その少女
その少女の背には翼が生えていた。
すらりとした華奢な体に透き通るような白い肌、晴れた雪の日の様に輝く髪と硝子の様に艶やかな大きな瞳が印象的な、お人形の様な女の子。
「マスター。この人物はいかが致しますか?」
「あぁ、これはいい。そこの獣人の娘を部屋まで運んでくれ。トウジロウの横でもいい。そのまま、彼らの監視を頼む」
「かしこまりました」
少女の声には感情は無く淡々と語る。
「失礼致します」
不意にマサノリは少女が自分のすぐそばまで近づいている事に気が付いた。
「わっ!」
思わず謝罪して横に避けてしまう。少女のいい香りが鼻に残ってしまう。
少女は横たわるアキを軽々と持ち上げるとそのまま奥へ運んで行った。場にはマサノリとタカが残され沈黙が訪れた。
「大きくなったな」
タカは小さく呟いたがマサノリには上手く聞き取れなかった。タカはマサノリの顔を見て少し残念そうに息を吐くと近くの窓まで行って外を見た。
「トウジロウが元気そうで何よりだ」
再びマサノリを見ると黙ったままこちらを睨みつけている。
「ふん。大した事じゃない。少しばかり立ち寄っただけだ」
「それだけの事で、三人に手を出したのか!」
マサノリが声を上げた。
「手を出したとは失礼な。薬で少しだけ、眠ってもらっただけだ。トウジロウが居ると会話が終わらないからな…今は、邪魔だ」
マサノリにはタカの真意が解らない違和感があった。何か、時間稼ぎをしている様な。マサノリはそう感じた。
不意にタカは食堂の奥にある時計を見た。時刻は二十一時を回ろうとしていた。
「あれはな。昔、俺がトウジロウにやったものなんだ」
タカは着ていた黒いコートの襟を正すと立ち上がってそのまま入り口まで行き、振り向くとマサノリを少し見つめた。
「ふん。まあいいだろう」
「な、何だよ。あの子は?」
「あれには後で追いかけてくる様に言っといてくれ」
「じゃあ今言ってくればいいだろ」
「いい」
「いい?」
解せない顔のマサノリにタカは少し笑った。
「じゃあな。後は任せたぞ」
「任せたって…」
困惑するマサノリを後にタカは外に出て行ってしまった。
「ま、待て!」
ごーんと奥の時計が鳴った。タカを追いかけようとしたマサノリはアキ達を思い出して最優先で食堂の奥に急いで向かう。
「アキ!」
奥の部屋に行くとトウジロウたちがベッドに並べられていた。傍にはあの少女が立っていた。
「マスターはどうされましたか?」
「もう帰ったよ。君も、早く追いかけたら?あの人もそう言っていたよ」
「いえ」
「はっ?」
「私は彼らの監視を命じられましたので」
「いやだから、追いかけろって伝えてたよね」
少女は少し首を傾げた。
「?、あなたはマスターではありません。私がマスターから聞いたのは彼らの監視をする事です」
真顔ではっきりと少女は言った。
マサノリは苛立ちを抑えて、少女の手を掴んで食堂のまで連れ出そうとした。しかし、手を掴んでもびくともしない。まるで、樹木を掴んでいるように動かない。
「何をするのですか?」
「あぁもう!いいから外に出ろって!」
ついにマサノリが叫んだ時、外から大きな音が鳴った。
「うわっ!なんだ?」
マサノリが驚いていると、少女はすかさず動き出し、部屋の外に向かった。
「お、おい!」
慌ててマサノリも少女を追いかける。
廊下を出ると家中の魔器の照明全てが落ちた。マサノリは手探りと勘で食堂の方へ向かった。
(ま、"魔石"切れ?照明用のは予備を切らしているっていうのに、こんな時に…!)
ふと、手に柔らかい感触があった。
ひゃっ。と言う声が聞こえると、手を掴まれた。あの少女だった。
「邪魔です」
「ご、ごめん…!」
「静かにしてください」
少女に背中を抑えこまれて、思わずしゃがみ込む。 暗い食堂の外、幾つもの灯りが見える。仮にも軍施設で働くマサノリにはその強い光が軍用の魔器のものだとすぐに分かった。外からは幾人もの人の声がする。
マサノリは少し頭を上げようとしたが、少女に更に抑えこまれた。少女の背中の翼が顔に当たって少しくすぐったかった。
「裏口はありますか?」
後ろから少女に囁かれた。
「はっ?裏口?」
「はい。貴方のその眼は暗闇ではよく目立ちます。一刻も速く貴方をこの場所から排除する必要があります」
マサノリは思わず右眼を手で隠した。この眼は暗闇で朱く良く光る。
「君は何をする気なんだ?」
「私の任務は彼らの監視です。今現在、彼らに脅威が迫りつつあると認識します。監視を続ける為にはあらいる障害を排除する事が必要と認識します。一つは外にいると思われる人物たち。もう一つは彼らの目につきやすい貴方です」
マサノリは絶句した。要するにこの少女は眠るトウジロウをたちをマスターの許しが来るまで何があろうとも見続けて、その状況が変わる事を一切許さないと言っているのだ。恐らく、今の彼女は数時間して起きたトウジロウたちを再び眠らせようとするだろう。たとえ何をしてでも。
マサノリはゾッとしたものを背中に感じた。嫌な汗が、額から流れる。
ガチャンと物音が後ろからした。
少女は抑えていた手をマサノリから退けて、すぐに音のした方へ静かに向かう。
途端、ドサっと言う音が聞こえる。
「だ、大丈夫か?」
囁く様にマサノリは声をかける。しかし反応は無い。静寂だけが残る。
また、音が鳴った。今度はすぐ目の前からした気がした。チャキっと何かを構える音、それが何を構えたのかマサノリはすぐに分かった。
途端にシュっという音と共にマサノリの後頭部に衝撃が走り、マサノリの意識は失われてしまった。
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