第1話 盗賊という職業



 俺は幼い頃からしているので、人から物を盗んで売るという職業に嫌悪感はない。


 そんな世間からは理解されていない職業、盗賊。

 迷宮を攻略することを生業としている職業、探検家。


 この裏と表の2つの職業が世界の均衡を保っている、と言っても過言ではない。


 当然、表の探検家のように盗賊には盗賊に必要なものを買い足す店、というのがある。


「ものは?」


「もの」


「大事な仲間は?」


「もの」


「自身は?」


「道具」


「入れ」


 俺はも合言葉を言い、分厚い扉の先に入った。


 扉の先の部屋は、瓶のようなものが錯乱していて、とてもじゃないがものを売ってる場所だとは思えないような汚さ。


 そんな先のテーブルにいる、毛が一本もなくツルツル頭のおじちゃん。

 このおじちゃんが、盗賊御用達の店の店主。


「よ。おっちゃん」


「……げ、リーダーかよ。早く買って出てけ」


 おじちゃんは最近、俺に対して感じが悪い。

 

 なんでかわからないけど、深入りするほどのことでもないので、必要な小道具を手に取り金をおじちゃんがいるテーブルにおく。


 その時、壁に掛かってるある額縁の中に目が止まった。


「あれ? おじちゃんのこの店、国承認になったのか」


「あぁそうだ。だから、お前みたいなクソ野郎とっとと出ていきやがれ」


 おじちゃんは手で「しっしっ」と、ゴミを払うような動きをしてきた。


 最近になって感じが悪くなったのはこういうことだったのか、と納得がいった。


「…………なぁ、半分まけてくれ」


「はぁ? んなことするわけねぇだろ。お前ら、風の噂で聞いたぞ。依頼が成功したんだって? 金はたんまりあるだろうが」


「国承認のお偉い店が、こんな薄汚い盗賊にもの売ってるってバレると大変になるんじゃないかな? ほら。知らないかな? 国承認の店が盗賊を贔屓にして、どうなったを」


「――クソ野郎」


 おじちゃんは口では攻撃的だが結局半分まけてくれた。


 こういう脅しは、いつでもスリルがあって面白い。



      ✙


 

 小道具を買い、することもなくなったので活気に溢れている商店街をブラブラすることにした。


 ザイとマインは今どこで、何をしているのかわからない。探そうと思えば、探せると思うがそれは仕事が入ったら。


 俺たちはそういう関係。

 いくら仲間だとはいえ、プライベートには立入禁止なのだ。


「あれ?」


 普段なら決して見ることのない、こんな場所にいるはずのない背中が見えた。


 後ろから忍びより……。


「わっ!」


「んげ!?」

  

 背中……。ザイは体をビクリと震わせ、振り返って俺のことを殺意あふれる目で睨めつけてきた。

 

 だがそれは一瞬。


 驚かせたのが俺だとわかったのか、顔が柔らかくなっていった。


「なんだ。リーダーか。……こんなところで何してんだ?」


「俺はただ、この前の仕事で足りたくなった道具を買い足しに行ってただけ。ザイこそこんなところで何してんだ? 普段なら、人が多い場所に出てこないだろ」


「俺は別に……外に出る気分だっただけだ」


「人に会いたい気分でもあったんだ?」


「…………そうかもしれないな」


 ザイはため息をついて、空を見上げた。

 俺もつられて見上げる。


 空はいつの間にか、オレンジ色に染まっていた。

 一日の終わりを告げる色。


「場所、変えるか?」


「あぁ……どこかゆっくりする場所で、久しぶりに二人で飲もうか」


 ザイの言葉に、俺たちはいつも行きつけのバーにでも行こうかと思い足を進めた。


 だが、その時。


 正面から、慌てた様子の男がぶつかってきた。


「おっと、ごめんよ」


 俺とぶつかってきた男は、お互い倒れてしまった。


 一言謝罪の言葉をかけて手を差し出す。


「――ッ! どけ!!」


「いってぇ……」


 俺は起き上がってきた男に、体を押し倒されて思いっきり尻もちをついてしまった。


 男は黒いバックを大事そうに抱きかかえながら、俺のことなど見ずにどこか走り去っていく。

 

