第30話 来訪者
「獣化できない人間は、獣人とかち合ってしまった時は普段の3倍の間合いを取るようにすることが肝心だ。
獣化のするクールタイムは獣人によってまちまちだが、基本的にはすぐに獣化し襲い掛かってくると考えて行動するように」
レージェストがそう言うと、若い青年たちが「はい!」と返事をした。
契りの晩餐から早一か月が経とうとしている。その間、特段他領地に動きはなく、俺たちの予測が大きく外れた形となった。
レージェストはうちで抱えている兵団や若い青年たち、エルヴァネについてきた元テンボラス領の貧困街の荒くれ者達に戦いのイロハを教えてくれている。特に「狂化薬」を目の当たりにしたことで、獣化した獣人が戦闘に使われることを危惧し、対獣人特化の戦闘方法を叩きこんでいるようだった。
エルヴァネはその頭脳を存分に発揮してもらうため、ヨルドと共に政治的な意思決定を主に行ってもらっている。さらには様々な異変を察知できるように情報網を張るため、各地に部下を派遣しているようだった。彼が第一王子の側近だったことは彼の働きを見れば一目瞭然で、疑いようのないものだった。ただ彼はまだ俺たちに言えないでいることがあるようだったが、そのことは聞かないでいることにしている。
「なんであんた、こんな太っちょなんだろうな?」
リリカが俺の腹の肉をポニョポニョしながら、どうにも暇そうな顔をして俺に話しかけてくる。リリカはレージェストの戦闘訓練に参加したかったようだが、レージェストに「おまえのような少女が戦場に立つ必要はない」と追い出されたそうだ。
たしかに子どもは子どもたちの中で遊び学ぶことがあるとは思うのだが、彼女は日頃から年上のごろつきとつるんできたせいか同年代とはどうにも合わないようで、暇になると俺のとこに遊びに来る。「この領内で暇そうなのはあんただけ」ということらしい。
たしかに俺にできることがあまりにも見つからなくておろおろしていることはあるが、暇そうと言われるのは心外だ。…まぁ現に暇なのだが。
「あんまり食べ過ぎたりしてないと思うんだけどなぁ。体質かな?」
「怠惰が体に出てるんだぜ。きっと」
「はぁーー」
蚊帳の外の俺たちは二人して深い溜息をこぼした。
「旦那様。お茶でもお飲みになりますか?」
ヨルドは俺に気を利かせてそう提案してくれるが、ヨルドこそ休んだ方がいい。「俺がいれるよ」と言うが、「これも私の仕事ですので」と断られてしまった。
「警戒してたけど何もなくてよかったね」
「そうですね。しかし、油断していると足元をすくわれます。…といっても、一か月の間何もないとこれはもう大丈夫かもしれません」
「俺もそう思う」
「契りの晩餐直後に攻めてくるなら、こちらの準備も整ってないのでひどい状況になっていたでしょうが、すでに私たちは万全な体制をとれています。ここまで時間を置く必要が敵方にあるとは考えられませんので」
それを聞いていたリリカはヨルドに質問する。
「兄貴はなんて言ってるの?」
「エルヴァネさんも攻めてくる可能性はほぼないとおっしゃっていました。もし攻められても対応出来るから問題ないと」
「なら大丈夫だ! 兄貴がそういってんならなんも心配ないよ」
「ただこうも言ってました。
なにか臭う。抜け落ちていることがある気がする。
一発逆転を狙うなにかが…、と」
「うーん…」
なんにせよずっと警戒体制をとり続けているわけにもいかない。
領内には他にもさまざまなやるべきことがある。これからの新たな資金源を作るために、外の領地との交易を構築しなければならないし、まずこの土地ならではの交易できる何かを生み出さないと利益には繋がらない。
テンボラス領ではそれが薬だった。違法なものは置いといても、あそこは最先端の技術者を囲い、薬を作ってはそれを他のところに売るのだ。
ゲシュタル家はそういったものがあまり整っていない。それはこのデロンド・ゲシュタルがそういったビジネスではなく、密輸や武器の斡旋などの戦争産業、違法な薬の売買を行うことで稼いでいたからだ。それらは違法行為だが、彼の非常さや他の貴族の利益をちゃんと用意することで、彼はこの業界で一番の力を得るに至ったのだ。
デロンド・ゲシュタルはそういう意味では相当優秀だった。闇の世界のドンとして一代でその地位を獲得した手腕は舌を巻くものがある。普通の人間がやろうと思ってできることではない。
それでも俺は彼のそんなやり方は未来に繋がらないと思っている。だから変革したい。今はヨルドやポピィさんをはじめ新しくエルヴァネさんやレージェストさんといった強い味方を得た。
これからこのゲシュタル家は変わっていくはずだ。俺はその幾分かの力になれればいいと思っている。
「これからだ…な」
「何がー?」
リリカがつまらなそうな顔で俺を見てくる。
奴隷なんて無くなって、こういう子どもたちが貧困に餓えない世界が作れたらいい。俺はそう思うのだった。
「だ、旦那様!」
そんなことを思っていると、メイドのアンが扉をバタンと開け飛び込んできた。それを見てヨルドが、いつものようにアンに注意する。
「ノックをしなさいといっているでしょう」
「あ…ヨルド様すみません…」
シュンとなっているアンに、俺は尋ねる。
「どうしたんだい? 急用?」
「は、はい! そうでした! 門の前に騎士団が!」
「!?」
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