由に飛ぶ窓枠の中の鳥を見ながら外の世界に思いをはせる。
一刻も早くここから逃げたい。その気持ちでいっぱいだった。
(・・・?)
アオイは首をかしげた。
(今日は兄さんが出てこないなぁ……)
竜機の勉強をしながらアオイはそんなことを思う。
カイがいつまでたっても裏の倉庫から出てこないのである。普段通りなら一回ぐらいアオイに顔を見せるはずだ。明らかに異常である。
……しかし、アオイはわざわざ兄の様子を見に裏の倉庫へ行くだなんてことはしない。
どうせロクなことにならないと己の危機察知センサーが警報音を鳴らしていたからだ。
これまで幾度も命の危険にさらされたのだ。信憑性は高い。
────それが功を奏したのか。結局カイは一日中裏の倉庫から出て来ず、この日はアオイにとって真の休日になった。
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