戦場難民移送サービス

euReka

戦場難民移送サービス

「戦争が嫌なら、戦争から逃げましょう」

 スーツ姿の青年はそう言いながら、一枚の名刺を私に手渡した。

「われわれは戦場にいる人々を、戦争のない場所へ移送するサービスを提供しています」

 ありがたい提案だが、私にはあまりお金がない。

「費用は完全に無料です。移送先の住居や、あなたに合った仕事の紹介も無料ですし、生活が安定するまでの、半年分の生活費や住居費も支給されます」

 こういう上手い話には、たいてい裏があるものだ。

「われわれの活動は、人々の善意による資金を元に設立された財団によるもので、簡単に言えば慈善活動のようなものです」

 青年の話には少し引っかかるところがあったが、とりあえず、砲弾や銃声に怯えるだけの戦場から逃げられるのなら、もう何でもいいというのが正直な気持ちだった。


 移送サービスの契約書にサインをすると、三分後にはジープ車が来て、私はそれに乗って一番近くにある空港に連れて行かれた。

 空港では戦闘が繰り広げられていたが、用意されていたヘリコプターに乗り込むとすぐに飛び立ち、空港や、戦場の街が小さくなっていった。

「もう安心です。自分も命がけでこの仕事をしているので、戦場から遠ざかる瞬間が一番ホッとします」


 私が連れて行かれた場所は、戦場から数千キロも離れたところだった。

 まるで戦争なんて存在しないと錯覚するほど、人々は明るくて、穏やかで、親切だった。

「戦争のほうが異常で、たぶん、こちらが普通なのです」

 スーツ姿の青年はそう言ったあと、私の担当を離れていった。

 私は新しい場所で、生活費などの援助を受けながら、仕事を見つけて、何とか生活を続けていく見通しを持つことができた。


 三年後、私にも恋人ができて、結婚を考えていたのだが、この平穏な場所にも戦争がやってきた。

 私は徴兵制の年齢に当てはまるので、兵士になって敵国と戦う義務があるらしい。

「われわれは戦場にいる人々を、戦争のない場所へ移送するサービスを提供しています」

 三年前とまったく同じ言葉だが、今度はスーツ姿の青年ではなく、ランドセルを背負った女の子が私の前に現れた。

「あたしはまだ子どもだけど、戦争は、どんな理由があっても馬鹿げていることだけは分かります。だから、どうしてもあなたを戦場から逃がしてあげたい」

 私は、前の担当だった青年はどうしていますかと彼女に質問した。

「彼は一年前に銃弾で死にました。ただそれだけのことです」

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