第13話

    ◆


 毒が抜けたレイシの周りに見えた色は、わずかな黄色と白。

 黄色は甘味、白は辛味だ。つまり甘辛い味を美味おいしいと感じるはずだ。

 ただし長く味わうことを拒絶していた舌は、体内の毒消しを経てようやく原点に戻ったばかりの今、とても敏感なはず。他の人には感じないほどの薄味でいい。

 貧しい治療院にある食材は限られている。

 唐芋を使おう。芋から出るほのかな甘味に生薬のかつこうと少しの乾姜で辛味をつけてみよう。あとはその味を壊さない程度に雑穀と野菜を配合する。すりおろして練ったごまは甘味を引き立ててくれるかもしれない。隠し味程度でいい。

 慎重に慎重に味を見ながらそれぞれの分量を整える。

 適度に歯ざわりを残して、具材をつぶし過ぎないように。

 甘味が足りなければみつをほんの少し入れてみよう。

 これほど精魂込めてまんじゆうを作ったことなどない。初めての大勝負だ。

 丁寧に練ったあんを生地に包み込み、蒸し器に入れて火にかける。

 火加減を調整して、餡の中までしっかり蒸し上げる。

「出来た!」

 董胡は湯気の上がる蒸し饅頭を編み皿にのせて、レイシの部屋に向かった。


「レイシ様。今日は酸っぱい饅頭ではございません。召し上がってみて下さい」

 董胡は編み皿の饅頭をレイシに元気いっぱいに差し出した。

「今日は酸っぱくないのか? あれは美味うまくはないがのどごしがいい。食べやすかったのだがな。あれ以外は喉でつかえるかもしれぬぞ」

「今日の饅頭は喉ごしどころか、食べれば次が欲しくなるはずでございます」

 自信たっぷりの董胡に、レイシは困った顔をした。

「悪いが董胡、私が食べ物を欲することなどない。そこまでは期待しておらぬ」

「いいえ。美味しいとは次も食べたくなるということでございます」

「そう意地になるな。喉ごしが良ければ美味しいと言ってやるつもりだった」

 レイシは立ち去る決意を固めたものの董胡の饅頭にさほど期待していないようだった。

「大丈夫です。どうぞ温かいうちにお召し上がり下さい」

 むきになって差し出す董胡に観念したように、レイシは編み皿の饅頭を一つ手にとった。いつもより大きめの饅頭は、まだ湯気を立てている。

 食い入るように見つめる董胡を前に、レイシは居心地悪く饅頭を一口かじった。

 そして。

「!」

 まだ熱々の餡は、ほくほくとしてレイシの舌の上でとろけた。とろけた後に残る具材をみしめると、甘辛い味がじわりとみ出してくる。それが生地の歯ざわりと絡み合って、口の中を心地よい味わいで満たしてくれる。

 不思議な感動に、レイシはもう一口かじった。

 再びとろける餡の中に芋の甘味とさわやかな辛味を感じる。

 こんな感覚は久しぶりだった。ずっと昔に忘れていた感動だ。

 もう一口かじって、レイシはこの感動をなんと言うのか思い出した。

「美味い……」

 董胡は、ぱあっと目を輝かせた。

「美味いぞ、董胡。こんな気持ちは久しぶりだ」

 レイシは、子供のように饅頭を頰張った。そして次から次へと饅頭に手を伸ばし、あっという間にすべて平らげてしまった。

 すっかり満腹になったレイシは、一息ついて董胡を見た。

「不思議だ。今まで最高位と言われる料理人のそうすらも美味しいなどと思わなかったのに、なぜこの素朴な饅頭をこれほど美味しいと感じたのだろうか」

「一つ考えられることは、レイシ様のご身分では出来立てのものを召し上がるのが難しいからかもしれません」

「出来立て……」

「大きなお屋敷ではちゆうぼうから食卓までが遠く、さらに毒見などを経てお口に入る頃にはすっかり冷めてしまいます」

「確かに。これほど熱々のものを食べたことはないな」

 芋のほくほく感は温かいほど舌の上でとろける。

「だがこの絶妙な味わい。私がこのような味が好きだとよく分かったな。自分でも知らなかったというのに」

 それは董胡にしか出来ない特技だ。

 同じ人でも、日によって体調によって欲する味覚は変わる。今欲する最高の味付けが出来るのが董胡の強みだった。

 レイシは満足そうにうなずいた。

「見事であったぞ、董胡。約束通り、私は元の場所に帰り生き延びて成人し、そなたをいつか私の薬膳師として迎えにこよう」

「はいっ!」

 董胡は元気よく声を上げた。

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