第一章 山の下の街 -Town under the Mountain–

竜の眼と少年

 "魔術士"になりたかった。


 父は軍の"魔術士"だった。幼い頃から"魔力"を利用して動く"魔器"を見るのが好きだった。

魔器を作り、整備して夜中まで工房で仕事をしていた父の姿を今でも憶えている。

母はいつも夕飯を工房に持って行って油のついた手袋をはめて父が食べるものだから皿洗いが大変だとぼやいていた。

 小学校を卒業する少し前、突然両眼が見えなくなった。魔力由来の難病の一つで移植しか治る事は無いと言われたそうだ。

 半年経った頃にドナーが見つかったとの連絡が来た。なんでも、片方の眼球だけ提供してくれる人がいたそうだ。その人は金に困っていたらしく、提供する代わりに手術の倍の値段を要求してきたそうだ。

通常なら違法だが、父はコネを使って手術にこぎつけた。


「じゃあねマサノリ。頑張ってらっしゃい」


 僕は右眼を移植した。左眼も摘出し、代わりに義眼を入れる事になった。

経過は順調で、一週間もしない内にリハビリが始まった。リハビリ病棟ではもう一人男性がいた。初老のその人は自分が右眼の提供者だと言っていた。


「きみが、マサノリ君だね。私はイグチと言うんだ。よろしく」


 男性、イグチさんはとても優しく接してくれた。日本の名前だったが、元はフランス人だったらしい。

妻の治療の為に金がいるとか、君みたいな若者の役にたてて良かったとかそんな事を言っていた覚えがある。

 イグチさんは二週間くらいで退院していった。それからしばらくして退院日が決まった。その昼だった。


「マサノリ、よかったじゃない。今日の夕飯はお祝いね」


その日は母が付き添いで来ていた。


「僕、家にいないんだけど」


「お父さんと二人で祝うの。今日何の日か忘れた?」


「知らない」


「お母さんショックだわ。シクシク」


母はよく大げさな所があった。


「わざとらしい。めんどくさい」


「がーん。ま、まあいいわ。今日はね結婚記念日なの!」


「そうなの?」


「そうなの?じゃありません!」


「いて!なんで頭叩くのさ!」


ムスーとした母は少し息を吐いて持って帰る洗濯物を入れた大きな袋を持った。


「じゃあ私帰るわねマサノリ、本当に良かったわ」


「うん。じゃあね」


母が部屋を出ようとした時だった。


「あがっ…がっ!?」


「どうしたの?マサノリ!?」


 右眼が焼ける様に熱い。全身から今にもはち切れそうな痛みが出る。


「がっあああっ熱いっ!があっ!?」


思わず頭をグシャグシャに掻き毟る。

母はどうしていいのかわからず、僕の名前を呼んでいた。



「マサノリ!」



 そこで意識が飛んだ。次に目覚めた時に見たものは一面の炎と丸焦げになって瓦礫と重なった人々とちぎれた母の右手だった。


『お前は母さんを殺したんだ…』


 そう吐いて父は僕を家から追い出した。事件自体をコネを使って事故で片付けて僕は逮捕される事は無かった。自分の経歴に泥を塗りたくなかったのが本音だと思うけど、僕を守ってくれたんだと今は思うようにしている。

百七十七人があの日、死んだ。僕は裁かれたかった。

あの日のあの光景と臭いは今でも体に染み渡っている。僕は裁かれない。どう望もうと大人たちの、父の面子にかけてそれは許されない。

 事故…あの災厄の後、僕は軍に秘密裏に検査を受けてそこで、移植された眼は人間のでは無く"竜の眼"だという事が解った。"竜"…それも人間に完璧に擬態できるほどの魔力と知識を持った強大な存在…イグチさんは"竜"だった。

  行方は軍をもってしても知れず捜索は早々に打ち切られたそうだ。僕の体に移植された眼が肉体との融合反応を起こし暴発、魔力の大放出を起こしたというのが一応の結論となった。

暴発はあくまでも移植の際の反応だろうという事で定期的に軍の検査を受ける事を条件に僕は拘束される事は無かった。

 家を出された僕は父の友人のトウジロウという父の働いていた軍基地の近くの食堂を営む一家の元へ預けられた。

トウジロウさんは暖かい人で僕があの事件の原因だと知っていても追求もせず迎えてくれた。

トウジロウさんの家に荷物を背負って一人で挨拶に行った時、


「おう!お前がタカの息子か!そうかそうか!坊主、お前もウチで暮らすならまずウチの食堂を手伝え!そうだなとりあえず皿洗いからやれ!」


と言われて、荷物を玄関先に置いていきなり食堂の手伝いを十時間くらいしたのを今でも覚えている。

深夜になってようやくちゃんと挨拶をした。


「俺はアキタ=トウジロウ。こっちが嫁のアリスだ」


「宜しくね」


奥から猫の顔をした女の人が出てきた。


「お願いします」


「俺は"人間"、アリスは猫の"獣人"だな。で、もう一人が…」


トウジロウさんはキョロキョロあたりを見渡す。


「あれ?アキは?学校から帰ったんだろ?」


「アキならそこよ」


 奥さんが指した方の柱の影からこちらをジっとした目でこちらを見ているの女の子がいた。


「お父さん…本当にそいつウチに来るの?」


「ああ!そうだよ!俺の命の恩人の息子さ。あいつに頼まれたからな。ウチで引き取る事になった」


「本当に大丈夫なの?」


「あったり前だ馬鹿。いいから早くこっち来い!」


「うん」


そう言うと女の子は僕の側まで来て手を差し出した。


「あたしアキ。秋に産まれたからアキ。宜しく」


「よ、宜しく」


握手するとかなりの力で握り返された。


「あんた歳は?」


「十三歳」


「はぁ?タメ?最悪!」


「明日から同じクラスだぞ」


「もっと最悪!」と言い捨ててアキは奥の部屋へ去ってしまった。


「おいアキ!飯食わんのか!?」


「いらない!」と奥から聞こえて来た。


「全く。すまんなあいつ最近反抗期が近くてな」


「あの頃の女の子はみんなあんな感じですよ」


僕たちが喋っている間にアリスさんはテーブルに夕飯を用意していた。

冬も近いので鍋だった。白いご飯もある。


「この近くの基地は日系人が多いからな。ウチは日本食をメインに出してんのさ。ドイツ系も多いから洋食も出すが、っておい!ヨダレたれてんぞ!」


子供の僕には我慢の限界だった。


「ハハハ!腹減ってんのか。そりゃそうだな!ほら食え!今日は豚鍋だぞ!白米だってあるからよ!」


「いただきます!!」


あの時食べた食事は多分一生忘れないくらい美味しかった。

 それから僕はアキタ=マサノリになった。

食堂の息子、ではなく、トウジロウさんの甥と言う事でいろんな人に紹介された。


 何度も目にハサミを突き立てて刺そうとしたが、そんな勇気は僕には無かった。


 あの日からこの右眼は一度たりとも暴発した事は無い。

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