第17話

 宮女たちが料理を下げて二人きりになると、黎司は翠明に尋ねた。

「翠明、私は真の皇帝になれると思うか?」

「すでに即位され皇帝になられているではありませんか」

「そうではない。真の皇帝だ。開祖、創司帝が築いたこの国は、世代を変えるごとに力を失い、血脈は乱れ、皇帝が皇帝たる所以ゆえんをなくしつつある。父、孝司帝は、ついにその力を生涯使うことはなかった。麒麟とは名ばかりのむなしいみかどであった」

 麒麟とは、伍尭國では天術をつかさどる血筋を意味する。

 創司帝がなぜこれほど強大な皇国を作ることが出来たのかというと、先読みの力が優れていたからに他ならない。代々、皇帝の血を引く者には先読みの力が備わっていた。

 とりわけ創司帝は日々禊をして儀式を行い、多くの先読みを告げたと伝えられている。

 だが時代が下り、血を濃くするために近親婚を重ねた結果、むしろ病弱になり先読みの力が消えていくという皮肉な結果となった。

 むしろがいせきの中に先読みの力を持つ者が現れ始めた。

 ようやく数代前に近親婚をやめ、玄武、青龍、朱雀、白虎の四領地からきさきを迎えるようになり、ぎりぎりのところで血を途絶えさせることなく血脈が続いているが、先代までは病弱な皇帝であった。黎司の代になってようやく健康な男児二人に恵まれたのだ。

 だが先読みの力がどの程度あるのかは不透明だった。

 黎司にも、他者(主に翠明)との共鳴などわずかに力の発現はあるものの、今のところあまり期待できるものではなかった。

 麒麟の力をなくした皇帝は名ばかりのお飾りになりつつあった。

「即位式の茶番劇で大衆に力を示すぐらいしか出来ぬ哀れな皇帝だ」

 即位式の的当ての儀式は、すでに何代も前から仕組まれたねつぞう儀式であった。

「その茶番劇すら演じられなくなった皇帝に誰が従うというのか」

 黎司は自らをあざけるように、ふ……と笑った。

「おそらく玄武公が謀ったのでございましょう。弓師は青龍の者でございましたが、共謀したのか、それとも違う数字をくように示されたのか……」

 皇帝が紙に書いた数字と同じ的を射貫くように、神官から弓師へ伝わるはずだった。そのどこかに裏切り者がいたのだ。もしかしたら全員が共謀しているのかもしれない。

「貴族の間では、弟宮様が儀式の前に的の数字を予言していたという噂が流れております。弟宮様の方が皇帝に相応ふさわしいという風評を作りたいのでしょう。この流れを考えてみても、黒幕は玄武公に間違いございません」

 三歳下の弟、しよう皇子の母は玄武出身の前皇帝の一の后だ。玄武公の妹でもある。しかも翔司皇子と玄武公の娘が幼い頃から懇意であるのは誰もが知っている。

「玄武公はなんとしても私の治世を早急に終わらせたいようだ」

 一方の黎司は、朱雀の一の后の子であったが、すでに母は亡くなっている。しかもその後、朱雀公の血筋が途絶え、現在、黎司の母の家系は主流ではなくなってしまっている。

 つまり黎司には強い後見もなく、誰にも望まれない皇帝であった。日ごと発言力を増す玄武公などには、堂々と毒入り饅頭を贈られるほどめられていた。

たび輿こしれした玄武の一の后は、翔司と懇意の姫君ではないようだな。いったいどこの馬の骨を一の后に仕立てたのだ? 私の寝首をくように命じられた暗殺者か? ふん! 誰がそんな女のところに行くものか」

「されど四公から嫁がれた一の后様には『初見え』の儀式がございます。必ず一度は訪ねなければなりません。その後も月に一度は顔見せする習わしでございます」

「その儀式は私の代で廃止のみことのりを出す。他の三公の后にしても、どうせ次の翔司に本命を当てるつもりで適当な女を嫁がせてきたに違いない。あるいは全員が私の命を狙う暗殺者かもしれん。私は誰にも心を許すつもりなどない」

「もちろん警戒は必要でございますが……その詔は簡単に議会を通らないでしょう」

 四公も参上する殿上院の議会は、もはや帝の一存では何も決められない。最大の権力者は玄武公だと言われている。先帝はその玄武公の言いなりだったので議会がめることはなかったが、この先は一筋縄ではいかないだろうと翠明は思っていた。

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