「モテる奴は悪!」と叫んだはずの厨二病男は恋する美少女と級友達に結婚まで追い込まれる

ニセ梶原康弘@アニメ化企画進行中!(脳内

プロローグ「とりあえず結婚しろ、細かいことは後にして」

高校文化祭模擬結婚式、断固強行

 そのとき。

 日本中の男子から羨望されることになる「彼」は、この後に待ち受ける幸せな窮地など知る由もなく、緑ヶ丘高校の男子トイレの中で個室のドアを必死に叩いていた。


「ユウジ、出てこいよ。もう式が始まっちまうぞ! お前が花嫁さらってくれないと結婚式ヤバいだろ」

「お、おう……」


 親友の訴えに応えて、トイレの個室から出てきたのは下痢などとは無縁そうな爽やか系イケメン男、菅田祐二すげた ゆうじだったが、しかし三歩も進まないうちに「ううっ、ダメだ……また来やがった……」と、ゴロゴロ言い出したお腹を押さえて個室に戻ってしまった。


「ユウジぃぃぃ!」

「ヒロマル、すまん。もう式には出られそうにない。オレはここでトイレの守り神となるしかないようだ……」


 扉の向こうからはすすり泣きが漏れ聞こえてきた。傍目にはこれが結婚式の主役達とはとても思えない、悲痛な光景である。


「泣いてねえで出てきてくれよ! お、お前、主役だろ! 結婚式どうすんだよ!」

「どうしようもねえ……行け、友よ。わが屍を乗り越えて」

「アフォなこと言ってんじゃねえ。花嫁をさらう役のお前がいなかったらイベント始められねーじゃねーか!」

「スマヌ……スマヌ……」


 個室のドアをドンドン叩いても叫んでも、親友からは力ない謝罪が返ってくるばかり。


「なんてこった。アイツ、お昼に何食べたんだよ……」


 青い顔をしてボヤいているとトイレの入り口から「ヒロマルくーん!」と呼ぶ声がする。彼は慌ててトイレから飛び出した。


「ユウジくん、どうだった?」

「ダメだ。相当酷い下痢らしい。あの様子じゃ半日は出てこれそうにないみたいだ」

「そう……」


 返事を聞いたクラスメイトの女子達は意味ありげに視線を交わし、「計画通りね……」と言わんばかりにニヤリと笑いあった。

 小村崎こむらさき博丸ひろまるは肩を落としてため息をついた。

 彼は思いもよらない。

 目の前の女子達が実は親友のランチに下剤を仕込んだ犯人達だということも。一見心配しているように装っているのも、実はその首尾を見届けるためだということも……


「ヒロマルくん。とにかく、いったん式場に戻ろ?」

「ああ……」


 落胆する彼の傍をたくさんの高校生や彼等の親、他校の生徒達が笑いさざめきながら行き交っている。

 今日は、緑ヶ丘高校の文化祭。

 どこからも歓声や笑い声、楽しそうな音楽が聞こえていた。学校の内外で様々な模擬店や展示会、ミニコンサート等のイベントが開かれ、賑わっている。


「本当ならオレらもあんな風に盛り上がれただろうになぁ……」


 どうすればいいのだろう。

 ヒロマルは肩を落としてため息をついた。

 彼のクラスではイベントとしてこの日、「模擬結婚式」を開くこととなっていた。ありきたりの出し物ではつまらないしとクラスの女子が企画したのだ。

 ちなみに陰キャを自称するヒロマルは間抜けな新郎役で、式の途中でイケメンの親友ユウジが現れて彼から花嫁をさらうという段取りであった。言うまでもなく映画「卒業」で有名な「お約束」だが、観客に大ウケするだろうとクラス中の支持を受け、今日の為に準備が進められていたのだ。

 だが、花嫁をさらうはずの主役があの体たらくではどうしようもない。


(肝心のハプニングイベントが出来ないとあっちゃあ、中止にするしかないよなぁ……)


