第29話 嵐の前の

「すまなかった」


 青い髪が風になびく。レージェストは俺に深々と頭を下げた。

 俺が奴隷商から買った奴隷たちの中にレージェストの仲間が多く居て、ゲシュタル家の領民になってもらっていたいたようで、すべてではないものの結構な数がレージェストと再会を果たしたようだった。


「あいつらから聞いた。あんたがここであいつらを生かしてくれたことを」

「いえ! 俺は何も…。ただ彼らにこの土地で暮らしてもらってるだけです。winwinってやつです」

「winwin?」

「双方利益があるってことです」

「そうか…それでも俺はあんたにお礼をしなければならない。あいつらは俺の生きる意味だ。あんたがそれを守ってくれた。なにかお礼をさせてくれ」


 お礼と急に言われても何も思いつかない。本当に自分のわがままで始めたことだし、それによってゲシュタル家領内の生活基盤は整いつつあり、十分に彼らは働いてくれている。さらになにかお礼をと言われたって困ってしまう。


「力を貸してもらったらどうでしょうか?」


 俺が返答に悩んでいるとエルヴァネが横から声をかけてきた。


「ゲシュタル様は多方面に喧嘩を売る形になりました。その報復が来る可能性も十分考えられます。ゲシュタル家のお抱えの兵士だけではこれからこの領地を守ることは困難になってくるかもしれません。

 レージェストさんの力は見たところかなりのもの。それは獣人だからというよりもなにか下地を感じました」

「下地?」


 俺はそう言ってレージェストを見ると、レージェストは少し考えた後、こくんと頷き返答した。


「俺は一時期獣人の国リオリアの戦士団に居たことがある。エルヴァネがそのことを言っているかはわからないが、俺は戦闘の技術をそこで学んだ」

「リオリア戦士団!」


 レージェストの言葉に反応したのはフレアだった。

 フレアは自分が大きい声を出してしまったことにハッと気づき、コホンと一つ咳をして紛らわすような態度をとった。


「フレアさん知ってるの?」

「…はい。リオリア戦士団は大陸でも最強と名高い戦士団です」

「!」


 そういうとエルヴァネも小さく頷き、言葉を添える。


「リオリア戦士団でしたらあの身のこなし、納得です。

 ゲシュタル様、やはり力を借りるべきかと思います。人間は非力ゆえにをつくり戦いますが、獣人は力をもっているためで戦える。しかしリオリア戦士団はそんな獣人が修練し、国を守るために集まり組織された軍隊なのです」

「フレアさんもリオリア戦士団なんてよくそんなこと知ってたね~。すごいな博学だ」


 俺がそういうとフレアは「そんなことないです」と言って黙ってしまった。女性が博学というのはこの異世界ではどんな扱いなのだろうか。俺がいた世界では博学で賢い女性を可愛げがないと煙たがる男もいる。

 俺としては単純にいろいろ知っているのは普通に尊敬してしまうのだが、舞踏会とかがある世界線であるため女性は一歩引くというのがいいという価値観なのかもしれない。そうであったら俺のさっきの言葉は相当な嫌味だ。「しまった、委縮させてしまった」と俺は思った。


「確かに俺は戦うことぐらいしか能がない男だ。もし戦力として必要なのだったら、俺としては恩を返しやすくてありがたい。

 それに、俺はこれから仲間の救出をしていくつもりだった。仲間と再会できた今、いったんこの地で仲間たちとこれからを語らうのも悪くない」

「! それじゃ、レージェストさんもゲシュタル家に!?」


 レージェストは小さく頷いた。初めて彼の笑った顔を見たかもしれない。


「ゲシュタル様、リオリア戦士団にいた人がこの地に残るとなるとゲシュタル家領の戦力は大きく上がることでしょう。

 失礼ですがレージェストさんはリオリア戦士団にいた時の階級はどのあたりだったのでしょうか? たしかリオリア戦士団にはA~Dまでの階級があったと思いますが…」

「よく知っているな。しかし、俺はその階級のどこにも属していない」

「属していない?」

「他国のことだから知らないのも当然だが、その階級は通常の獣人が属するものだ。しかしそれとは別にXと呼ばれる階級がリオリア戦士団にはある。俺はそれだ」

「! それは初耳でした」

「Xは通常の獣人より特異な獣を体に宿すものが選ばれる。俺は見たと思うが青い狼の獣人だ。狼の獣人は他にもいるのだが、俺の宿す狼は特に単体戦闘に特化した血統らしい」


 なんだかすごい話が繰り広げられている気がするが俺にはちんぷんかんぷんでよくわからなかった。

 わかったのはエルヴァネが物知りで、知らないことがあるとめちゃくちゃ質問するということと、フレアが軍事関係の話を聞いている時少し高揚したように聞き入っているということぐらいだった。


 ◇


 俺はレージェストとエルヴァネ、そしてフレアを連れ、一通り領内を説明し終えると、屋敷に戻ってきた。レージェストは仲間たちと語らうということで、村の方に残ったが、他の二人は俺と一緒に戻ってきた。


「ヨルド、どんな感じ?」

「おかえりなさいませ、旦那様。領地の境に張らせてある見張りからは以上を告げる報告は今のところ上がっていません。あれだけのことをして黙っているとは思えませんが、すぐに軍隊を動かして攻め込むほどゲシュタル家が弱いとは思われてないのかもしれません。

 事実、旦那様は兵団には資金を投資していたので、攻められてもそう簡単に負けないと思います」

「だからヨルドも落ち着いてたんだね」

「慌ててもしょうがないですから。

 ゲシュタル家と真っ向から戦争をして、こちらが大きな被害を被るであろうということが考えられるのは、北の大貴族であるナディリシア家ぐらいでしょう。ただナディリシア家は規律を重んじる家風で、契りの晩餐のような黒いやり取りには反対を示しています。今回のことで彼らが攻めてくることはないと思われます」

「そっか…。ならひとあんしんだね」

「ただ今のうちにいろいろ準備はしておいた方がいいかと」

「そうだね」


 翌日フレアは名残惜しそうにしながらも「約束ですから」と帰っていった。

 いったい彼女はなんだったのか、よくわからないままだったが俺もゲシュタル家もそれどころではなく、いつか来る戦いに備えるため兵団を強化したり、ゲシュタル家内の資金繰りを調えたりと大忙しだった。


 月日が流れ一月ほど経ったが、俺たちの予想とは裏腹にフォージュリアット家もテンボラス家も大きな動きを見せることはなく、呆気にとられてしまった。


 そして、その日を迎えた。

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