第3話 突然の……
子供に手をひかれたアオイはヘロヘロになりつつ修理屋に戻ると────
「……またか」
修理店の前に人だかりができていた。
アオイは群衆の先を見て、額に手を当て嘆息する。
「ですから、これが商売というものなんです。 物はいつかは壊れる。だから修理する。人間がいつの時代もやってきたことですよ」
「なにをたわけたことを。壊れたら買いなおせばいいだろう?」
「そんな横暴な……」
「それに、こちらには貴族の後ろ盾がついている。証拠にシロハ様もこうやってついて来てくださっているのだ」
中央では、ゴーグルを上げたカイと身なりのよさそうな男が言い争っていた。
その隣では、平民街では珍しい銀白色の髪色をした少女が心底どうでもよさそうに突っ立っている。
視線はこの見苦しい言い争いを避ける方向を向いていた。
「大体、貴様が修理するせいでわが社の製品の売れ行きが悪いのだ」
「それなら最初っから壊れにくい製品を作ればいいんですよ。生産費をケチって混ぜ物なんか使うから耐久性が落ちるんです」
カイの言葉に男はたじろぐ。カイの発言は本当のようだ。
アオイはもっと近くで見ようと前に出る子供たちを背中の後ろへ通し戻しながら野次馬をかき分けて進んでいく。
「で、ではせめて使用料を払ってもらいたい。わが社の製品のおかげで貴様らは食っていけるのだ。そのくらいは当然だろう?」
「はぁ? 使用料って何の使用料ですか? まさかとは思いますが、おたくの作っているあの欠陥品のことではありませんよね? ホントのことを言えば、なんで不良品の修理費用を購入者が払わないといけないのか不思議なくらいなんですが。むしろこっちがお金を貰いたいくらいですよ。尻拭いをしてあげているんですから当然ですよね?」
カイの反論に、男は歯ぎしりをする。
アオイはこの一連のやり取りを聞いて自分の考えが正しかったことを確信した。
あれだ、機械製造業者のいちゃもんだ。最近多いのだ。
ただ単に、カイが大抵の機械製品を
それが市場というものだとアオイは思っているのだが、お金持ちはそうは思わないらしい。
────ただ、今回のいちゃもんは少し違った。
いつも画面の中でしか見れなかった姿が、今はこうして目と鼻の先にある。
アオイの知る最強の竜機手の一人、『剣神』シロハの姿が。
どうやら、彼女が男の後ろ盾のようであった。
しかし、当の本人はこの一件に興味はなさそうである。
「バカみたいだ」と時々ぼやいては、気だるげにあたりを見回していた。
「────以下の理由により、俺がこの店を閉めることはできません。貴族の後ろ盾を得るためにいくら金を積んだかは知りませんがお気の毒さまでした。お引き取りを」
嫌悪感を露骨に出したカイが嫌味たっぷりの口調で男に言うと
「貴様……私に口答えするということはすなわち後ろ盾であるヴァイス家に反発するということなのだぞ? ……シロハ様、なにかこの愚か者に」
「…………はぁ」
男がもみ手をしながらシロハに助力を求めると、シロハは息を吐いて一歩前に出た。
「修理屋、諦めろ。お前に非があるわけではないが、
「そうは言ってもですねえ、シロハ様。こっちに非がないなら店を閉める理由がないんですよ。最近は増税の影響でもっと働かないといけないっていうのに……」
「くどい。私の言うことを聞け。さもなくば────」
「さもなくば?」
カイが機嫌をうかがうように復唱する。
心底苛立ったシロハはなんの
「さもなくば────私の竜機で潰す」
「なんという物理的圧力」
シロハの言葉で、アオイや野次馬を含めたほぼ全ての人が騒然とする。
シロハの竜機、ホワイトフォーゲルは竜機の中でもトップクラスの攻撃力を誇る。
修理屋の周囲が焦土と化すのは必至だ。
この爆弾発言に焦ったカイはシロハに愛想笑いをする。