 少なくともヒロマルだけはそう考えていた。


 ――そう、ヒロマル「だけ」は……


 ユウジの様子を心配して付いてきた女生徒数人を引き連れ、野外に設けられた結婚式場の裏側にトボトボと回る。

 準備に大わらわのクラスメイト達が、ヒロマルの姿を見るなり駆け寄って来た。


「ヒロマル、ユウジの奴が腹を壊したって? で、どんな様子だ」

「様子も何もトイレでずっと便器とお友達だ。とても出られそうにない」

「あちゃー」

「花嫁をさらうはずの主役が、まさかトイレの中で便器と結婚式を挙げてしまうとはなぁ」

「誰が上手いこと言えと……」


 笑いも起きたが、クラスメイト達の顔にはあまり動揺した様子がない。不審に思いながらもヒロマルは「そういう訳だから、仕方ないけど結婚式は中止だな」と告げた。


「取り敢えず運営に報告して中止をアナウンスしてもらおう。主役がいないんじゃ仕方がない……」

「いや、そういう訳にはいかん」


 クラスメイトの一人が首を横に振ったのでヒロマルはキョトンとなったが、他のクラスメイト達が一斉に頷いたのでさらに驚いた。


「結婚式はやる、アイツがいなくてもやるんだ!」

「は? 何言ってんの、お前」


 落胆するどころか、ヒロマルの狼狽をよそにクラスの面々は「そうだ!」「下痢如きに負けてたまるか!」と、むしろ盛り上がっている。

 中止しかないだろと言い立てているのはヒロマル一人。そればかりか「じゃあ何かよ、中止にしてオレ達の今日までの努力を無駄にしろって言うのか!」と噛み付く者までいる。


「そんな怒るなよ。そもそもオレのせいじゃないし」


 困り顔のヒロマルに女生徒が怒り顔で詰め寄る。


「ヒロマルくん、この際だから言わせてもらうわ。結婚式って本来は笑いを取る催しじゃないの。女の子には一生に一度の神聖な晴れ舞台なのよ!」

「待て待て、話がおかしい。そもそもクラス会ではエンタメの『なんちゃって結婚式』をやろう、花嫁強奪で大受けを狙おうって、みんな盛り上がってたじゃん!」


 懸命に抗弁するヒロマルに向かって「じゃあ、ヒロマルくんはいいかげんな結婚式をするつもりだったの!」と別の女生徒が怒声を上げた。


「第一、恋夢れんむちゃんのウェディングドレスは私達女性軍が本気で総力を挙げて作ったのよ! あたしはアパレル職希望だからこの成果を就活でアピールするつもりだったのに……それをやめようだなんてヒロマルくんヒドいよ! うわぁぁぁーーん!」


 途方に暮れたヒロマルが、抱き合って泣きだした二人に「ゴメンよ」と謝ると一人が上目遣いに「じゃあ結婚式……出てくれるよね」と迫った。


「そ、それは……」

「出てくれるよね!」

「そう言われても、その……」


 口籠ったヒロマルから顔を背けると、二人はそれまでのウソ泣きを隠して「チッ」と舌打ちした。


「あの……小村崎くん……」


 揉めている様子をオロオロして眺めていた女教師、咲良さくらめぐみがその時おずおずと口を挟んだ。


「めぐ姉……」


 いつもは空気みたいな存在の担任がフォローに入ってくれた! と顔を輝かせたヒロマルであったが……


「実は今日、彼が来てるの……交際してもう三年になる彼が。だから今日、彼に『いつかこんな結婚式したいね』って言いたいの。お願い……この式には私の人生が懸かってるの!」

「そ、そんな……」


 生徒から姉のように慕われている一方で指導力がまったくなく、クラスが揉めるとオロオロするばかりで役に立たない担任が三〇を前に結婚に焦っており、彼氏からたまにしか連絡が来ないといつも苦悩していることは既にクラス中の知るところであり、おおいに同情を買っていた。

 だが、まさか学校祭の模擬結婚式を機に勝負に出るつもりだったとは……ぼう然とするヒロマルをよそに、どよめくクラスメイト達から「めぐ姉、がんばって!」「きっとプロポーズされるよ! 自信持って!」と声援が飛ぶ。


「ありがとう……わたし、がんばるね!」

「めぐ姉ーー!」


 涙を拭う担任へ、感極まった何人かの女生徒達が抱きついた。感動的な光景だったが、そもそも結婚式が挙行されなければ勝負もプロポーズもあったものではない。


「と、なると……」


 結婚式をするならトイレの中で半死半生になっている親友をやはり無理やり出演させるしかない。さすがに親友が気の毒でヒロマルはため息をついた。


「しょうがない、じゃあオムツを履かせるとかしてユウジになんとかご出演を……」

「鬼か! トイレで屍となった親友を引きずり出して恥の上塗りをさせようというのか!」


 クラスメイトの男子が怒鳴りつけると、ユウジをいつも取り巻いている女子達が「そーよそーよ! ユウジくんに恥をかかせるなんて最低よ!」と同調した。


「でも、そうでもしなきゃ花嫁をさらうアトラクションが……」

「ゴチャゴチャ抜かすな! ここまで来たらやるしかないんだ!」

「いや、しかしだな……」

「祭壇も、飾りの花も、お前が着ているスーツもこのクラスの皆が心を込めて作ったものだ。そんな努力のすべてをドブに捨てる権利など、お前にあるのか? いや、ない!」


 クラスメイトの断言に国語教師のめぐ姉は「そう、反語はそうやって使うのよ!」と目を輝かせた。


「めぐ姉、ツッコむのはそこじゃなくって……」

「あら、こんなところで何を騒いでるの? もうすぐ式が始まる時間だっていうのに」


 改まった声に一同が振り返るとクラスメイトの一人、本物河ほんものかわ沙遊璃さゆりが現れた。

 憂いに満ちた顔立ちが際立つ、緑ヶ丘高校きっての美少女だが、一方で逆鱗にひとたび触れれば悪鬼と化して教室を地獄絵図へと変えることでも知られている。彼女はクラス中からいつも憧憬と畏怖の眼差しで見られていた。


「みんな、これから神に祝福される荘厳なひとときを創るというのに、この騒乱はどうしたことなの? お鎮まりなさい!」


 その一喝でその場の喧騒はさっと静まった。

 そして、その彼女に手を曳かれてもう一人現れたのは……


「ヒロマルくん……」

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