第32話 罪

「国家転覆…?」


 俺は一瞬フレアーヌが言っている言葉の意味が理解できずにいた。国家転覆…つまりクーデター。俺が国家転覆? つい先日まで王の名前すら知らず、第一王子と第二王子が争っていたことさえエルヴァネから聞かされなかったら知らなかっただろう。そんな俺に国家転覆を目論む疑いがかかっている?


「そうか…そういうことですか……そういう攻め方をしてきましたか」


 エルヴァネは何かを察したように小さくつぶやいた。


「エルヴァネさんの察せられた通りです。ゲシュタル様、王はあなたに疑いの目を向けられておられます」

「俺に…?」

「ええ。先月より多くの貴族から一挙に王の元へ、ゲシュタル様が何やら良からぬことを企てていると声が挙げられてまいりました。その中には南の大貴族フォージュリアット家も含まれており、低級の貴族だけならまだしも大貴族まで含まれているとなれば、その声にも信憑性が増すというもの」

「俺はクーデターなんて目論んでません!!」

「…武器の密輸」

「!」


 フレアーヌは指を折るようにして、一つ一つ語り掛けるように列挙していった。


「奴隷狩り、薬の横流し、テンボラスの暗殺…あなたがやって来たことは全て裏がとれています」

「…!」


 奴隷狩りも薬の横流しも、武器の密輸だって俺がやったわけじゃない…! それは転生前のデロンド・ゲシュタルがやったことじゃないか! 俺はそれを無くそうとこれまで尽力してきたんだ! なのに、なんで…! 

 転生したなんて言っても無駄なことはわかっている。俺は叫びたくなる気持ちをぐっと抑えた。


 この国の形はいびつだ。

 奴隷の所有は貴族が必要としているため黙認されているが奴隷狩りは違法なのである。じゃあその奴隷はどこから来たというんだ。奴隷は湧いて来るというのか? もちろんそんなわけもない。誰かが違法に人を連れ去り奴隷に堕とすのだ。奴隷の所有はそんなわかりきった、矛盾の上に成り立っている。

 俺は奴隷制度なんてものを無くしたかったが、エルヴァネにそのことを伝えた際、それは無理だといった。

 それはこんな簡単な矛盾を黙認する者が王座にいるからだ。

 俺は契りの晩餐でこの矛盾の上に成り立ったビジネスに横やりを入れてしまったのだ。この矛盾の上で大いに踊るは良し。しかしそれを暴こうとしようものなら、大貴族家だろうと容赦なく潰そうというのが今の王様なのだ。


「ゲシュタル様。私は短い間ですが、この家に潜りあなたのことをこの目で見ました。あなたが奴隷制度を壊すと話した時、私は驚きました。今そんなことを語る貴族がいるとは思いませんでしたから。

 私は誇り高きナディリシア家の者。あなたが清廉潔白なら、こんな紙一枚破り捨ててやりましょう。しかし調べれば調べるほどあなたの罪はたしかなものとなりました。

 …なぜですか。あなたの言葉は嘘だったのでしょうか?」

「それは…」


 フレアーヌの言葉が俺に痛いほど刺さる。

 人は変わろうと思っても、過去は一生消えないのだ。生まれ変わり、そこからどれだけ真摯に誠実に生きたって、過去のぬぐい切れない罪は影のように張り付いて離れない。


「否。あなたがどれだけ弁明しようと証拠がそろっている以上、私はあなたを王都へ連れて行かなければなりません」


 俺がデロンド・ゲシュタルでないということを唯一知っているヨルドは何か助ける方法はないかと頭をフル回転させているようだったが、この局面を切り抜ける方法はすでに残されていなかった。

 それはこの中で一番の切れ者であるエルヴァネが何もできずにいることが何よりの証拠である。

 エルヴァネは現王と争っていた第一王子の側近で、たぶん現王から身を隠している存在。フレアーヌが北の大貴族の者で、国とつながりがあると知った今、彼はいち早くここから出て身を隠さないといけない。

