第16話

 伍尭國の中心に位置する麒麟の都は、碁盤の目のように均等に区画整備された美しい街だ。その中心に国の統治組織を兼ね備えた広い王宮があり、その真ん中にある皇帝の住まいを特に区別して皇宮と呼んでいる。

 皇宮は遠くから見ると金色に輝くえんすい形の末広がりな五重塔のように見えた。

 最上部には巨大な黄玉の輝石が奉納されている。

 その下の階は開祖、そう帝がまつられ、禁書、秘宝などが納められている。さらに下の階は代々の皇帝の遺骨とその遺品が納められ、帝が祈りを捧げるとう殿がある。

 その下、二階部分が帝の居室で、一階には政務を執り行う殿てんじよういんと謁見の間、うたげの間、みそぎを行う水殿などがある。

 殿上院は麒麟皇家と二院八局の重臣だけが立ち入ることの出来る国の中枢だ。

 その帝の住む塔の回廊を挟んだ外周に皇子たちの住まいと、御内庭、茶室、神官の執務室などが並ぶ。

 皇子たちの住まいの外周には池や太鼓橋が彩る広い庭園があり、背の高い植え込みがぐるりと囲んでいる。ここまでが皇宮と呼ばれている場所だった。

 その植え込みの先の四方に、后たちの住まいが離宮のように建てられている。

 后の住まいの外にはうちぼりがあり、橋を渡った外側に国の様々な仕事を担う八局の官舎が四角形を作るように配置されていた。八局の官舎の外周には大河ほどの幅の外濠があり、これらを含めた全体を人々は王宮と呼んでいた。


 その皇宮の中心にレイシはいた。

 先の皇帝、こう帝の嫡男。つまり現皇帝、れい帝であった。

 もっとも、黎司の名は麒麟皇家と神官の一部しか知らない。皇帝の名はその文字自体に霊力が備わるため、死して初めて大衆に知らされるのが習わしだった。

「相変わらず、まずいな」

 黎司ははしを置き、小さくため息をついた。

 目の前には五十を超える皿に盛られた料理の数々が並ぶ。

 周りには毒見や配膳係の宮女や侍女たちがしく世話をしていた。

 そして料理の向こうには、拝座した翠明がいた。

「体にいいものよりも美味うまいものが食べたいのだ、翠明」

 普段着の黎司は、長い髪を背中で結わえ房の長い組みひもで結び、つづみしゆうの黄色いほうを着て、そでぐりを五色編みの組み紐で飾っている。そしてきようそくひじを預け、膳を下げろと手で合図した。

「陛下、そのように食が細いゆえに、わずかの食事に少しでも栄養をと思い薬効の高いものばかりになってしまうのでございます。もう少し食べて下さいませ」

「唐芋のまんじゆうを作ってくれ。熱々の出来立てだ。それなら食べよう」

「先日作ったではありませんか。陛下のお申し付け通りに唐芋を甘辛く味付けして蒸し上げました。でも一口しかお召し上がりになりませんでした」

「あれは私が頼んだ饅頭ではない。董胡が作った饅頭はもっと美味かったのだ」

 翠明は笑った目のまま肩をすくめた。

「では董胡をここに召しましょう。約束通り、しかるべき立場になられたのです」

「しかるべき立場か……」

 実は黎司は五年前、卜殷とひそかに約したことがあった。

 卜殷はおそらく黎司の正体に薄々感づいていたのだろうと思う。

 董胡が饅頭を作っている間に、卜殷は黎司の前にひれ伏して頼んだのだ。

「どうか元の場所に帰られたら、もう董胡に関わらないで下さい」

 黎司は戻ったら礼をしたいと言った。きんと質のいい絹を贈ろうと。

 だが卜殷は董胡のためと思うならやめてくれと頼んだ。手紙なども一切送ってくれるなと。だが黎司は、董胡をやくぜん師として召し抱える約束をしたのだと言った。

 卜殷は少し考え込んだあと、それなら董胡が何者であっても守り切れる、しかるべき地位を得てからにしてくれと答えた。

「何者とは?」

 黎司は尋ねたが、卜殷はそれ以上のことを答えることはなかった。

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