第11話 荒地の開拓
なにか深い憎悪のような視線を感じながら俺とヨルドそれにお付きの数人は屋敷を出て領地内を歩いていた。
「あんまり人いないんですね」
ゲシュタル家の屋敷は大きく煌びやかで、その周りを少し大きめの家が囲んでいる。しかしそれを抜けると小さな集落が点々とあるだけだった。田舎のようなのどかな雰囲気も感じるが、そこに住む皆の視線はそんなゆったりしたものではなく、どこか冷たい。
外の者が田舎にやってきて、ひそひそと好奇の目を向けられるのともまた違った。
「そうですね。ゲシュタル家領は領民が少ないのです。小さいまとまりの中で自給自足し支えあってやっています」
「でも…なんか視線が……」
俺は少しヨルドに近づき周りには届かないような小声で言うと、ヨルドは前を向いたまま整然と話しだす。
「先も言いましたが、先代様の頃は先代自身も汗を流し苦楽を共にしてきたので領民とゲシュタル家の関係は良好でしたが、先代様が追放された後、旦那様は領民に過剰な税をかけました」
「なるほど…」
それでこの視線か…。確かに屋敷の煌びやかさとは比べられないほど、彼らの生活は困窮しているように見えた。文化レベルが違う。
「そういえば。奴隷の方たちの処遇なんですが、俺はすぐに解放してあげられればと思っているんですがどうでしょうか」
「…。それはやめておくべきです」
「?」
「奴隷が捉えられた場所、すなわち彼らの故郷がどこかがわかる者がどれだけいましょうか。わかったとして、それがすぐ帰れるような距離かも定かではない」
「た、たしかに」
「それに…。これは悲しい話ですが、その故郷がはたして残っているか…。
ですので彼らをすぐに解放したとて、途方に暮れ旅の途中で命尽きるか、また奴隷におちてしまうでしょう」
奴隷として売られた彼らに帰る場所があるかもわからない。彼らはなんのためにこれから生きていけばいいのだろうか。希望さえないのか…。俺は何もできない無力感に苛まれた。
少し歩いていくとだんだん人が暮らす形跡さえ感じないような荒地が広がり始めた。背丈ほどの草が生い茂り、いくらかき分けても先が見えない。
「こりゃすごい」
ある程度行ったところでヘビでも出そうだなと身の危険を感じ引き返した。
膝のあたりについた草を払っていると、ヨルドが近づいてきて言う。
「この土地を領民と力を合わせて開拓することを提案します」
「!」
「ゲシュタル家領は広大な土地を活かせていません。それはほとんどがこういった荒地だからです。今通ってきた集落があった土地も元々は荒地でしたが、先代様が当時開発されたのです」
先代は領民と土地を開き、畑を作り自給自足ができるようにし、この領内の生活基盤を作ったというわけか。
「うーん、でも領民のみんなは畑を耕すので精一杯なんでしょう? それにあの人たちが手伝ってくれるとは…」
「しかし新たに土地を開き、領民を増やす施策を取らないことには…。
この広大な荒地を広げてくれるような者を外から探すのは困難かと」
話を聞いている限り、他の領地はしっかりとした生活の流れができているようだった。何かこの土地に来て得をするようなものがない限り、わざわざこんな荒地を開拓しに来てくれる物好きもいないだろう。まるで過疎化が進んだ地方のようだな、と俺は思った。
領内の文化レベルと家の大きさのバランスの悪さはこのゲス貴族が領地経営と別のところで資金を生み出していたからか。
代償が大きすぎるが、このゲス貴族はある意味相当なやり手であったことは間違いないと思った。
「奴隷の方たちを使うのはどうでしょうか?」
ふと俺は思いついたように口から言葉をこぼした。「奴隷を…?」とヨルドはあからさまに難色を示す。奴隷を開放するためといって、奴隷を使うと言っているのだからヨルドの反応は最もだった。
「違います違います! 奴隷の方たちを無理やり働かせるんじゃなくて、領民として扱うんです」
そういうと、ヨルドは「ほお」という顔をした。
「なるほど解放奴隷ですか」
「解放奴隷…?」
「文字通りの意味ですが、奴隷たちの労働意識を上げるために一定時間の働きの後、解放することを約束するんです」
これは元の世界でも歴史で学んだことがある気がする。たしか奴隷が自分の権利を主人から買うのだ。
「解放奴隷というか…。ここに来る途中、奴隷たちを解放することについて反対されたじゃないですか」
「…ああ」
ヨルドは顎に手を当て少し考えると、道中の会話を思い出したようだった。
「それならばこの地の領民として迎え入れたらどうかなって」
「…なるほど」
「この土地の開拓をお願いして、開拓した土地を彼らにあげるんです」
「ふむ…。それは、とてもいい考えです!」
ヨルドは思いついたように手をポンとたたいた。
「そうです。奴隷をただ買いただ養うというやり方は、いつか資産が尽き終わりを迎えてしまう。それならば彼らに土地を与え権利を与え領民としたらいい。そうすればこの土地の開発も進み、領民も増え、双方がに得るものがある」
俺は「うん」とうなずいた。
「私のなかにも無意識に奴隷を差別する心があったのかもしれません。自分が奴隷で旦那様に拾われ今の身分があるにも関わらず。それは私が奴隷であったことを隠して生きてきたからでしょう。
奴隷を大々的に領民として迎える。私には思いついても頭の中で弾いてしまう可能性でした。あなたはたいした人だ」
「そ、そんなかな」
思いつきで言ったがヨルドの中の思考の枷を運よく外すことができたようで、ヨルドが勝手に話をまとめていってくれる。俺は居心地が悪く首をすくめるのだった。
「ふふ、では早速明日から取り掛かりましょう」
ヨルドはそんな俺を見ると小さく笑い、そう言った。
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