第二章 ゲシュタル家領

第10話 悪事・資金源

 ハーブのとてもいい香りが鼻の奥を抜けていく。執事長ヨルドの入れてくれる紅茶はとても美味しくて、このままこれを片手に窓辺で本でも読めたら最高なのに、と俺は思った。


「美味しい…」

「ありがとうございます、嬉しいです。旦那様は紅茶を飲まれませんでしたから」

「え? こんなおいしい紅茶を飲まなかったんですか?」

「日常的に飲まれていたのはお酒でしたので」


 おお。朝から晩まで酒を飲み明かしていたのかこの体は…。

 まじまじと自分の体を眺めてしまう。一つ良かったと思うことは、アルコール中毒みたいな症状を感じないことだろうか。別段酒を飲みたいという気は起らなかった。この体になって不便なことは少し重たいぐらいでそこまで感じなかったが、なにぶん体力が少ないのか動くとすぐ疲れる。あとは鏡を覗くたびにげんなりすることか…。

 ヨルドは俺の空いたマグカップに再度お茶を注いでくれる。


「それと、旦那様は私に敬語は使われません。ですのでこれからは意識していただけると、周りにもバレにくいかと」

「そ、そうでした! あっ…」

「ふふ。徐々に慣らしていきましょう。あと紛らわしいですが、これから私はあなたのことを旦那様とお呼びします」


 ヨルドは飲み込みが早いのか、てきぱきと話を進めてくれる。詮索しないでいてくれてるのか興味がないのかはわからないが俺の中身については聞いてこなかった。俺でさえ理解しきれていないものを説明するのは難しいため、少しホッとした。


「さて本題ですが、市場に出る全ての奴隷を買うとなりますと資産はすぐに底をついてしまいます」

「! はい」

「ただ、もともと旦那様はとにかく貴重な珍しい奴隷を買い集めていましたので、奴隷を買うための予算は資産のなかでもかなりの割合で用意してありました」


 奴隷の間でもかなり価格に差があるのだろう。珍しかったりして需要が高い奴隷には高値が付くが、非力な子どもなどは安い値段で売り買いされる。その中でもこのゲス貴族は、珍しい種族や、美しい女性を買っていたというわけだ。

 たしかお風呂に一緒に入った女性たちの中にもエルフがいたなと、思い出した。


「エルフとかも珍しいんですか?」

「そうですね。エルフは少数種族ですので。森の秘境で暮らしていると言われていまして、人間には容易く見つけることができないのです」


 やはりかなり珍しかったのだ。エルフを見て正直「異世界っぽい」と思ったが、この城で働いているメイドや執事たちを見るに、彼らは皆人間だった。最も、見た目が人間ってだけで違う種族という可能性もあるが、エルフほどはっきり違いがわかる特徴のある者はいなかった。さっき奴隷商から買った奴隷たちの中には頭に猫っぽい耳がついた者もいたが…。


「ちなみに他にはどんな種族がいるんですか?」

「この大陸で大きく占めるのは、私たち人間と獣人と呼ばれる者たちですね」

「(おお、獣人)」


 説明を受けなくてもなんとなく想像できる。

 やっぱりさっきの猫耳付きの人は獣人だったのだろう。特別この領地に人が多いのは、ここが人間の国だからか。


「人間が大陸の6割を占めているといわれています。3割が獣人で残りの1割が特殊な種族のようです。ここにエルフも入りますね」


 資金が無限にあるならともかく、全部を買っていたらこの家が潰れてしまう。そうなれば、ここで雇われている皆が路頭に迷うのは目に見えていた。

 そんなことを考えていると、ふと最初にお風呂で奴隷たちを選定する時のことを思い出した。彼女たちは奴隷としてこのゲスに尽くすことよりも捨てられることを恐れているのを恐れていた。


「あの、ちょっと気になっていたんですが、奴隷たちが捨てられることを恐れていた気がするんですが、捨てられた奴隷はどうなるんですか?」

「それは…」


 これまでどの質問にもすぐ答えていたヨルドの口が止まった。


「…?」

「そうですね。それは知っておいた方がいいでしょう。

 捨てられた奴隷は、薬漬けにされ捨てられるんです」

「!?」


 ヨルドは紐で一束にまとめられた紙を俺に手渡した。

 そこには何やら文字と数字が羅列してある。こちらの世界の文字は、たしかに日本語とは違うものだがなぜか理解できる。今思い返せば言語もそうだった。


「これは資金調達とかの…?」

「そうです。それはこのゲシュタル家のお金の流れの詳細をまとめた表になります」


「これの」とヨルドは言いながら俺の手元の紙を数枚めくると、そこには取引内容が記載されていない項目があった。


「これは?」

「薬物を買い横に流して得た利益です」

「!」


 その項目は他の収入とは確かに何桁も違う記載がされていた。


「薬物には禁止されていないものももちろんあります。しかしここで利益を出しているのは国から禁止とされた薬物です。

 依存性が高く、ひとたび使えばそれがなくては生きていけなくなるのです」


 覚悟していたが、薬物の横流しもしていたか…。奴隷に薬物…これでもまだまだこのゲス貴族が持つ黒い部分の一部に過ぎないのだろう。


「旦那様は捨てる奴隷にそれを与え、薬を欲し狂う様を楽しんでいました。それがこれまでの奴隷たちの末路だったのです」


 ゲス野郎…。

 お腹の奥の方から怒りが湧いてくる。奴隷たちが極度におびえていた理由わけがようやくわかった。しかも誰もその横暴を止められなかったのだろう。なにせ先代でさえ追放されてしまうほどの独裁力を持ち合わせていたのだから。


「薬物の売買は禁止されているんですよね。それはやめないと」


 そういうと、ヨルドは横に首を振った。


「それはすぐには難しいです」

「資金がなくなるから?」

「もちろんそれもあります。ゲシュタル家は先代様から旦那様に代わったことで莫大な成長を見せました。それは決して黒いことに手を出さなかった先代様とは違い、旦那様は文字通りからです。

 しかしそれ以上にやめられない理由。それは今この国の上流貴族の間では、これが暗黙の了解とされているからです」


 なんてことだ。クズはこいつだけではないらしい。となると、今さら手を引きますってのはそのコミュニティが許さないってことか。


「やめると言ったら…」

「消されるでしょう」


 ヤバい奴に転生してしまった。悪事を裁く勇者にでも転生したかった。悪事に手を染め、悪事をやめたら殺される? 冗談じゃない…。


「ですので新しいゲシュタル家の収入源を作ることを提案いたします」

「! 新しい収入源?」

「ええ」

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