第2話
「これで何もなかったら、私は依頼人の謝罪を要求しますからね」
「はっはっは、バニラ君は相変わらずせっかちだなぁ」
ジト目で見上げるバニラの視線をものともせず、ジョーダンはバーサタイルをセットし再生を始める。
すると、集まったマナが空中に照射されることで何もない空間に映像が映し出される。
バニラにとって見慣れた現象ではあるが、何度見ても神秘的なその光景に思わず口を閉ざしてしまう。
現代の技術では再生と録画はできても、バーサタイルそれ自体を作り出すことは到底できない。
魔動機文明時代の人類のみが到達した技術の結晶に尊敬の念を抱きながら、バニラはじっと映像に目を向ける。
それはバニラから言わせればなんてことない映像だった。
一人の女性が美しい湖畔を歩いている。
質素ながらも清潔な服に身を包んだ彼女は、輝くような金髪をはためかせ、口笛でも吹きそうなくらい楽しそうに歩き続ける。
そのうち、女性は自分が撮られていることに気付いたのだろう。
撮影者に向かって少し怒ったように眉をひそめるが、もちろん本気で怒っているわけではなく、そんな様子から撮影した人間とは恋仲だったのだろうと推測できた。
(これほどの技術を持っているのだから、もう少しマシな使い方をすればいいのに)
バニラは心から思うが、実のところバーサタイルに記録されている映像というのはこんな風に他愛無いものも多い。
もちろん服装や言葉遣いから分かることもあるので貴重な資料には違いないのだが、興味ない人間からすると黙って見ているのは苦痛に近い。
「ほら、なんの問題もないじゃないですか」
バニラは耐えきれず口に出してしまう。
たしか自らが鑑定した時もこのあたりで止めてしまったはずだ。
そもそも、バーサタイルの中身についてはマギテックの仕事の範囲外である。
再生できている時点でバニラに非はない。
しかし、ジョーダンは真面目な顔で首を振り、画面を見るように促す。
バニラは不審に思いつつも特に逆らうでもなく視線を戻す。
異変が起きたのは、その直後だった。
画面の女性が動きを止める。
あれ、とバニラは不審に思った。
撮影が終わるには半端なタイミングだと感じたからだ。
故障かと心配したころ、ふっと画面が暗転。女性の声が響いた。
「……この画像を見ているかた、わたしの声が、聞こえますか? お願いです、彼を、ジーンを止めてください」
その一言を残し、部屋は沈黙に包まれた。
手の込んだイタズラですね。
そう笑い飛ばせればよかったのだが、今の声にはそんな邪推を許さないような緊迫感と必死さがあった。
そしてバニラには何故か、今の声が間違いなく自分に向けられたものだという確信さえあったのだ。
自分に何ができるのか分からない。
しかしバニラは決意を固め、ジョーダンに向き直る。
「協会長、私が原因を突き止めます。このバーサタイルの出所を、依頼人に聞いてもらえませんか?」
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