 今エルヴァネが引っ張り出されないということは、フレアーヌが王にエルヴァネの存在を伝えていないということだろう。

 俺のせいで、ゲシュタル家の領地に来たせいで、彼が抱えている大切な使命ものを壊してしまうことにならなかったことだけが唯一の救いだった。


 フレアーヌが手を上げると、騎士団の隊列から数人が前へ足を踏み出した。

 俺を拘束するのだろう。抗えばいいだろうか? でも抗った先に何がある。この国最強の騎士団を相手に逃げられるというのか。仮に逃げられたとしてこれからずっと逃亡生活を送るというのか。俺が感情の整理をするにはあまりに物事が動き出すのが急すぎた。

 すると俺とフレアーヌの間に、レージェストがバッと割り込んだ。


「おい、貴様。本当にこいつがそんなことをやったというのか? 俺はこの目でこいつを見定めてきた。しかしこいつはそんなことをやるような男ではない。

 こいつには恩がある。連れ去るというなら俺は貴様と戦うぞ」


 レージェストに威圧されれば大抵の兵は失神してしまうだろう。しかしフレアーヌは涼しい顔で立っている。


「レージェストさん。あなたのことも調べさせていただきました。元リオリア戦士団の経歴にこれだけの覇気。あなたにここで暴れられては私も困ります」

「貴様の出方次第だ」

「15年前の事件」

「…!」

「あなたの大切な場所を壊したのも、この者だと言ったら?」

「…なに?」


 レージェストは後ろに後ずさる。ゆっくりと振り返り俺と目があった。その目は疑いと深い憎悪の色が入り混じり、ひどく揺れている。

 俺は15年前の事件という言葉とレージェストの表情をみて察した。彼の過去について以前聞いたことがある。家族を人間によって奪われたと。彼の半生は家族を失ったことへの憎悪と復讐だった。

 だから彼は強くなるためリオリア戦士団に入ったし、その後人間に対抗するレジスタンスをまとめあげるに至ったと。


 彼の一番恨むべき憎むべき存在が、俺だったんだ。そう悟った時俺はレージェストに殺されることを受け入れた。

 このぬぐい切れない罪に縛られた第二の人生に彼の復讐で幕を閉じられるのならそれもいい。真っ暗なこの先を思えば、もう終わらせたかった。罪を罰せられ、早く楽になりたかったのかもしれない。

獣化してその鋭い牙でひと裂き。恐怖だないと言えば嘘だが、俺は目をつぶってそれを待った。しかしレージェストは獣化することなく俺の横を通り過ぎどこかへ歩き出してしまった。俺はその後ろ姿を目で追い、そして背中に声をかけた。


「レージェストさん…」

「俺に話しかけるな。今おまえと喋れば、おまえに襲い掛かってしまうかもしれない。

頼む。俺が復讐の火に飲み込まれる前に、俺の前から消えてくれ」


レージェストの震えるような声に、俺はもう何も言うことはできなかった。

小さくうごめいていた俺の中の反抗心のようなものがぷっつりと切れてしまったのを感じた。

俺はフレアーヌの横を歩いていく。エルヴァネは何もできない虚しさに下唇を噛み、ヨルドは俺の背中を見て声をかけてきた。


「旦那様…!」

「ヨルド、ありがとう」


俺は振り向くこともできず、そう答える。

思えばこんな転生したとかいうよくわからない状態の俺をヨルドが受け入れてくれたから、ここまでこれた。それがこんな結末になってしまい、謝りたい気持ちもあったがそれよりも感謝を伝えたかった。


「さぁ、ゲシュタル様。行きましょう。手荒な真似はしたくないです」

「はい」


俺はゲス貴族に転生し、デロンド・ゲシュタルの罪を背負い行くことになった。


王都──否、監獄へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る