「大丈夫か?」


「ダメかもしれない」


「おいおいおい。俺たちのリーダーがすれ違いざま男にぶつかった程度でダメになったら、俺たちゃこれからどうすればいいんだ!!」


 ザイは額に手を当て、大声で叫んできた。


 全く。迫真の演技である。


「んなわけねぇだろ」


 俺はそう言って立ち上がると、「知ってるわ!」とザイはツッコんできた。

 そしてお互いバカかよ、と笑合い数十秒。


「あ、あの! さっきここに大きなカバンをもった男が来ませんでしたか?」

 

 ビシッとしたワイシャツで決まってるちびっ子が、俺たちに話しかけてきた。


 こういうちびっ子はここらへんでは見ないので、大抵身の程知らずのボンボンかなにかだろう。


「来た来た。なんか、慌てたようすだったぞ。……もしかして、そのカバンの中になにか大事なものが入ってたりして?」


「はい。500万ジュールほど」


 身の程知らずちびっ子は、大金をカバンに入れて持つことが当たり前かのように言ってきた。


 どうやらこの子はちびっ子ではなく、正真正銘のお坊ちゃんのようだ。


 ザイの様子を見てみると、明らかに目が金になっている。これはもう、お礼の金をもらうまで諦めないだろう。


「わかった。その男とバック、俺たちも協力してやるよ」


「本当ですか!! ありがとうございます!!」


 お坊ちゃんはペコペコと、お辞儀してきた。

 それも身分がわかりやすい、手を前に構えるのお辞儀を。


「よし。じゃあ、ザイ。お前は右から探せ。俺は左からだ」


「おいおいおい、ちょっとまて」


 ザイは俺の腕を掴んで止めてきた。


「なんだ?」


「ほら、こういうときこそリーダーお得意の足音を聞いて、犯人の居場所を探せばいいんじゃないか?」


「いやお前、ここは騒音が響き渡る商店街だぞ。それもたくさんの人がいる中、どうやって特定の人物を探せるんだよ」


「……そっか、だよな。うん。じゃあ、行くわ」


 ザイは的確な言葉で返されて、何も言かえせず左の路地に走っていった。


 素直じゃないけど、ちゃんと金のために探そうのするその姿勢は盗賊としてはなまるだ。


「じゃ、お坊ちゃんは俺についてきて」


「は、はいっ!」


 こうして俺たちは、黒いバックを持って逃げた男を探し始めた。



      ✙



「はぁはぁはぁ……」

 

 いい加減走りすぎて、足が棒になりそうだ。


 でも、走る足は止めない。

 ようやくだ。

 ようやく、ずっと追っていた野郎から金を盗み出すことができたんだ。


「な、んだ?」


 足が止まった。

 反射的に後ろに下がる。


 突然目の前に、黒い仮面を被っている男が現れた。

 それも、ガキのような小さな男が。


「おい小僧。なんのつもりだ……」


 目の前の仮面は、俺様のことをとうせんぼするかのように両手を広げてきた。


 体はひょろひょろで、気迫がない。

 こんなガキ、一瞬で倒せる自身がある。

 だけど、なんだろう……と本能が言っている。


「何者だ」 


「何者? ふっふっふっ。これから戦う相手に、そんな律儀なことを聞くなんてよっぽど育ちがよかったんだな」


「黙れ……」


 どこか舐めてる口調が腹が立つ。

 そして、俺様に向かって「育ちがよかったんだな?」だと? ふざけるな。


 俺様は、盗賊。

 孤児院いや、ゴミ溜めから這い上がった盗賊なんだぞ。


「はっ! 黙れって言って黙るクソ野郎がいるかよ、この間抜け」


「俺様が黙れっていってんだろうがぁああああ!!」


 俺様は、言うことの聞かないガキに怒り殴ろうとした。


 だが。


「っく、なんだよこれ……」


 足が前に進まなかった。

 いくら力を入れても動かない。

 なにかに固定されている。


「それはな、お前がここに来るだろうって数分前に仕掛けた罠だ。はぁ〜……はっはっはっ! お前みたいな、どこなでもいる間抜けなクソ野郎の心を読むのなんて容易いことだ」


「黙れガキが……」


 睨めつけるが、一切怯んだ様子を見せない。

 それより、仮面で顔が見えない。


「お? リーダー。やっぱりお前が、俺より先に見つけてたな」


「当たり前だろ。たとえ俺の耳が使えなくても、人を探すなんて得意分野だし。それよりザイ。お前……俺が捕まえると思って手、抜いたりしてないよな」


「い、いやしてねぇよ。ほんと、こういうところは信用してくれ」


「…………わかった」


 耳を疑った。

  

