第12話

 四人が立ち去ると、緊張で固まっていた茶民と壇々がほうっと息を吐いた。

「鼓濤様ったら! あの恐ろしい華蘭様に言い返すだなんて、生きた心地がしませんでしたわ」

かばって下さったのは嬉しかったですけど……。あの方に勝てるわけがないのですから」

「それに、華蘭様の話していらしたのは言いがかりの噓でございますわよね?」

「なんと恐ろしい……。まさか鼓濤様はお館様のお子ではなく不義の……」

「壇々! 恐ろしいことを言わないで! そのような方が皇帝の后になれるわけがないでしょ! ねえ、違いますわよね? 鼓濤様」

 二人の侍女が不安そうに董胡に確認する。

「いや、私は本当に何も知らないんだよ。卜殷先生はそんなこと何もおっしゃらなかったし」

「や、やめて下さいまし! それでは私達は不義の姫君に仕えて王宮にいくことになりますわ。しつけながら、口に出すのもおぞましい」

「そ、そうですわ。変な噂が広まったら大変です。きちんと否定してくださいまし……」

 侍女二人の顔に不信感が浮かんでいる。

 どこの馬の骨とも分からぬ男との間にできた姫君に仕えるなんて、二人も嫌だろう。

 だが、自分のおぞましい素性を聞かされた董胡はもっと嫌だ。

 そして董胡は、華蘭の最後の言葉が気になっていた。

 ──儚い栄華──

 華蘭は確かにそう言った。まるで皇帝の治世が短いと知っているかのように。

 それにあの妙な風はなんだったのか。

 不安ばかりが募るが、玄武公の強固な見張りの中ではどうすることも出来なかった。


 素直に従う素振りを見せながら、逃げる算段を立ててみたりしたが結局どれも活路を見いだせない。そうして立后の式典の手順などを教え込まれながら十日が過ぎていった。

 気付けば焦る気持ちと裏腹に、いよいよ明日は皇帝陛下に輿こしれをするという日になってしまっていた。

(私はどうなってしまうのだろう……)

 父という実感など到底持てない玄武公に形だけの嫁入りのあいさつを済ませた董胡は、部屋に戻る途中のわた殿どので扇の隙間からかいえる月を見上げた。

 見事な満月がこうこうと庭を照らしている。

 あの日の月もこんな風に見事な円を描いていたと、美しい記憶がよみがえる。

(レイシ様……)

 五年前と同じ満月が、董胡にレイシが去った日を思い起こさせた。

(もう少しであの日の約束通り、やくぜん師の道に進むはずだったのに)

 医師の免状を手に入れ、薬膳の研究を続けながらレイシの迎えを待つだけだった。

 不可能に思われた夢に、手が届くところまできたはずだったのに。

 かすみとなって散ってしまいそうな夢をつかむように月に手を伸ばし、董胡はあの日の出来事を思い浮かべていた。

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