山の下の街

 目覚ましの音が青年の耳に酷く響いている。

 青年、マサノリは被っていた布団を足で絡めて壁に蹴飛ばした。

窓を開けるとまだ暗く、街灯に灯りが付いている。

 部屋を出て、用を足し、洗面所で顔を洗う。鏡を見ると無精髭が目立っていた。


「昨日、剃って無かったっけ」


 寝ぼけながら洗顔を取り出し、カミソリで髭を剃っていく。

 あれから五年の月日が経った。マサノリは十八歳になった。

 ボサボサの肩まで伸びた癖っ毛の髪を櫛で直して後ろに束ねておく。左目に付けていたアイパッチを外し、棚の上に置いてあったコップから義眼を取り出して左目にはめる。最後に右目に目薬を差した。この義眼は特殊な"魔器"で、視えたものを映像では無く情報として直接送り込む事が出来たが慣れていてもかなり気持ち悪くなる。なので、マサノリは基本的に右目に頼って生活していた。

 食堂の方へ行くといつものようにトウジロウが居た。


「おはよう!マサ。昨日はちゃんと休めたか?」


「おはよう。久しぶりの休日だから何もしないでずっと寝てました」 


「そうか!でも、寝すぎて身体痛いんじゃないのか?」


「首がちょっと凝ってて痛いです」


 トウジロウとマサノリは食堂の片付けて置いたテーブルと椅子を位置につけて、厨房で今日の準備を進めていく。

 そうしている内に奥から音が聞こえる。


「おはよう。マサ、お父さん」


 アリスがエプロンを着ながら出てきた。二人は間無く返事をする。


「おう、アキは?まだ寝てんのか?」


「もう起きているわ。昨日、疲れ過ぎてお風呂入いらないで寝てしまったみたいだから、今いっているわ」


「全く、嫁入り前だっていうのに本当にだらしないなアイツは。誰に似たんだか」


「あなたでしょ」


「うるせえ。早く準備してこいって言って来い!」


話している間にアキが出て来た。


「おはよう…お父さん、お母さん、マサ…」

ふあぁぁと、風呂に入って来たのに全く目の覚めていないアキは制服着て重そうにショルダーバッグを持って来た。マサノリは手を動かしたままアキの荷物を見る。


「何それ?修学旅行でもいくの?」


「違うよ。授業で使うの。っとありがとう。いただきます」


マサノリから朝食を盆ごと貰うと手を合わせて勢いよく食べていく。箸を進める毎に頭の上で倒れていた耳が起き上がっていく。


「ちゃんと噛め、はしたないぞ!」


「うっさい!(もぐもぐ)、急いでんの!(もぐもぐ)、ご馳走様!」


あっという間に完食して盆をマサノリに渡す。


「気をつけていってらっしゃい」


「いってきます。また後でね、マサ」


「うん。また後で」


 アキはそそくさと行ってしまった。

 マサノリはアキの食べた食器を洗って拭き、棚に戻すと、エプロンを脱いで、一度自室に戻って荷物と上着を取ってくると、用意しておいた自分の分の朝食を食べる。食べ終わると食器を洗って戻し、出掛ける準備を整える。


