第4話 奴隷制度
俺が食堂に行くと、ずらっと列を作るメイド達がざわついた。テーブルにはこれでもかというほどの贅沢な料理が並んでいる。
これを俺(正確には俺が転生したゲス貴族デロンド・ゲシュタルだが…)のためだけに作っているというのだから恐ろしい。
そら、これだけ贅肉たっぷりの体になるよ…と、俺は自分のお腹をさすった。
「これをみんなで食べよう。ひとまずはお腹を満たさなきゃね」
メイドがざわつくのも無理はない。食堂に来たのは俺だけではなく、薄汚れた奴隷達もいたのだから。もちろんこれまで食事に奴隷を連れてくるなんてことはないのだろう。そこらの下級貴族だってそんなことはしない。
ひとまず彼らに服を着せてあげ、これからの処遇を決める前にと腹ごしらえしに来たというわけだ。
驚いているのはメイドだけではない。当の本人達も自分達の待遇に、いささか疑いの顔をしている。
「食べていいのでしょうか…」
奴隷の一人が恐る恐る俺に尋ねてきたので、俺は大袈裟に首を縦に振ってやる。
奴隷商にはたいした食事を与えられてなかったのだろう。一人の奴隷が食べ始めると皆が一斉に食事に飛びついた。食器にスプーンがカツカツと当たるのだったり、スープをズズズと啜る音が食堂中に響き渡る。その様子はとても礼儀正しいとは言えるものではなかったが、彼らの食べっぷりはとても気持ちがいいものだった。
しかしその中で一人だけ、食事に手をつけていない者がいた。
奴隷商が来た際に目が釘付けになった海のように深い瞳を持つ不思議な魅力を感じる少年だった。
「キミは食べないの?」
俺の言葉が耳に入ってないのか、彼の返答を待っても振り向きもしない。
もしかして、耳が悪いのか?
そんなことを思ったのも束の間、数秒遅れでその少年は俺の方を向いた。
「食べられないんだ」
その少年はポツリと呟く。
ここには古今東西…とまではいかないが、いろんな種類の料理が出ていた。現世でもお馴染みのものもあれば、俺はみたことのない料理もある。
俺も
もしかしたら、俺が毒でも盛っていると心配しているんでは?
確かに奴隷の少年からしたら、このような大盤振る舞いは逆に不信感を感じるかもしれない。
そう思い俺は食事に手を伸ばして白パンを一つとると半分に割って片方を口に放り込んだ。
やはりめちゃくちゃ美味しい。現世でも会社の近くにある有名なパン屋でよく昼食を買っていた。そこも最高だったが、それにも負けないぐらいのいいパンだ。
「ほら、美味しいよ?」
半分こすることで毒がないことを証明しようとしたが、彼はその様子を見ても白パンを受け取らず、首を横に振った。
「僕は食べなくても大丈夫なんです」
まぁ無理に食べさせることはない。どうしてもお腹が空いたら食べるだろう。
「キミの名前を教えてくれるかい?」
「僕はルディア」
「ルディアか、いい名前だね。俺は…デロンド。デロンド・ゲシュタル。よろしくなっ」
◆◆◆
「さて、これからのみんなの待遇を食事の間に考えてみた」
奴隷達を自分の部屋へ呼び、俺は自分の椅子に座る。なんとなく自分だけが座っているのは偉そうで嫌なので、彼らにも椅子を用意させた。
奴隷達は食事をしたからか、先ほどより少し顔色がいい。奴隷商に売られる時の彼らは化粧で血色を誤魔化してはいたが、その顔色は誤魔化せてはいなかった。
明らかに表情に生気を感じる。
「と、待遇の話の前に…、キミ達の話を聞きたい」
俺がそう言うと、奴隷達は改めて困惑の色を見せた。
俺はこの世界の構造を理解していかねかなければならない。まずは目の前に奴隷制度という大きな問題がある。この世界で奴隷はどう言う扱いを受けているのか。そして彼ら自身がどう感じているのか。それが知りたかった。
もちろん、執事長ヨルドに聞けば奴隷制度についてもそれなりのことが聞けるだろう。彼からは、多くのことを知るだけの教養を感じた。しかし、生の声からはそういった教養とは違うことが語られることが多々ある。
現世でもそうだった。
現場と上層部の意見や価値観には大きなズレがあった。強い言葉で言えばそれは経営する側と、使われる側の違いだろう。
俺はここではゲスと言えど貴族。奴隷からすれば主人になる。俺が考えを口に出したことは大きな影響力を持つ。俺の考えを否定できる人間がいるかも定かではない。そういう状況化で、教科書に書いてあるものだけで判断するのは危険だ。
…いや、そうしてきた結果がこの奴隷制度だ。
奴隷と貴族には大きな隔たりがある。人間と物という価値観。貴族家系では親から子へ教育されているのだろう。はじめから彼ら奴隷は人間ではないものと認識される。そうして彼らへの不当な扱いを疑問に思う者はいなくなる。
「私たちの…話ですか?」
困惑した表情の女性奴隷が、改めて俺に聞き返す。
「はい。
彼らには辛い話だろう。どんなに不当に扱われてきたかも定かではない。さらに言えば、それを素直に貴族である俺に話してくれるだろうかもわからない。それでも俺は聞かなければならなかった。
「だ…旦那様は変わっておられます」
女性奴隷がそう呟く。周りの奴隷達が息を呑んだのを感じたが、俺は小さく頷いて続きの言葉を待った。
「奴隷は使い捨ての雑巾と同じ。そう扱われると思っていました。私はここにくる前、北の小さな町に奴隷ではなく一般市民として暮らしていました。しかしそこの領主様の奴隷への扱いは…」
そこまでいって言葉を詰まらせた。酷い仕打ちだったのだろう。奴隷は物という価値感である以上、所有する人間によって扱いは変わるのだろうが、奴隷を買うのなんかは“性奴隷”としてか“労働力”としてであろう。
「大丈夫か? 無理には聞かない」
「いえ、すみません…大丈夫です。──私はその時、普通に生活をしていました。奴隷を見ても何も思わなかった。使い潰されていく奴隷が横を通っても、彼らに手を差し伸べようなんて思わなかった」
「…はい」
「私の村が襲われて、奴隷商に売られるまでは…。だから私は奴隷に堕ちた時に覚悟したんです。…ああなるだ、って」
その奴隷の女性はごめんなさいと言いながら泣き崩れる。他の奴隷も皆、思い当たる節があるのだろう。口を固く結んだり、涙を流したりしている。
「(これは…根強い問題だ……)」
貴族階級だけではない。一般の人間でさえ奴隷との間には差があるのだ。
彼らと同じ目線でものを見られるのは、同じ奴隷に堕ちた者しかいない。
そこにはもしかしたら、同情さえないのかもしれない。
「ありがとうございます。よくわかりました」
俺がそういうと奴隷達は顔を上げた。
「あなた達の待遇についてですが、ひとまず働いていただきます」
奴隷達はわかっていたというような表情で、俺の言葉を聞いている。
「3食。朝昼夜の食事をしっかりと用意します」
「…!?」
「寝床もしっかり整えさせていただきます。働きに応じて、ボーナスも用意します」
口をポカーンと開く奴隷達の目を、真っ直ぐ見て俺はこう伝えた。
「俺は奴隷制度をなくしたい。そのために手伝って下さい!」
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