第2話 はじまり

 アオイは平民街の市場にて、ここ数日の食糧を買いに来ていた。

 道を行く人たちとすれ違い、たまに会う知り合いに軽く頭を下げながら商品を見て回る。

 何気ない普通の買い物だ。


「んー、やっぱり高いなぁ。前は一割くらい安かったはずなのに」


 値札に書かれてある数字を確認しながら、アオイは面白くなさそうに唸った。


 ここ数日間で市場の価格は確実に高くなってきている。

 政治の不安定さが増しており、市場のインフレーションが進んでいるのだ。

 それに加え貴族の増税の影響も顕著に数字に表れている。

 名目はインフラ整備のためだと言ってはいるが、実際は自身の私腹を肥やして己のために使うだけだろうとこの地域に住む住人全員がわかっていた。


 しかし、そんなことは口に出せない。行ってしまえば貴族の怒りを買う。

 故に商業の人々は仕方なくそれに従い、周りに申し訳なく思いつつ商品の値段を上げるのであった。生きていくためには仕方がないと自分に言い聞かせながら。


「俺と兄さんはほぼ専売特許のサービス業だから何とかやっていけているけど、飲食店の人たちは痛いだろうな」


 我が家の台所事情を考えつつ、アオイはなんとはなしに歩みを進める。

 それを除けば、ほがらかな天気の平和な日であった。


「あ! アオイ兄ちゃんだ!」


 と、のんきに売りに出されている商品を眺めていたアオイに近所の子供たちが集まる。

 こう見えて、アオイは子供たちに人気なのだ。

 アオイは走ってくる子供たちに淡白な返事を返す。


「よぉ」

「なんだよアオイ兄ちゃん。ノリが悪いなー。カイ兄ちゃんなら『俺は生身の生き物に興味はない。……そうだ! 来たやつらからサイボーグに改造してやる!』ってオイラ達を追いかけるのに」

「さすがにそんなことは言わないよ……多分」


 その受け答えについて否定できる自信がアオイには無かった。容易に想像できてしまう。


 指をワキワキと動かす兄を想像しながら、アオイはもみくちゃにしてくる子供たちを引きはがして道のすみっこに移動した。

 子供たちも、まるでアオイと縄でつながっているかのようにあとを追う。


「よし、ここらでいいだろう。……で、何の用だ? 簡単なオモチャの修理なら俺にもできるけど?」


 アオイが一息ついて自身の考えうる要件を促すと子共たちは


「違うよ。暇だったからアオイ兄ちゃんに話しかけたんだよ」

「僕たち、お父さんたちに外で遊んで来いって言われたんです。子供には関係ないとかなんとか……」

「だからこうして時間を潰しに来たの」


 見事な連携で言い分を口にする子供たちの言葉を聞いたアオイは眉をひそめた。

 そういう時は大抵地域にとってマイナスなことが起きる。嫌な予感がした。


 ……しかし、子供たちに余計な心配をさせるわけにもいかないと感じたアオイは無理やり笑顔を作る。


「それはたぶんイベントの準備だな。あのままお父さんやお母さんのところにいたら重たーい木材を運ばされていたぞ」

『キャー!』


 アオイの噓を信じ、子供たちが悲鳴を上げる。


「だから家から出て行って正解だったな。そのまま道の端でケンケンパでもしてろ」

「え~やだよ~。アオイ兄ちゃん何かやって~」

「暇つぶして、役目でしょ」

「白い人からもらったあめ玉あげるから何かしてぇ~」

「十六年生きた男がアメぐらいで買収されると思っているのか」


 アオイは腹に突撃してくる人間魚雷を両手で止めつつ、代替案を言う。


「それならうちの店に来るか? ちょうど仕入れたネジの破損がないか心配だったんだ。一人で百個、五人で五百個。欠陥があったら言ってくれ」


 にこやかに手招きをするアオイに子供たちは


「うえぇ~、汚ねぇ大人だ」

「でたな社会の闇め。そうやって僕たち子供から労働力を搾取するんだ。しかもタダで」

「子供は黙って大人の言うことを聞いていればいいのだよ」

『キャー! キャー!』


 アオイが手を伸ばすと、子供が四方八方に逃げる。

 そしてすぐに一か所に集まり塊と化した。まるで天敵に狙われたイワシの群れのようである。


『この悪魔!』

「あくまで結構。天使みたいな人だけじゃ市場経済はまわらないぞ、キッズたち。……じゃあこうしようか。手伝った人にはネジを一本プレゼントしよう。……手伝うひとー」

「じゃあオイラ手伝う!」

「あー裏切ったな! それなら私も」

(チョロい)


 大人げなく子供を罠にはめる男の姿がそこにはあった。

 子供たちのやる気を引き出すことに成功したアオイは内心でほくそ笑みながら店に帰ろうと歩き出す。

 まぁ、実際子供でもできる簡単な仕事であり時間もつぶせる。案外ウィン・ウィンな関係なのであった。


「なぁアオイ兄ちゃん! 早く行こうぜ!」

「わかったって。時間をつぶすんだろうが。急いでどうするんだ」


 子供たちに手を引っ張られ、アオイはまた歩き出した。

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