第28話 再会
「第一王子の側近!?」
たしかに出会った時からエルヴァネには、他の人と違う品位のようなものを感じていた。病弱体質で肉体派でないというところで、他と違うように感じるのかなと思っていたが、第一王子の側近だったと言われれば納得感がある。
「いえ、側近など恐れ多いかもしれません。ただ、トーマネス様が描く未来のお手伝いができればと思い、少し相談にのっていただけです。誰かの助言に耳を貸す器をトーマネス様が持っておられたというだけです」
謙遜だろうが、それでも国の中枢を動かす政治の中心にいたということだ。少なくともこの国の第一王子に助言できる人間だったということで、それはとてつもないことだ。
「そんなことを私のような者が言っても信じられないでしょうが」
「いえ、信じます。エルヴァネさんがただ者ではないことは何となく感じていました。
第一王子トーマネス様は今は…?」
俺がそう問うと、エルヴァネは首を横に振った。
「私はトーマネス様がその後どうなったのか知りません。表向きは先程フレア様がおっしゃったように、トーマネス様の気が狂ったことによって王位が第二王子であるケイディス様に継がれることになったことに。しかしそれは表向きだけの話で、トーマネス様は排除されました。牢につながれているか、はたまたもう…。
しかし私はある大きな使命を与えられ、その場に立ち会うことは許されませんでした」
「使命?」
「…。今はまだ言えません」
エルヴァネの言葉の一つ一つに悲痛な叫びを感じた。自分が慕った主君が失脚し、その後どうなったかもわからず、しかしまだ生きてるかさえわからない主君に与えられた使命を全うするために、今ももがいている。
「話してくれてありがとうございます。俺の道がどれだけ難しいものか知れてよかった。そしてごめんなさい。俺が第二王子についたばかりに」
エルヴァネは俺の言葉に目を丸くしていた。そして何かを飲み込むように沈黙すると、首を横に振った。
「いえ、第二王子ケイディス様は思想こそ違えど優秀なお方です。あなたや他の大貴族をバックにつけ、その地位を確実なものにしていくその手腕は舌を巻くものがあった」
「この話はまた今度、改めて聞かせてください。ほらもうすぐ集落が見えてきます。これから身を置くゲシュタル家を見てください」
「はい、ありがとうございます…」
◇
風が心地よく肌を撫でる。
この森の木々たちは青々と茂り、鳥たちが俺たちを迎え入れてくれるようにさえずっている。どうやらこの森は人間たちを嫌ってはいないようだ。
人間の国の森は、どこか悲しみの色を感じることが多い。多くがその地に無用な血を吸わせるからだろう。
その地に住む者を受け入れている森は、たくさんの木の実を実らせ、天からの災害から身を守ってくれる。逆にその地に無用に血を吸わせる土地は、森が枯れ、血を洗い流すように災害に苦しめられる。
森が生き生きとしているということは、この地に住む者を森が受け入れているということだ。
「(こいつを森は受け入れているのか…)」
先程からゲシュタルという貴族とリリカの兄がなにやら重い話をしているが、俺には関係ないことだ。人間の国のいざこざなんてどうだっていい。いっそのこと人間の国が亡べば、獣人が襲われることもなくなる。
「(長くこの地に居てはだめだ)」
人間への憎悪をなくしてしまえば、仲間の無念はどうする。
人間に捕まり奴隷に堕とされた仲間たちを思い出すと、まだちゃんと体の奥の方で黒く渦巻く憎しみを感じることができ安心した。
リリカに出会い、人間にも良いやつと悪いやつがいるというあたりまえのことを認識させられた。種族でくくるのは悪だとわかっているがそんな割り切り方をしていてはいつかこの憎悪を忘れてしまうかもしれない。
今、目の前にいるやつらが良いやつであればあるほど、俺はここに長く居ることを避けなければならない。
この思いが過去の物となってしまったら、そこでおしまいなのだ。
◇
「そろそろ着きます。ゲシュタル家の領民たちの暮らしを見て行ってください」
「そうさせていただきます」
エルヴァネは主君への思いを、ゆったりと胸にしまった。
──使命。
自分で口にして思い出した。成し遂げなければいけないこの使命のためにも、今はどこか安全な場所に身を隠す必要がある。ゲシュタルは口ではああいっているが、この地の状況をこの目で見ない限りは彼の思想が本当に「奴隷制度を壊す」なんてことを目指しているかはわからない。
契りの晩餐と対立してもなおリリカの命を救ってくれたりとゲシュタルの行いは信用するに値するものであることはたしかなのだが、それでも自分が抱えている使命の重さを考えれば、もう少し様子をみる必要があるとエルヴァネは思った。
「領主さま!」
村の近くにつくと、村の近くで遊んでいたらしき子どもたちが寄ってくきた。
「元気だったか~」
「うん! みてみてコレ!」
ふわっと空を竹トンボが舞う。
エルヴァネやレージェストはそれを見て心底驚いた顔をする。
「おー、上手く飛ぶようになったな!」
「ゲシュタル様あれは?」
エルヴァネは興味深そうにそれを眺めて、俺に聞いてきた。
「竹トンボです。竹を削って作るんですよ。くるっとこう回すことで、ほら」
「すごい! 初めて見ました」
レージェストも興味深そうに見ていたので、竹トンボを渡してみる。
「やってみますか?」
「…俺は」
「ほらほら」
筋肉質な獣人のレージェストが竹とんぼをくるっと回して飛ばしている姿はなんだかとても可愛らしい。こんなほのぼのとする世界を作りたい。俺は新めてそう思った。
俺たちが村にやって来たことを子どもたちが伝えに言ったのだろう。村の方から大人たちが俺たちの方にやってくる。
それを見てレージェストは竹トンボをぽとっと下に落とした。
「レージェストさん?」
俺は落ちた竹とんぼから視線をレージェストの顔に移した。
レージェストの頬が揺れている。
レージェストの視線の先に顔を向けると、獣人が何人かきょとんとした顔で立ち尽くしている。
「おまえら…」
レージェストが声にならない声を漏らしているのが俺の耳に届くと、領民の獣人の何人かがこちらに向かって走り出した。手に持っていた洗濯物やら、仕事道具やらは投げ出され、他の領民たちは驚いたように彼らを見た。
「レージェストさん!!!」
「ああ…! おまえら生きて……」
彼らはレージェストに飛びつき、存在を確かめ合うように手を取り合った。
ここにいる人たちは多くが奴隷だった者たちだ。ただその過去は彼らが語ることが無い限り俺は聞かないようにしていた。その苦しみは俺には計り知れないものがあり、彼らの過去は土足で踏み入ってはいけないと思っているからだ。
レージェストに出会った段階で可能性を考え付けばよかったが、これまで怒涛の日々で考えが及ばなかった。
それはそうだ。俺がここに来てから多くの奴隷がこの領地へやってきている。
──この領地にレージェストのかつての仲間がいたのだ。
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