第7話
クレイはバニラの温もりを背中に感じながら、全力で疾走する。
廊下を進むといくつか部屋もあったが、残念ながら扉がひしゃげてしまい容易に中には入れないようだった。
クレイが後ろを確認すると、シャザーレィはゆっくりと、だが確実にこちらに近づいているのが分かる。
先ほどバニラを襲った光の砲撃を警戒するクレイに、バニラが助言を送る。
「この距離なら、大丈夫……だから、気にしないで……走って」
「分かった。分かったからもう喋るな」
クレイは返事を返しながら、大きく安堵した。先ほどは狼狽してしまったが、どうやら生死に関わるようなダメージではないようだ。
2人は廊下の突き当りまで辿り着く。
鍵の掛かった木製の扉があり、クレイは少しだけ躊躇したが蹴り飛ばすことにした。
部屋は遺跡の中では最も上等な内装で、古びてはいたものの相当な重要人物が使っていたのだろうと思われる。
しかし残念ながら他の扉はなく、ここで行き止まりのようだった。
クレイは覚悟を決め、バニラを部屋のベッド(だったもの)に横たえる。
武器を構えて部屋を出ようとするクレイを、バニラの声が止める。
「クレイ、1人だと……勝てないと、思う。だからおねがい……わたしを置いて逃げて」
シャザーレィの放つ光条は鎧をすり抜けるため、当たればクレイも無事ではすまない。
回復手段のない状態で戦うにはあまりにも厳しい相手だった。
バニラにとっては必死の願いだったが、クレイは振り返るとバニラの頭にチョップを落とす。
「ふざけたことぬかすな。すぐに迎えにくるから、待ってろ」
クレイの笑顔を見て、彼はここで死ぬつもりなんだと直感した。
バニラの瞳に涙が溜まる。
「シリィが悲しむよ」
だが、予想に反してクレイはポカンとした表情で聞き返す。
「は? なんでここであいつの名前が出てくるんだよ」
「なんでって……好きなんじゃ、ないの?」
「ばっか、全然ちげーよ。あいつはただのパーティ仲間だし。むしろなんでそんな勘違いしてんだよ」
クレイは心底分からないといった表情を浮かべる。
バニラはそんなはずないと困惑しながら、クレイの想い人がシリィだと思った根拠を考える。
(だって、男はみんなエルフが好きって田舎のお姉ちゃんが言ってたし、それに……)
「しょっちゅうシリィの胸とか見てるし」
このセリフはクレイに突き刺さったらしく、ゲホゲホと強く咳きこみはじめる。
そして彼にしては珍しく気まずそうな様子で頭をかきつつ、言い訳がましいことを口にする。
「あー、それはなんつーか、誤解だ。つい見ちまうだけで、全然そんなつもりはないっていうか、そもそも俺のタイプじゃないし!」
「そう……そうなんだ」
ついという理由はバニラには全く理解できないものだったが、クレイの所作の端々から、彼の言っていることが本当のようだと感じられ、バニラはなんとなく気持ちが軽くなるような気がした。
クレイはバニラの頭を撫でながら、優しく語り掛ける。
「俺はさ、小柄だけど頭がよくて、便利な魔法をたくさん使えて、2人で旅してるとすごく楽しいような、そんな子が好みなんだ」
クレイの言葉に思わず顔が熱くなってしまう。
しかし嬉しいよりも恥ずかしさの方が勝り、バニラは顔を背けたまま返事を返す。
「……無事に帰ってきてくれたら、信じてあげる」
クレイはもう一度バニラの頭を撫でると、「りょーかい」と軽い口調で応え、今度こそ部屋を出ていく。
なんとしても彼女を守らなければならないという強い決意を固めて。
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