返礼の契約

 時々という言葉の程度は、人によって違う。とはいえ、あれから二度目の配達でもう駆り出されたこの青年は、何だか気の毒な気がした。マスターあのひとは、優しくて人使いが荒い。しかし、面倒なことに巻き込まれた当の本人は、特に気にするそぶりもなく、むしろ私に会うのを楽しみに来てくれたらしい。下世話な好奇心ではなく純粋な関心に、私もいやな気持ちはしなかった。こういうところが、彼の好まれる理由の一つなのだろう。

「私の仕事は、渡りのときだけと言ってもいいから、この街にいる間は休暇みたいなものだよ。でも、助けを呼ばれることもあるかなと思って、まぁ、実際にはないんだけれど、コーヒーが届く日は公園ここにいるようにしているんだ」

「なるほど。決まった日にここに来れば会えるというのは、燕さんたちも安心しますよね。」

「そんなふうに言ってもらえると、ちょっと照れるね。……えっと、キミ君だったかな?」

「あぁ、それ、名前じゃないんです。みんな、僕のことを『キミ』と呼びますけど。でも、ラリーさんも、よろしければそう呼んでください」

 名前じゃない方が、誰でも僕になれますからね、と彼は笑顔を見せたのだが、その意味は私にはわからなかった。

「では、キミ。キミは、旅に出るのは好きかい?」

「旅、ですか……。憧れます。僕は余り外の世界に出ないので」

「そっか。――こういのはどうだろう? キミは恐らく、今後も幾度となく私にコーヒーを届けてくれるだろうから、そのお礼に、私の旅の話を聞かせる、なんていうのは」

 彼の瞳が、きらりと光る。

「えっ!? いいんですか!?」

 しかし、すぐに陰り、困ったような色に変わった。私は、その理由に見当をつける。

「マスターから何かもらっているとしても、それはそれだから。第一、私の話では、お礼になっているかどうか……」

 どうやら当たっていたらしく、彼の表情が再び明るくなった。

「なります!なります!ありがとうございます!」

 余りに素直な反応に、こちらまでうれしい気持ちになるが、同時に、話す内容のハードルが上がったことに気づき、私の笑顔にはわずかながら苦笑が混じった。

 これは後でわかったことだが、こうなるように、あのとき、わざと青年と私を引き合わせたらしい。そして、コーヒーを届ければ、旅の話をしてくれるぞ、と吹き込んで彼に届けさせたと言うから、驚きを通り越してあきれてしまった。私をストーリーテラーに仕立てて何が面白いのやら。

「あなたの話を、ぜひ、彼に聞かせてやってほしいと思ってね」

 爽やかな笑顔でそう言われては、返す言葉もない。本当に、マスターは優しくて人使いが荒い。

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