第5話 疑い
奴隷達に衣食住の確保を約束したあとはメイドに彼らのことを任せ、やっと一息つくことができた。椅子に深く腰をかけると、背もたれに全身を預ける。
この世界の奴隷達の暮らしはおおむね見えてきた。しかし“奴隷制度をなくす”なんて軽々しく口にして良かったのだろうか? まだその方法は何も思いついていなかった。
この世界に蔓延する奴隷に対する価値観。奴隷を使うことで回っている生活。奴隷を売り買いする市場。どれもこれもどう対応したら良いか想像もつかない難題だ。
この価値観の世界で、この問題と正面から向き合ってきた者がどれほどいるのだろうか?
そういう人がいればいいのだが…。
ひとまずは売られている奴隷は全て買い、彼らに人としての最低限の生活を与えることは決めた。しかしもちろんそれを続けるには多くの資金が必要だし、このままではそれを継続する前にゲシュタル家の財産が底をつくだろう。
そうだ。このゲシュタル家のお金流れも把握しておかなければならないんだった…。
俺はそんなことを考えながら、フーッと息を吐き出した。
「奴隷制度をなくす。そんな言葉が旦那様から出るとは思いませんでした」
俺に声をかけてきたのはこの部屋に残った執事長のヨルドだった。彼は気さくに話してきそうなタイプには見えなかったし、その振る舞いは寡黙で忠実に仕事をこなすいかにも執事という印象だった。そんな彼が主人である俺に、自分の考えを口にした。
「奴隷制度をなくすって、どう思う?」
俺はヨルドの言動を不思議に思いながらも彼の方を見ることなく質問を返した。すると、ヨルドは一呼吸おき言葉を口にした。
「私は、先代様の頃よりこのゲシュタル家に仕えております。ゲシュタル家は古くからの貴族家。その頃は地位こそあるものの、領地から得られる収入は他の領地ほど多くはありませんでした。広大な土地に見合う領民がいなかったためです」
「先代様は自分も農地に出て領民と一緒に働くような方でしたので領民もそれに応えるように身を粉にして働き、領地経営は糸の上を渡るような絶妙なバランスで守られていました」
俺は「へぇ」と思いながらヨルドの話を聞く。そうかヨルドは俺が転生したこのゲス貴族の父親の代からこの家に仕えているのか。
先代は相当できた人間だったのだろう。下の者達が先代を慕っていたのがヨルドの話し方で容易に想像がついた。その先代がいたから、この領地はここまで大きくなったのだろうか?
「しかし…」
ヨルドは続けようとした言葉を口の中に留め、押し黙った。急に話が途切れたため、俺がヨルドの方に目をやると彼と目が合った。淡々と語っていたので気づかなかったが、彼の目には迷いと動揺したような色が浮かんでいた。
俺はサッと視線を外す。数秒間の沈黙の後それは破られ、ヨルドは小さく声を震わせ、つぶやいた。
「しかし旦那様が先代様の積み上げてきたものを壊された」
何を言っているかわからなかった。俺が?このゲス貴族──デロンド・ゲシュタルが先代の積み上げてきたものを壊した? なんで? じゃあ今あるこのゲシュタル家は一体…? 頭の中を疑問がぐるぐると駆け巡る。なんで?とヨルドに投げかけたかったが、この話はこのゲス貴族本人の話。知らないのはおかしい。
「……」
俺の反応をじっと観察するヨルドの視線を感じる。ヨルドは首を横に振り、何かを固く決心をしたように目を瞑るとこう口にした。
「失礼を承知で言わせて頂きます。
──あなたは本当に旦那様ですか?」
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