第3話 接触



 私はヤット。国王だ。

 いついかなる時でも、国の頂点として威厳を放ち絶対として君臨する役割。


 どうしても子供の前では顔が崩れてしまうが、それ以外は国王として変わらぬ日々。


 そんな私の前にある日、見知らぬ男が面会に来た。


 顔は見えず声も発しない。


 男は『断固、死守せよ』と、いう書面を手渡しどこか彼方に消え去っていった。


「はぁ〜……」


 私はその書面の意味を考えること数日。


 なにも理解できず、四六時中考えているのでどこか疲れが溜まっていた。


「お父様!」


 一人息子であるヤージが、椅子の後ろに覆い隠しているマントを引っ張って声をかけてきた。


「こら。マントを引っ張ると、首が閉められるって何度言えばわかるんだ。……父さんはいつもいつも、窒息しそうになってんだぞ」


「ごめんなさい……。でもお父様、さっきから声かけてたのに反応しなかったんだもん」


「そうだったのか。それは、すまないことをしたな」


「いえ僕も、ごめんなさい……」


 ヤージはいつの日か教えた、貴族流のお辞儀をきれいにして謝ってきた。


 こういういつの間にか成長している子供の姿を見ると、成長を実感し涙ぐんでしまうのはおじさんになったからなのだろうか。


「それで……なにか私に用事があったんじゃないか?」


「あっ! そうだったんですお父様! この前僕が言った、盗賊からバックを取り返してくれた二人の男の人にお礼をしたいのです!」


「またその話か……」


 私はキラキラしている無邪気な子供の目を見て、頭を抱えた。


「その話も、どの話もありません! 僕はあの大事な500万ジュールもの大金のバックを、取り返してくれたリーダーと言う人にお礼をしたいのです!」


「リーダー……」


 私は承諾しそうになったので思わず、訴えかけてきているヤージの目から目線をそらす。


 リーダーというのは、あの伝説の盗賊三人組の一人の名として有名。そんな名前を名乗った人物に、王族がお礼などしたら国民にあらぬ誤解を招いてしまうかもしれない。


「ごめんなヤージ。私も、大事な大事なバックを盗賊から取り返してくれたその方にお礼をしたいのだけど、誰かわからないのならできないんだ」


「嘘だ! お父様たちの周りにいる人の探知魔法をバックにかければ、どこにいるかなんてすぐわかるじゃん!」


 ヤージは腕を四方八方ぶんぶん振りながら、嘘を的確に突いてきた。


 流石、私の一人息子だ。まだ一度も喋ったことのない秘密部隊である彼らの魔法を知っているなんて、信じられない。


 この子はいい国王になりそうだ。


「いいか? 父さんは、別に好き好んで嘘をついてるんじゃないんだ。ヤージのために嘘をついてるんだぞ?」


「やっぱり嘘ついてたんじゃん!」


「ま、まぁそうなんだけど……。頼むよヤージ。こういうときくらい父さんの嘘に付き合ってくれない?」


 私はしゃがんで、ヤージの目線に合わせる。


 ヤージの肩に両手を乗っけると、ふるふると体が震えているのがわかる。なにか気に触ったことを言ってしまったのだろうか?


