剣神の裁き編

第1話 何気のない日常


「ん……あ……」


 日差しがまぶたを照らした。

 隣からは、年甲斐もない二十代前半の男の鼻歌と、金属が忙しく触れ合う音が聞こえる。

 平穏な朝の迎え方としては、中の下といった起床であった。


 寝癖をたてたアオイは、次第にピントが合ってくる目をこすりつつ、めいいっぱい背筋を伸ばす。


「兄さん……朝ぐらいは機械いじりはやめよ……。朝が最悪だよ……」

「んーやだね。指がなまっちまうからな。もーちょいで直りそうなんだよ


 ゴーグル越しで答えるアオイの兄──カイは古びた歯車を丁寧に磨きながら心底気持ちのよさそうな顔を弟に向ける。

 ご近所さんに好評の爽やかな顔立ちと、手入れを怠っているはずなのにどこか様になっている灰色髪がアオイの安心を誘った。


 アオイはハァとため息をついて、ベッドからおり床に足をつける。


「また古代文明の出土品? いい加減片付けてよ。裏の倉庫もガラクタだらけだし」


 アオイが皮肉まじりに文句を言うとカイは


「ガラクタ言うな。アレは俺の夢と希望とロマンと破壊力をかねそなえた最高傑作なんだぜ? 闇市で売りに出されていた壊れた竜芯機核を手に入れて、それから腕甲殻を交渉してだな────」

「あーはいはい。100回聞いた」


 手をひらひらとさせて話を止める。アオイの体感では500回以上は聞いたカイの自慢話だ。兄の自慢話ほど弟にとって無駄と感じるものはない。


 兄によって誘われたあくびを噛み殺しながら、アオイは接客用の作業着に着替えてパンをくわえる。


「兄さん、もうすぐ九時。開店の時間だから切り上げて」

「んー」


 カイが歯車をテーブルに置いた瞬間を見届けたアオイは裏口から外に出て、店の正面にあるかけ看板をひっくり返す。

 見えるのは「open」の文字。この平民街で一つしかない修理屋が開店した。


 小さくうなずいたアオイは、さっそく店の前で待っていた老人に声をかける。

 昨日、この店に修理を依頼していた客だ。


「いらっしゃいませ。ラジオの修理はできていますよ」

「ありがとさん。あのラジオがないとニュースが耳に入ってこないもので。もうちょっと最新のラジオが安ければすぐに買い替えるのだけれど」

「あー、最近は貴族やお金持ちが機械の値段を吊り上げようとしていますからね。平民の俺たちからしたらたまったものじゃないですよ。……ま、その分うちの店に修理の依頼が舞い込んでくるんですけど。そのほうが安上がりですし」

「ハッハッハ。これじゃあ庶民の味方なのか敵なのかわからないな。でもまぁ、私たちにとって良心的な価格にしているうちは味方だと思っているよ。はい、代金」

「まいどあり」


 軽快なジョークをはさみながら修理代を受け取ったアオイは、老人を店の中に招き入れて兄にラジオを出すように言う。


「はいはい、オートムさんね。しっかりと直していますよ」


 奥の作業場から出てきたカイが赤いラジオを店のカウンターに置く。

 修理されたラジオは新品以上の出来に仕上がっていた。


 カイは油で黒く汚れた作業用手袋をはずし、ラジオのダイヤルをひねる。

 くぐもったノイズの後、流行している音楽が店内に流れ始めた。


「おお、これだこれだ。やっぱりカイ君に頼んで正解だったよ」

「喜んでいただき何よりです。……実をいうと、ホントはもっと音質を上げたかったんですがね。製造業者の仕事が悪くてこれが限界でした。まったく、何をやっているんだあのお金持ち共は」


 製造会社を露骨に非難するカイに、アオイと老人は苦笑いをする。


 嘆息したカイはラジオを老人に渡して、平民にはなじみの薄い機械、テレビの電源をつけた。

 これはカイが壊れたテレビを安く手に入れて自分で修理したものである。貴族の間でしか流通していない貴重なものだ。

 老人は手のひらで顎を撫でながら


「これが噂のテレビか……絵が動くとは不思議な世の中になったものだ。……今は竜機の試合が行われているのか?」

「ええ、多分これは前日の試合の再放送でしょうけど」


 アオイは画面内に飛ぶ二機の人型機械を見ながら心をおどらせる。


 竜機、それがこの人型機械の正式名称である。

 アオイたちの国の北にある古代遺跡からごく稀に発見される二足歩行ロボット。そして現代では解明できないほどの高度な技術で作られている謎多き機械。

 今では貴族のアピールや暇と金を持てあました人たちの遊び道具として利用されている。

 現在テレビに映っている竜機の試合がその最たる例だ。


「おっ、あの白い竜機が勝ったぞ。一瞬の隙も見せんかったな」

「あれは十二機神姫の一人、『剣神』シロハ様とホワイトフォーゲルですよ。十二人いるこの国最強の竜機手の一人です」

「アオイ君は竜機に詳しいのう」

「いえ……兄があんな感じですので。二年前くらいから竜機に取りつかれているんですよ。嫌でも覚えますって」


 アオイは涼しげな表情で竜機からおりる少女から、竜機を凝視する兄に視線を移す。

「これはギアが……いや、背面部のブースターが……」とブツブツ呟くカイの姿は弟の目から見ても変人のそれだった。

 二年前にテレビを修理して竜機が常に見えるようになった時からずっとこの調子なのである。

 自分の手で竜機を作るんだと言い出し、今では裏の倉庫に竜機っぽいガラクタを置くはめになった。アオイはこれを心底邪魔に思っている。


「ロボットに憧れるのはせいぜい十四歳ぐらいですよねー。弟としてはもうそろそろ身をかためてほしいです。義理の姉が欲しいですよ。次の誕生日プレゼントはそれですね」

「ハハハ、私の孫娘ならいつでもあげるよ。十歳だが」

「ばかいえ、俺は機械さえあればそれでいい。女はこの歯車にあるロマンがわからんのです」


 スパナで肩をたたきながら、カイは手をプラプラと揺らす。

 アオイは「これがなけりゃあ今頃女で囲まれているのになぁ」と嘆息してまたテレビに視線を戻した。


「兄さんもホワイトフォーゲルくらいカッコいい竜機を作れたらいいのに。そうすれば高く売って生活に困らないくらいの金が手に入る。それどころか新しい竜機の発注が来るかもしれない」

「甘いなアオイ。俺の竜機が完成したらホワイトフォーゲルなんて目じゃないくらいカッコいいものができるぞ。それに売るつもりもないし発注が来ても断るよ。一点モノだからこそのロマンじゃねぇか」

「そのロマンがいつ完成するのか……」

「あともーちょっとなんだよ。十個くらい部品がそろえば完成するんだ。出来たらアオイに真っ先に見せてやるよ」

「はいはい、楽しみにしてる」


 どうでもいいと思ったアオイは兄の将来を憂いため息をつく。

 家族のひいき目もあるが、カイがまじめに仕事をしたなら国のお抱え技師になってもおかしくないとアオイは思っている。平民街でのほほんと修理屋を営んでいるのが不思議なくらいだ。

 まぁ、アオイがたられば論を展開したところで兄の奔放な性格が変わるわけでもない。

 ──ただ、アオイにとっては


「竜機、かぁ……」


 それでも頼れる兄には変わりなかった。

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