第31話 隠れた北の虎

「騎士団!?」


 俺とヨルドは顔を見合わせる。ついに、南の大貴族フォージュリアット家が攻めてきたのだろうか。はたまたテンボラス家から送られた騎士団だろうか。

 兎にも角にも俺がこの異世界に来てから、騎士団がゲシュタル家に来るなんてことは一度だってなかった。いくらこの世界に疎い俺にだってこれが異常事態であることはわかった。

 背中を汗が伝う。鼓動が耳まで聞こえてきてうるさい。


「旦那様落ち着いてください、敵の行軍であれば我々の包囲網を超えたことになります。情報がないのでそれはないでしょう。

 となると、その軍は正規軍であると考えられます。フォージュリアット家でもなく、テンボラス家でもない。そうですね、アン」

「は、はい。騎士団はこのヴァーシュタリア王国の旗印を掲げていました!」


 俺の肩に置いたヨルドの手が微かに震えている。

 ──ヴァーシュタリア王国の騎士団。たしか北の大貴族が輩出した軍隊といっていた。そして、北の大貴族はこのゲシュタル家に唯一軍事力が大きく勝る貴族家。今回の契りの晩餐問題では敵対する可能性がゼロに近いという話だったが、今まさにその北の大貴族ナディリシア家の騎士団がゲシュタル家の屋敷の前に現れたのだ。


「ヨ、ヨルド…どうしよう……」

「国直属の騎士団です。参らないわけにはいきません。

 アン! エルヴァネさんとレージェストさんを呼んできてください」

「は、はい!」


 アンがお辞儀をして飛び出そうとするとドアの向こうからレージェストがやって来た。アンが「ひゃっ」と驚き倒れそうになるのを、レージェストが肩を支える。アンはレージェストにお辞儀をすると、走ってエルヴァネを探しに出て行く。


「俺はここだ。嫌な臭いを感じたことを伝えに来たんだが、なるほどそういうことか」

「レージェストさん!」

「兄貴は俺も探してくる!」


 リリカはアンを追いかけるように出て行った。


「旦那様。よく聞いてください。今回の件は想定から大きく外れています。そもそも何のために騎士団が来たのかもわかりません。ただ一つ言えるのは戦闘になるのは避けなければならないということです。

 我々はレージェストさんが加わり強くなりましたが、あの騎士団とはそんなレベルの変化では到底覆ることがない差があります」

「そんなに…」

「この国最強の騎士団ですから。

 レージェストさんのいたリオリア戦士団が戦えばその勝敗はわかりませんが、ゲシュタル家にリオリア戦士団のような力はありません。

 そもそも論として、国と一貴族が真っ向から対立した先に未来はないでしょう」

「た、たしかに…」


そうだ。今回は貴族同士の争いではなく、国が介入した何かが起ころうとしている。貴族は国から領地を与えられている身。逆らうことは基本許されない。だから新たな国王を決める際、誰につくかを表明しその勢力に加わることで、その者が王位についた時大きな力を得ることになる。

エルヴァネさんの話では、俺は第二王子であったケイディス・ヴァーシュタリアにつき、そのケイディスが現王になったことでこの大貴族の地位を確かなものにしたらしい。

いわゆる現王ケイディスにとってはゲシュタル家は味方であり、重宝する存在。国直属の騎士団が来たとしても、それがイコールで対立になるわけではない。

もしかしたらこの騎士団をゲシュタル家で使いなさいという現王の粋な計らいかもしれないと淡い期待をしてしまう。


しかし実際はそんなことはないだろう。ゲシュタル家が対立している南の大貴族フォージュリアット家も、現王勢力についたことでその地位を確立した貴族家で、現王にとって南の大貴族も味方なのだから。


「と、とにかく、行きましょう…!」



 ゲシュタル家の屋敷の門の前に30を超える騎士たちがずらっと一寸違わず綺麗に隊列を組んでいる。先頭にはその隊を率いているであろうものが1人隊列からはみ出るような形で門の前で仁王立ちをしていた。


俺とヨルド、そしてレージェストは屋敷を出て騎士団がいる門へ向かう。お抱えの兵団は、門の脇にある塔に隠しておき、いざ戦闘になったらという時にのみ出てこられるようにして、基本的には騎士団を刺激しないように俺たちはほとんど丸腰で出て行った。

