第9話 協力者
太陽が少し傾きはじめ、部屋はうっすらと赤色に染まった。
影が床を伝い壁に2人の姿をくっきりと映し出し、その1つが動揺し左右に揺れている。
「失礼を承知で言わせて頂きます。
──あなたは本当に旦那様ですか?」
執事長ヨルドの放った言葉は、俺──デロンド・ゲシュタルを動揺させるには十分す過ぎた。
沈黙が痛い。
しかし何を言葉にすれば、こんな窮地を乗り越えられるかなんて、一晩考えたって思いつかないだろう。あまりに自然体過ぎた。
この世界に来て新しい価値観とぶつかり、それが許せなくて自分のやりたいようにやりすぎたことを頭で反芻した。どれもこれもゲス貴族がやってきたことを真っ向から否定するやり方で、どう考えてもおかしいと思われて当然だった。
しかしすでに時は戻らない。後悔先に立たずとはまさに今この時のことだろうな、とそんなどうでもいいことばかりが頭を駆け巡る。
「…お、俺は」
言葉が出ない。こういう時口から出まかせがぽろぽろとこぼれるような口達者だったらよかったのにと思った。
「おまえは思ってることがすぐ顔にでるな」よく上司にそう言われ笑われたものだ。嘘は後々の自分の行動を縛る足かせになる。だからできるだけ偽らないで生きてきたのだが、それが裏目に出てしまった。たぶん俺の表情はヨルドの質問に対して素直に答えてしまっているだろう。
これからどうなってしまうのだろう。中身が違うなんてのは、この世界でだって無茶苦茶なことだろうから証明が難しいため殺されたりするということはないと思う。しかし俺が、仕えるべき旦那ではないと知ったヨルドは出て行ってしまうかもしれない。
「やはりあなたは、旦那様じゃ、ないのですね」
そんな俺の様子をみて確信したのだろう。ヨルドはそう呟くとそれ以上何も聞かず、部屋を出ようとした。俺はその後ろ姿に向かって問いかける。
「俺の中身が違うってみんなに言いに行くんですか?」
「…いいえ、お茶を持ってこようとしたまでです。
私は、とても不敬なことをしました。旦那様の正体を疑った。もしあなたが旦那様であったのならこの場で斬り捨てられています」
「!?」
「頭でも打たなければ、あんな行動を旦那様はしません」
そうだよな。一番近くでこのゲス貴族のゲスいやり方を見てきたんだ。そんな男がこの変化に気づかないはずがなかった。そしてヨルドも、命を懸けて俺に質問をぶつけてきたんだ。ではなおのことよくわからなくなった。俺の中身が違うということを確かめて、それを誰かに伝えるわけでもなかったら、何のために命を懸けてまで質問をしたのか。
するとヨルドは俺の顔をジッと見つめてきた。なんだか見つめられるのが恥ずかしくて、耐えきれず目を逸らしてしまう。
「私は先代様に拾われ、この家にやってきました。
──私も奴隷だったのです」
「!」
「先代様は私を救い、この家に仕えさせてくださいました。
あなたは、私がこの世界で一番尊敬している方と同じことをしたんです」
ヨルドが元奴隷だった。驚きと同時に、光が見えた。この世界にも、この奴隷制度に疑いを持っている人がいるということに。それがいかに故人といえども。
「…先代様はいい方だったんですね。生きているうちにお会いしたかった」
俺がそういうとヨルドの顔が少し暗くなったのがわかった。
「先代様は、生きておられます」
「! 生きてるの?!」
驚きのあまり、椅子から転げ落ちそうになる。俺は椅子に浅く座り直し、前のめりでヨルドの言葉に耳を傾けた。
「今どこで、どうされているかわかりませんが…。ご高齢ですのでもしかしたら…とも思いますが、私は生きてらっしゃると信じています」
「どこにいるかわからないって…」
「…旦那様に追放されたんです」
「!」
つくづく俺が転生してしまった男はクズ野郎なんだって思い知らされる。
これでやっと最初にヨルドが言っていた「旦那様が先代様の積み上げてきたものを壊された」という言葉と結びついた。このゲス貴族が先代の築き上げてきた理念や信頼をぶち壊したということなのだろう。
「だからあなたが奴隷制度をなくすと言った時、私はやっと本当の意味でこのゲシュタル家に仕えることができると思ったのです」
「…」
「私は、あなたの力になります。あなたが変わらず、この無謀ともいえる挑戦を続けていく限り。この老いぼれの命がある限り」
ヨルドの笑顔を初めて見たかもしれない。その笑顔はすがすがしく輝いていた。
やってやる。どんなこうやってこの世界を変えたい人は必ずいるんだ。俺は一人なんかじゃないと思ったとたん、勇気が湧いてきた。
部屋を後にしようとしたヨルドは思い出したようにくるっとこっちを向いた。
「…と、まずは奴隷を買い入れる資金についてですが、完全大赤字です。
これをどうにかしなければ夢物語で終わってしまいますので、この解決方法を模索しましょうか」
「ひぃーー!」
俺は異世界転生したってのになかなか人生は簡単にはいかないなと思うのであった。
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