「じゃあ、いってきます」


「おう。いってこい!」


そんないつもの朝を終えて、マサノリは家を出た。

 外は少し明るくなっていた。季節は秋も間近で山間地帯のこの地域ではもう長袖の時期だった。

マサノリは、走りながらいつもの景色を眺める。アキタ家は街から少し高台にあり、マサノリの行く方にはまだ起きていない街が広がっていた。


 アキの通う高校はバスで山の上に行ったの所にある。

 この国では一般的な高校であり四年制で最後の一年は進路先に定期的に通いながら過ごす。アキは三年生であり、その進路を決める時期だった。

 今日は特別な授業の日だった。一年生の授業を三年生の生徒が行うというプログラムがあり、アキは今日それに望んでいた。


「それでは授業を始めます」


 同級生の男子が先生役として、アキはその助手として、昨日までに用意しておいた教材を用意していく。


「今日はこの国、"アルプス共和国"の成り立ちについて授業を進めていくわけですが、まず皆さんは誰かから半世紀前の"大混乱"について聞いていますか?」


教室は暗く、生徒の顔はよく見えない。


「そうですね、最近は聞いた事がないという人もいるので改めて順を追っていきましょう」


男子が合図すると、アキは球状の物体を教壇の机に置いて手をかざす。すると物体から青い光が天井に放たれ立体の画像が現れた。これも魔力によって動くれっきとした"魔器"である。

映し出されたのは地球だった。


「これは半世紀前の地球です。今の地形とは少し違うでしょう」


男子は両手を上に上げる。するとピンポイントである土地が拡大される。


「そしてこれが日本列島。我々アルプス人の故郷と言える場所です」


男子は左手を横にずらした。画像が入れ替わり、一組の若い男女の画像が現れた。


「そしてこれが"ホモ・サピエンス"。旧人類と呼ばれた人達で我々のになった生物です。つい半世紀前までは"人類"はこのホモ・サピエンスしかいませんでした」


さらに男子は画像をずらしていく。白人や黒人、アジア系の人々など老若男女様々な人達が現れる。最後に出てきたのは原人の画像だった。


「人類は猿から進化してきたという"系譜"の末端にありました。ですが、それは突如としてガラリと変わってしまったのです」


五十年前の九月二十日、それは起こった。


世界中の人々の体が突然、"変貌"したのである。

ある醜い者は耳の長い美男になり、ある美女は髭の生えた肥えた小人になり、ある長身の男は子犬と変わらないほどの身長の子供の様になってしまった。

加えて"電子"と言えるものが消失し、世界中の電気機器が使用不能に陥った。


「これを世に"大混乱"と言います。まるで、世界が塗り替えられた様なので"アップデート"と呼ぶ人もいますね」


世界中が文字通り大混乱になった。

インフラの停止、行政の停止、政府の停止、コントロールを失った原発の暴発。落ちていく人工衛星が流星群となって降り注いだ事から最初の日を"星の夜"と呼ぶ。

 ただ、はそこでは無かった。

 変貌した人々の中で、とても人とは思えない"怪物"になってしまう者達がいた。

怪物となった人は理性を失い人々を襲い始めた。

ついさっきまで一緒に食事を楽しんでいた娘や親が突然、化け物になって大半の人々は状況を飲み込めないまま彼らに食い殺されていった。


「一説によると星の夜後の一週間で世界中の三分の一の人が亡くなったそうです」


 その後、しばらくは化け物から生き残る為に様々なコミュニティが形成され、やがて電気の代わりに"魔力"あるいは"マナ"と呼ばれる新たなエネルギーが発見、認知され始め、魔器の利用が始まり、これを兵器活用した事により化け物に人々が次第に打ち勝ち始めていった。


「魔力は大混乱後、"エルフ"と呼ばれる人々が、感覚的に認知していたものを"ノーム"の人々が研究、解明したと言われています。あーそうでした先に今の"種族"について話さなきゃいけないんでした。すいません。ちょっと戻します」