エルヴァネは先に門に来ていたようで、俺たちが門に近づくのに気づくとこちらを見た。複雑な顔をしており、額には小さく汗をかいているようだった。エルヴァネにしても想定外の状況だということがわかる。


「エルヴァネさん!」

「…ゲシュタル様」

「大丈夫?」

「ええ…。いえ、申し訳ございません。私がもう少し早く気づいていれば」


エルヴァネの言っていることが俺にはわからなかったが、エルヴァネの視線の先を追うと、そこには騎士団のリーダーであるらしき人が立っているのが見えた。

白色の鎧に身を包み、長い髪を後ろで束ねている。遠目で見ると女性に見える。


「リーダーっぽい人、女性みたいに見えますね」


俺がこそっとエルヴァネに耳打ちすると、エルヴァネは小さく頷いた。


「ゲシュタル様がおっしゃる通り、女性です」

「!」

「そして、あなたは彼女を知っている」


俺はそう聞き改めてその騎士の顔をジッと見つめた。遠目であったが彼女と目が合ったような気がする。


「!」


その顔には見覚えがあった。

俺が確認のためヨルド達の方を見ると、ヨルドもレージェストも俺より早くそのことに気づいていたようで、首を縦に振った。

透き通るような白い髪は後ろで束ねられ、白い鎧のせいか、はたまたその白い肌のせいか光り輝いて見える。こんな美少女はそうそういない。

騎士団のリーダーの顔は、契りの晩餐で出会い、その後俺に婚姻を申し込んできた女性──フレア・ザックラーだった。


その者が一歩一歩足をこちらに運んで向かってくる。すると隊列もそれに順応するように一寸の乱れもなく動いた。


「フレアさん…?」

「ゲシュタル様、お久しぶりでございます」


顔こそフレアだったが、その立ち振る舞いや表情は以前会った彼女とは全く別物だった。どこに隠していたのかという覇者の覇気を感じ、眼光は鋭く、見つめられると後ろに後ずさりたくなるほどだった。それに前回はデロンド様と呼んでいた気がするが、ゲシュタル様と呼ばれたことも少しの違和感になった。


「一介の貴族のご令嬢であれほど軍事や政治に明るい者もいるのかと感心していましたが、まさかあなたがだったとは」

「……」


エルヴァネが口を開いた。


「隠れた北の虎?」

「はい。北の大貴族ナディリシア家の現当主は猛将で有名な方で、北の虎と呼ばれています。その子どもがこれまた優秀で、父に勝る逸材であると噂されていたのですが、その子どもが女性であり表舞台に出てこなかったことから、隠れた北の虎と呼ばれるようになったのです」

「その名前で呼ばれるのは好きではありません」


フレアは目をつむりそう言う。すると門の脇の塔とあと二つほど場所を指さし言葉を続けた。


「ゲシュタル様、兵を下げてください。こちらも戦闘する気は毛頭ありませんので」


ドキッとする。フレアが指さしをしたところはドンピシャで兵を隠しておいた場所であった。


「いや…エルヴァネさんがいるということはあそこにも隠してありますか」


新たに指差しをした場所は俺が兵を隠しているところではなかったが、エルヴァネを見ると小さく額に汗をかいている。観念したように一拍間を置き手を挙げた。


「こちらの地形も把握済みですか…」


すると、その場所からテンボラス領でエルヴァネについてきたごろつきたちがぞろぞろと出て行った。


「改めまして、私は。先程エルヴァネさんが言った通りナディリシア家の現当主の娘です。先日は名前を偽っていたこと、心よりお詫び申し上げます」

「フレアーヌ・ナディリシア…」


するとヨルドが前へ一歩出て、言葉を発する。


「それで、フレアーヌ様。ご用件は」

「ふふふ、ヨルドさん。あなたは優秀です。ゲシュタル家はこのような執事がいることとても羨ましくおもいます」

「騎士団を引き連れて遊びに来たとおっしゃるわけでもあるまい」

「そうですね。要件は明確にしなければなりません」


すると騎士団の隊列の中から一人が隊列を崩しこちらに近づいてきた。

レージェストは少し警戒したように一歩足を下げた。

しかし戦闘の意図はないようで、その者は一枚の紙をもっているようだった。


「ゲシュタル様。あなたにがかけられています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る