第27話 強大な壁
「俺はいい」
そういうレージェストにポピィは「なにを言っとるんじゃ。この領地のことも知らないでここで暮らせるかい!」とおしりをひっぱたく。
「俺はここで暮らすつもりは…」と呟くレージェストだったが、リリカに手を引かれしぶしぶ俺の誘いについて来ることになった。
どうもレージェストは幼い見た目の少女に迫られると強くいけない質のようで、ポピィとリリカにはたじたじなのであった。
「ここゲシュタル家では、いろいろな方に領地経営を手伝っていただいています。もともと奴隷だった方もいらっしゃいます」
「ほう、奴隷を」
俺の言葉に最初に反応したのは、テンボラス領の貧民街でごろつきを束ねていたエルヴァネだ。「体を壊しているから屋敷で休んでいたら?」と言ったのだが、「私は幼いころから病弱なので、今に始まったことではないのです。それよりもこれから私たちがお世話になるこの地のことを知りたい」と今回の領地視察についてきた。
「奴隷商から奴隷の方たちを買い、彼らにこの領地で暮らしていただいています」
「デロンド様はさすがですね! 奴隷は安く手に入って多くの利益を出すことを理解して、うまく使っているのですね」
そう言ったのは、突如婚姻を申し込んできたフレアだった。彼女が言ったことは貴族の間では普通感覚で、彼女が特別差別的というわけではない。奴隷は人にあらずという認識であるがための言葉だ。
「理解ができん。獣人は別種族であってもお互いを尊重している、絶対そんなことはしない。人間はクズだ。同族を奴隷として虐げる。」
レージェストはフレアの言葉を聞いて、嫌悪感と苛立ちを言葉に乗せ言い捨てた。
「レージェストさん、俺もそう思います」
そう言うとエルヴァネもレージェストも驚き、フレアは困惑しているようだった。
「皆さん、俺はこの国にある奴隷制度を壊したいと思っています。元奴隷の方たちも、この領地では等しく領民です」
「奴隷制度を壊す…初めて貴族の方からそのようなことを聞きました」
俺はあえてみんなの方を向くことはなく、歩きながらそう言った。それを聞きエルヴァネは思案するように、顎に手をやる。
「嘘を抜かすな。人間にそんなことができるのか? 俺は見てきた。あの女貴族が奴隷所有を辞めるとは思えない」
「だから俺は戦うことにしたんです。それもレージェストさんは見たはずです」
「…っ」
【契りの晩餐】で俺は完全にフォージュリアット家と──いや、あの場にいたすべての貴族と対立した。レージェストもその当事者であるから、俺が彼らと違うというのは事実として知っている。しかしどうにもその事実を受け入れられないようだった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 整理しますが、デロンド様は奴隷制度を嫌っている。貴族ならばあたりまえに持つこの価値観を、真っ向から否定し、他の貴族と対立するとわかっていながら、それでも自分の意思を貫こうとしていると…?」
「はい、その通りです」
いや、そんな格好の良いものではない。この決断は俺のわがままで、それによって俺のまわりの人たちがどれだけの苦労と痛みを背負うことになるかはわからない。
フレアはこれで結婚なんて馬鹿げたことは取り下げてくれるだろう。ゲシュタル家は今や大きい泥船だ。不安定で、いつ朽ちてしまうかわからない。どうにかしてそれを食い止めて、この領地に住む人々を幸せにする義務が俺にはあるが、彼女にそんな義理はない。泥船とわかれば、彼女も去っていくだろう。
「そうだったんですね。それで契りの晩餐でのあの騒動。…素敵です」
「へ?」
「素敵じゃないですか! 私ますますデロンド様に惚れてしまいました! 先程私が言ったことも訂正させていただきます。差別的でした、申し訳ございません」
「え、え…」
俺は深々と頭を下げるフレアに呆気にとられどうしたものかと思っていると、一部始終見ていたエルヴァネが助け舟を出してくれる。
「ひとまず
「! 俺もそれはわかっているけど、どうにかして…」
「いえ、申し訳ありません。ゲシュタル様の決意に泥を塗るつもりは毛頭ありませんが、それは無理なのです」
◇
最初この異世界に来た頃のゲシュタル家領とは、だいぶ変化してきた。雨が降ればぬかるんで尻もちをつくような道も整備され、屋敷から各地の開拓地への道のりは幾分か使いやすくなった。
エルヴァネが言ったこの国の理は、とても俺にとって重いものだった。
「この国──ヴァーシュタリア国は数年前、大きな転換期を迎えました」
「転換期…?」
「ゲシュタル様ももちろん知っているはず」
「あー!あれね!!」
もちろん俺はそんなの知らない。なんせ
「先王の死去ですね」
そう言ったのはフレアだった。
「! ご名答です、フレア様。さすが貴族家のご令嬢であらせられる」
「いえ、このぐらいは教養の範囲です」
俺は内心で「スゲー!」と思うと共に、額にどっぷりかいた冷や汗をぬぐう。
「そう、このヴァーシュタリア国の先王の死です。先王の死で次期国王を選ぶことになりましたが、先王は次の王を決めることをする前に突如亡くなられてしまいました」
「もしかして毒殺!?」
こういう時の定番は、政治的に争う者からの毒殺だ。俺はこれは絶対そうだろう踏んでそう言った。しかし…。
「いえ、餅をのどに詰まらせて亡くなられました」
「…餅?」
「はい、餅」
俺の中で膨れ上がった先王の威厳が一瞬で崩れていくのを感じた。
いや人間の死なんてそんなものなんだろう。物語のようにすべてが意味があるわけではないのだ。ただ今回の話で分かるのは、その先王の死がこの物語を動かす始まりになったということだろうか。
「死因はともかく、それが原因で次期国王になることができる第一王子と第二王子の間で戦争が起きました。そして知っての通り、その政争に勝ったのは第二王子でした」
「でもそれでなんで、奴隷制度を壊すことができないと?」
「…私は不思議でした。ゲシュタル様があなたのような方だとは思っていなかった。そうであったらなぜこのような結末を迎えたのか」
「!?」
「奴隷制度を壊すというような大望を抱くあなたのような方が、なぜ第二王子の陣営に入ったのですか?」
「!」
第二王子の陣営にこのデロンド・ゲシュタルは入ったんだ。それゆえに何かが狂ったそれだけはエルヴァネの表情から伝わってくる。
「第一王子──トーマネス様は、奴隷制度をはじめとする、この国に漂う闇と向き合うことができる賢王になられる器があるお方でした。反対に第二王子であり現王のケイディス様はそれらを推進しました。
王になる権利は第一王子トーマネス様にあったが、その覇道には敵が多すぎた」
「俺が…その、敵……」
「そうです! あなたが、あなたが、トーマネス様の陣営に入れば……いえ、すみません」
エルヴァネは鬼気迫るような、その薄い血色を高揚させるほどの感情を俺にぶつけてきた。しかし俺は、彼の言っている事実以上に彼がなぜそれほど、感情的になっているのか、そしてなぜそれほどのことを知っているのかが気になった。
「エルヴァネさん。なんでそれほど国の中枢の事情を知っているのですか?」
「っ! それは……」
エルヴァネが口ごもる。それを見たフレアが横から入ってくる。
「それは私も思いました。第一王子トーマネス様は気が狂ってしまったというのが一般的に言われている話のはずです。貴族でもないあなたがなぜそのようなことを知っているのかは甚だ疑問です」
エルヴァネは俺の目をジッと見つめた。その目は何かを決意したような目だった。
エルヴァネは口を開く。
「私は第一王子トーマネス様の側近でした」
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