 リーダー、ザイ。その名前は盗賊の中で有名。

 どこからともなく現れ、消える。そして、目的のものは確実に頂いていく。


 盗賊の間で誰も見たことがないので、と噂になっている。


「おい、お前ら……お前さんたちはあの伝説の盗賊か?」


「まぁ……俺らは特にそう名乗ったことはないが、そんな風に呼ばれることもあるな」


 リーダーと呼ばれ俺様のことを罠にはめた男は、バックを取って行ってしまった。


 二人の後ろ姿が遠くなっていく。


 伝説の盗賊を見ることができたのだがら、大金が入ってるバックを取られた罠にはめられて動けなくなってるけど俺様は今、最高にいい気分だ。



      ✙



「はい。これ、君が探していたバック。合ってるだろ?」


「うん! ありがとうございます!」


 坊ちゃんは、またもやペコペコと貴族流のお辞儀をしながら丁寧に感謝してきた。


 さっきまで俺の足についていけず、おいていかれて拗ねてたのに衝撃の変わり様である。

 やはりそれほどバック、いや金が大切だったんだろう。


「て、ことで俺ら結構頑張ってバック取り戻したからなにかお礼ってないかな?」


 ザイは子供相手にゲスな笑みを浮かべながら、顔を覗き込んだ。


 お坊ちゃんは純粋なのか、ザイに微笑み返した。


「それなら、僕のお父様にもらったほうがいいと思います!」


「お、お父様? いやほら、そこに大金があるだろ? 俺たちって結構金なくて……そこから、100万ジュールばかしくれてたっていいんだぞ?」


「ダメです!」


 お坊ちゃんは強く拒否してきた。


「すいません。大きな声をだしちゃって……。でも、このお金は大事なものなんです。なのでその、大事なバックを取り返してくれたお礼はお父様からでいいですか?」


「そのお礼ってのは、超最高にいいやつなんだろうな?」


「はい! この僕が、100万ジュールなんかよりいいものになると保証します」


「よっしゃ! じゃあ、坊主の父ちゃんからたんまりお礼をもらおうといこうじゃないか」


 ザイは楽しそう俺の肩を組んできた。


 俺は別にお礼をもらうために助けたわけじゃないから、ゲスな笑みを浮かべる仲間にされたくないな。


 それから数分お坊ちゃんが先導して歩き、ある場所で足を止めた。


「と、着きました! ここがお父様がいる僕のお家です」


「おいおいおい……まじかよ。リーダーどうする?」


「どうするっつったって、そりゃあ諦めるしかないだろ」


 俺とザイは坊ちゃんが案内した家に到着して、ため息をついた。


 目の前にあるのはお城。

 それもこの国に王様が住む王城だ。


 俺たちがそんな城にお礼を求めて入ったときには、一瞬で盗賊だとバレて体を串刺しにされてしまうことだろう。


「あの……入らないんですか? お礼、お父様からもらえると思うんですけど……」


 お坊ちゃんは心配そうに聞いてきた。


 この子の表情を見るに多分、俺たちが何者なのか知らないで王城に入れようと思っているな。


「まぁ、そんだな。うん。やっぱお礼はいらないかな」


「え!? そ、それだとなにもお返しできないじゃないですか!」


「俺らはなぁ〜……別にお礼が欲しくて助けたんじゃねぇ。困っている人がいたら、助ける。ただそれだけだ。見返りなんて求めちゃいねぇんだよ」


「で、でも」


「でももクソもねぇ! 見返りなんていらねぇつってんだ。その好意を受け取っとけ」


「はい……。わかりました」


 ザイの迫真の演技に、お坊ちゃんはまんまと騙されてしまった。

 

 全く。さっきまでお礼を催促してたやつが、この変わり様である。


「……じゃ、いくぞ」


「おう」


 ザイは子犬のように後ろをついてきた。


「あのっ!」

 

 背中を向け歩き進めていると、坊ちゃんが背中の服を引っ張って止めてきた。


 振り向くと、息が切れているお坊ちゃんがいた。


「あの……いつか、お礼をしたいので名前。せめて名前だけでも教えて下さい」


 強い意思のこもった目を向けながら、聞いてきた。


 名前。それを聞かれたら、俺が言う言葉は決まってる。

 

「――リーダー」


「リーダー?」


 それは名前じゃないだろう、と首を曲げているお坊ちゃんのことなど無視して歩き進める。


 向かう先は、バー。

 いつの間にか夕暮れの、オレンジ色の空は薄く闇に染まりつつあった。

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