「ふん!」


 ヤージは私が肩に乗っけていた両手を、思いっきり振り払った。私に背中を向けた。


「おい、ヤージ!」


「もうお父様なんて知らない! ケチ! ケチケチお父様なんて大嫌い! ケ〜チ!」


 ヤージは「べぇ〜!」と、舌を出しながら扉を勢いよく閉めていってしまった。


 何がいけなかったのだろうか、と一人で反省会を開いてもいけないところは思いつかない。子育てというのは、大変だ。


「コンコン」


 扉がノックされた。


 いつのなら、ノックは3回なので2回のノックはあやしい。


「えっと……私たちは、国王様に面会するために来たんですが……。いない?」


「いやいや、いますとも。ささっ、どうぞ」


 私は面会と言う言葉を聞いて部下に扉を開けろ、と目線を送った。


 部屋の中に入ってきたのは、スーツ姿の男二人とドレス姿の女一人。


 一人の男が二人のことを先導して、ソファに座った。二人はソファに座らなかったので、座った男が一番偉いというのがわかる。


「あの……貴方たちはどなたでしょうか? 私のもとに、貴方たちが面会に来るという書面は届いていないのだけれども」


「やはり、そうでしたか」


「やはりというとなにか心当たりが?」


「えぇそれが実は……っと、いけない。この話は国王様と我々だけで話し合いをせねばなりませぬ。部下の方は、ご退室願いたい」


「ジック」


「はっ」


 私が部下を退室させると、男は気分を良さそうにした。


 男たちが誰なのか。それは知らないが、この場所まで様々な門番を通ってきたのだから大事なことだということがわかる。


「して、一体何者である?」


「おっと失礼を。私共は名乗れませんが、あなたの身を守るために参上いたしました」


 男はソファから降り、膝をついて私に向かって頭を下げてきた。後ろの二人もそれに続く。


 私はだてに王をしてると自負している。

 なのでその振る舞いを見れば、この者たちがどれほど強いのか容易に感じ取れることができる。


「守る、とな?」


「はっ。……今、貴方様が身の危険を案じていることは存じ上げています」


 男は強い意志のこもった目を向けてきた。


 身を案じているわけではない。

 先日、男からなにやら変な書面を渡されそのことを案じているのだ。……これは隠語かなにかの類なのだろうか。


「よくわかっているな。まだこのことは誰にも話していないのに、情報がはやいな」


「はっ。お褒めに預かり光栄です。……もう少し、ゆっくり話をしていたいのですが危険は一刻と近づいています。我々に身を委ねる覚悟はございますか?」


「……あぁ。その情報をもっている貴公らなら、信用しよう」


「信用。その言葉は我々にとって感謝の極みでこざいます」


 男はそう言うと、私に近づきされるがままに両手を拘束してきた。


 ために手を拘束するなど、聞いたことがない。


「なにをする」


「それは……こうするんだよ」


「がっ」

 

 男は私の首を後ろから手刀のようなもので、叩きつけてきた。


 目がクラクラして、視界が定まらない。目の前にいる男が3重に見えて、頭がボーっとする。体に力が入らない。


「おやすみなさい。国王」


 男のニヤリとした奇妙な笑顔を最後に、私の意識は遠のいていった。


  

      ✙



「はっはっはっ! なんだよこのクソ間抜けな顔。これが一国の国王だって思うと傑作だなぁ〜!!」


「す、す、す、すごい!! このただのペン、純金で出来てるわ。この万年筆も純金!? ……これだけでざっと150万ジュールはくだらないわ。国王が使うものが、この前屋敷に潜入したときの分け前より高いってどういうこと!?」


 ザイは気絶している国王の顔を引っ張ったり、叩いたりして遊んでいる。マインは国王が使うテーブルの上にあるものを、物色している。


 王城に潜入し、国王のことを気絶させれたと思った瞬間。二人はそれぞれ潜入する前に色んなことを我慢していた分、枷が外れてしまったようだ。


「おい二人とも。今回は国王を弄びに来たわけではなく、国王のものを盗んで売り捌くために来たわけでもない。500億ジュールの依頼を受けに来たんだろ」


「ふっ……リーダー。そんなこと、忘れるわけねぇだろ」


「目の前に財宝クラスのものがあったらって、目的を見失うバカじゃないわ!」


 二人は俺の言葉に、決め顔をしながら何事もなかったかのように触っていたものから手を離した。


 500億ジュールっていう言葉を聞いたこいつらときたら、この変わり様である。


「よし。なら、依頼の剣の在り処が書かれているであろう紙を探すか」

 

「おう」


「わかったわ」


 二人はさっきまでの興奮がなかったかのように、静かに部屋の中を漁り始めた。


 王城に隠されし剣、が書かれてる紙がここにあるのかは情報屋からの情報で事前に知っているので確実にある。もしこの情報がなかったら、今頃俺たちは城中を駆け回っていただろう。


 俺はひとりでに情報屋に感謝しつつ、部屋の中を漁り始めた。


「おいリーダー。これ、じゃないか?」


 部屋を漁り始めて数分。ザイは神妙な顔をしながら、俺の前に紙切れを渡してきた。


 その紙切れには、


『 ヒ カ

     カ 

      カ

          ヒ 』


 と五文字のカタカナが書いてある。

 

「ペンとかの試し書きなんじゃないのか?」


「いやお前、試し書きでこんな意味不明なカタカタを書くわけねぇだろ。それも意味不明な位置に」


「……となると暗号か」


「あぁ。俺はそう思うが、どうだ?」


 ザイは真剣な目で俺のことを見てきた。

 

 たしかに、暗号に見えなくはない。


「これが暗号ぉ〜? 私には子供の落書きにしか見えないんだけど」


「は? んなわけねぇだろ。これは、机の引き出しの中の二段構造のとこに意味ありげに隠されてあったんだぞ。そんなところに子供が書いた落書きをしまうかっての」


「はっ! 子供のものを大切に保管するの、親っぽいじゃない」


「全然ぽくねぇわ!」

 

 二人は今まさに喧嘩が始まりそうなほど、睨め合っている。


 いつもこの二人はすぐ意見が割れて、口喧嘩になってる。それを見てることが多いが今はそんな悠長なこと、してられない。


「おい、二人とも冷静に……」


「ガチャ」


 止めようとしたが、扉が開けられる音がして息が止まる。二人も予想外だったのか反射的に、扉に向かって戦闘態勢になった。


「嘘だ」


 顔は見えない。だが、先程国王が退室させた部下の声が聞こえてきた。今すぐに気絶させたいが、部屋の中に入ってきてないのでできない。


 扉を開けた先から見えるのはたしか、両手両足を拘束され目隠しと口を塞いでいる国王の気が……。


「最悪」


「ピー!!」


 この部屋いや、この城中にまで響き渡る甲高いホイッスルの音が緊迫した空気をより引き締めた。


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