「え~っと、それはちょっとやりすぎではないですかね? 俺もシロハ様のご活躍やホワイトフォーゲルの性能はよくわかっているんですけれど……被害が家の一軒や二軒じゃすまないと思うんですけど。特に今は壊されると相当まずい……それこそ十軒は余裕で吹っ飛ぶぐらい危険なものがあるんです……」
カイが「その考えはおやめになった方が……」とシロハをなだめる。
すると、シロハが
「────そのまずいものとはあの店の裏にあった竜機にことか?」
「ッ!!?」
なぜ知っている。カイは目を見開いて口をあんぐり開けた。
「ど、どうしてそれを……」
「この地域の子供から聞いた。アメをあげたらお礼に教えてくれたぞ」
アオイは後ろで下手な口笛を吹く五人の密告者に視線を向けた。
とりあえずその空っぽの頭に鉄拳制裁する。慈悲はない。
シロハはカイの慌てた反応に機嫌をよくして
「あれはやっぱり本物なのか!? 動くのか!?」
「本物というよりかは偽物、闇市に流れてくる遺跡から出土した竜機の部品を修理しながら組み立てただけですよ。でも、あとすこしで動くようになりますかね」
カイは照れくさそうに頬を掻く。
「では動くんだな!? その解釈でいいんだな!?」
「ちょっとシロハ様、キャラが崩壊していますって」
「す、すまない。少しはしゃいでしまった。まさか平民街に竜機があるとは思わなくてな」
テンションがさらに上がったシロハは「動くのか……動いてしまうのか……」と店の裏の方向を眺める。
人口の竜機と言えば聞こえはいいが、今は動きもしないただのガラクタだ。どこにテンションが上がる要素があるのかアオイにはイマイチ分からなかった。
「ですのでシロハ様、ホワイトフォーゲルで店をつぶすのはちょっと……」
カイがなだめるように言う。
すこし頭が冷えた様子のシロハはカイの言葉に腕組をして何かを思案するように目をつぶった。
「……そうだ。その竜機を真っ向からつぶせばいい」
そしていきなり目を開いたかと思うと、カイのほうを向く。
「修理屋、その竜機はいつ動くようになる」
「わかりませんよ。そんな正確な時間なんて。パーツが揃うかは完全な運次第なんですから」
「……一週間で終わらせろ。それがタイムリミットだ」
タイムリミット、なんのことかはわからないが物騒な単語だ。
シロハの言っていることが掴めないカイは問いを発する。
「タイムリミット? それに一週間? 申し訳ないのですがおっしゃっている意味がちょっと……」
「竜機が二つあるのだから、やることは一つだろう?」
「ッ……!」
不敵に笑むシロハにその場が静まりかえる。
つまり、シロハはカイの作っている竜機と戦いたいと言っているのだ。
まだできてもいない、ガラクタ同然の竜機と。
「人工の竜機と戦える機会なんて滅多にない」
「滅多にないって……」
「ではこうしよう。修理屋、おまえの店と竜機を賭けて戦え。おまえが勝てば私が父上に口をきいてこの話はなかったことにしてやる。────だがおまえが負けた場合はおまえの店は取り潰し、竜機は私がいただこう。竜機は核さえ残っていれば勝手に修復されるからな。スクラップでも構わん」
そう言って、シロハはカイに指を突き付ける。あまりにも無理難題であった。
シロハは一流の竜機手であり、ホワイトフォーゲルは数ある竜機の中でもひと際異彩を放つモンスターマシン。
彼女の戦いぶりをテレビでよく知っているカイとアオイにとって、それは不幸以外の何物でもなかった。
「ウチ、
「それはおまえが考えることだ。私は知らんぞ」
大暴論、あまりにも一方的すぎる。
しかし、カイは反論しようにも反論できない。
相手は貴族、断ろうものならそれこそ最悪のパターンへ直行である。
二人には唾を飲み込み首を縦に振るしか選択肢が残されていなかった。
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