 世界中の"人類"はおおよそ五つの種族に分けられた。


一つは長身、耳長、白髪、不老、高い魔力感知能力を持つ"エルフ"と言われる人々。


二つは低身長、でっぷりとした筋肉質の体、男女問わずの髭、優れた器用さを持つ"ドワーフ"と言われる人々。


三つは元の人類とあまり変わらないが体に魔力を宿す"ヒューマン"と呼ばれる人々。


四つは子犬とよりも小柄、成人してもヒューマンの幼児くらいの身長しかないが、優れた頭脳を持つ"ノーム"と言われる人々。


五つはヒューマンと人類以外の野生の動物たちを掛け合わせたような短命で"ファーリ"と言われる人々。


 エルフが最も多く、次いでドワーフ、ヒューマンと続き、ノームやファーリは希少とされる。

一般的にヒューマンは"人間"、ファーリは"獣人"、ノームは"小人"と呼ばれる事が多く、特にファーリは他の種族に差別されてきたという歴史がある。

いずれにしてもこの五つの種族は互いにコミュニケーションが取れる上に子供を作る事も可能なので一区切りに"人類"と呼ばれている。

 そして、化け物に成り、彷徨い歩く人々を"魔族"と呼び、明確に自分たちと分けるようになっていった。


「先程の話にもどりますが、解明された魔力を利用する機具、魔器を作ったのはドワーフ達だとされますね」


 魔器を持って、魔族を払っていった人々のコミュニティはやがて"国"を求めるようになり、その欲求はやがて戦乱の世へと突き進んでいった。

 男子生徒は再び地球の画像を出す。


「大混乱後、今の人類が使うことができる土地は魔族によって殆ど無くなりました」


 "魔族"の中には"竜"や"魔神"いった強大な力を持った個体がいくつかおり、それらは他の魔族を率いていた。彼らはアジアや、北米大陸、オーストラリア大陸などを占領し独自の国を作ったとされる。

 人々は旧ヨーロッパ地域に追いやられていった。各地に人々がやって来て人口が爆発し土地の奪い合いが始まり、それは戦争にまで発展していった。国が生まれては滅び、まさに戦乱の世になってしまった。


「大混乱から十年で人類は再び滅びかけたのです。そんな中、我々の先人たちは"北海道"と呼ばれる土地を出て、戦火のヨーロッパ地域へ目指そうとしていました」


 大混乱の少し前、当時の"韓国"と呼ばれる国の"風水師"と呼ばれる人々が"日本"の"秋田県"にやって来た。彼らはこれから起こる悪い兆候に備えて海を渡って来たとされる。彼らと共に行動した秋田の人々は大混乱までに何らかの対策を講じた事により"星の夜"の時に町は比較安定していたという。

その後、強大な竜が本州を掌握した事から秋田の人々はエルフ達が掌握していた北海道地域へと移動し、エルフ達と合流した。


「この地域は魔族へと変貌した事例がかなり低く、海に囲まれて魔族が入ってくる事も少ないので当時でもかなり安全な土地だったと言えます」


 だが、そこでの生活は地獄だった。

電気もガスも水道も止まった状態での北の大地は容赦なく多くの餓死者を出し、最初の冬だけで十万人以上が犠牲になったという。


「そして、五年目の冬で遂に限界を迎え、先人たちは決断を下し、命がけの旅の末、"イタリア半島"の北部の港町"ベネチア"にたどり着いたのです」


 しかし、当時は戦乱の世、当然この地域も大変な事になっていた。


「先人たちは様々な迫害や暴力に抵抗した末に半年でベネチア周辺地域を掌握しました」


 掌握後、当時未だに旧世界の国の形を保っていた"スイス連邦"と同盟を結び、荒廃してスイスが放棄していた南部地域の自治権を譲渡してもらった。

これにより、スイスの半分とイタリア北西部沿岸部までを自治領とした新しい"共和国"が成立した。

 最初の代表が日本アルプスが好きだった事とスイスへの感謝の意を込めて、アルプスの名を国名に頂き、二十年前、"アルプス共和国"が誕生した。


「私達はその第二世代。出来たばかりのこの国を担う人々です。共に頑張っていきましょう!」


そこでチャイムが鳴った。教室のカーテンが開けられ光が入ってくる。

生徒たちは様々な種族が入り乱れていた。

男子生徒は息を吸い直した。


「授業はここまでです。ありがとうございました!」


深く頭を下げる。アキも彼に倣って頭を下げた。

大きな拍手が送られ授業は終了した。

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