盗賊は、蛇の道のみ
でずな
第0話 奴はリーダー
月光のみが明かりになり、暗い廊下を照らしている屋敷。
「おい! リーダーの連中が、ダイヤを盗んでいったぞ! てめぇら、追え……追えぇええええ!!」
一人の男の怒声が、屋敷全体に響き渡った。
その声を聞いた警備員、そして使用人たち全員は屋敷中を駆け回りリーダーの奴ら。屋敷から、何かを盗んでいった盗賊の連中を探し回った。
「なぁ、いい感じにいったんじゃねぇか?」
隣りにいるザイが、耳元で誇らしげに聞いてきた。
今さっきの声は、俺たちが逃げやすくするための嘘。ザイの迫真の演技に皆、騙されたのだ。
称賛するべきなのだが、今はそんなことしている暇などない。
「目当てのダイヤはちゃんと持ってるよな?」
「えぇ。この前買ってもらったポーチの中に入れてあるわ」
窮屈な箱の中に隠れているので、マインは俺に抱きつきながらザイとは逆の耳元で囁いてきた。
俺の体をホールドしている腕の力が、少しづつ強くなってる気がする。早くこんな場所から脱出しないと、俺の体が千切れそうだ。
「よし。なら、あとは逃げるだけだ。……いくぞ」
一言声をかけて、先導するように箱の中から出る。
屋敷の中はまだ俺たちのことを探しているのか、深夜なのに足音が響き渡っている。
「ザイは先頭。マインは後ろ。頼んだぞ」
「あぁ。いつものやつな」
「わかったわ」
二人は俺のことを挟んで構える。
この構えは、特に何も能力がない俺のことをカバーするため考え抜かれたもの。
気持ちを切り替えて、俺たちは走る。
「おい! お前ら何者だ!?」
少し走った先で、鎧を被った男に前を塞がれた。
「俺らが誰か、だって? んなこと、てめぇらかが勝手に決めやがれ」
ザイは大きな右拳で、鎧の男に殴りつけた。
男は地面に倒れた。
「チッ。おいリーダー!! 早く誰もいなねぇ道を探せ」
「あぁ。わかってる」
ザイの苛立っている声を聞いて、誰もいない道を探るため壁に耳をくっつけた。
足音が、1、2、3……20は確認できる。
それも全員走り回っているので、常に場所を移動している。誰もいない道を探すのは困難だ。
「リーダー! 流石にここにいるやつらに、俺らがここにいることバレたんじゃねぇか? さっきから俺に立ち向かってくるバカが多いぞ」
「そうかも……しれない」
たしかに、さっきからこっちに向かってる足音が多い。
「わかってんなら、早くしろ! てか、マインてめぇ俺にばっかクソ野郎押しつけんじゃねぇぞッ!」
「はぁ!? 押し付けてないわよ。皆、私の魅力に気づいて襲ってこないだけ。そんな言いがかりよ、し、て」
「言いがかりじゃねぇわ! てめぇ女だからって、譲られると思うなよ。リーダーを除いて俺らは、上下関係はねぇんだぞ」
「そんなの知ってるわよ。ふふふ……。いつも思うけどあなたって盗賊の中でも、特出すべきバカよね」
ザイとマインは、向かってくる人たちをなぎ倒しながら口喧嘩を始めた。
これ以上口喧嘩が発展したら、口だけじゃすまなくなってしまうかもしれない。
集中して道を探る。
「……あった。ここから右に一つ曲がって、左に2つ。そのすぐ下にある、下水道に繋がってる蓋から逃げるぞ」
「「了解」」
再び陣形を組み直して走り進めた。
「あっ、てめぇら!」
曲がり角を曲がる時、別の廊下から使用人のような男が俺に向かって襲ってきた。
ザイとマインは、走っていて距離が離れている。
俺はすかさず立ち止まって、ポケットの中から唯一の攻撃手段であるハンカチを取り出した。
「リーダー!」
ザイが今更気づいても、もう襲ってきてる男を俺から守ることはできない。
俺は手に持っているハンカチを右手で握りしめ、地面に落とした。
すると……。
「んぐ!?」
ハンカチは生きている生物かのように巨大化し、男のことを縛り付けた。
口を塞がれ、両手を拘束させられ体が柱に固定されている。
「なんだそれ?」
「これはここに来る前、半額で買ったハンカチ君さ」
俺は男を紐で縛り直して、ハンカチをポケットに戻し下水道を目指して再び走り始めた。
✙
「みんな、今回もお疲れ。乾杯」
「乾杯ぃ〜!!」
「乾杯」
二人に、並々酒が入ってるジョッキを「コツン」と当てて一口飲む。
仕事終わりの酒は格別だ。
「とりあえず、これが今回ダイヤを盗んだ分け前だ」
俺はたんまり入っている布袋を二人に渡す。
すると二人は、さっきまでゴクゴク飲んでいたジョッキを「ドンッ!」と勢いよくテーブルに置き、袋を覗き始めた。
「これ、どんくらいだ?」
「ざっと100万ジュールくらい」
「え!? ちょっと今回の少なくない!?」
マインがテーブルに身を乗り出しながら聞いてきた。
たしかにいつもだったら一人あたりの分け前は、300万ジュールはくだらないのでびっくりするのもわかる。
「まぁ、今回のはダイヤ一つだし……。いやそれより、屋敷に侵入するときに使った経費が高かったな」
「経費? そんなの、依頼主に出させればいいじゃない」
「いや、依頼主と俺たちはそこまで親密になる必要はない。俺たちは世間から忌み嫌われてる、盗賊なんだぞ? なにか揉め事を起こして、指名手配にでもなってみろ。俺たちは終わりだ」
「そういうことなら……いいわ」
マインは納得してくれたのか、つまみの干し肉を片手に酒を飲み始めた。
俺も別段喋ることがないので、なにか難しい顔をしているザイを横目に酒を飲み始める。
「そういやリーダー」
「なんだ?」
「あの半額で買ったとかいってたハンカチってなんなんだ? ありゃあ、魔法の類じゃないだろ」
俺のことを見ながら酒に口をつけ、ザイは聞いてきた。
あのぶっきらぼうな性格のザイがさっきまで難しい顔をしていたのはこのことだったのか、と納得がいった。
「正直、俺もこのハンカチがなんなのか検討もつかん」
テーブルにおいたハンカチは、何かを探すかのように「うにょうにょ」不規則に動いている。
「まぁでも俺自身魔法なんて使えないし、魔法の類じゃないってのは確定してる。適当な露店で面白そうだし買ってみたやつだから、造り手が誰なのかわからん。まぁ、考えるだけ無駄ってやつだ」
「そうか……お前の気になったやつを衝動買いしちゃう癖、未だ健在だったんだな」
「別に経費で買ってないからいいだろ」
「ま、ならいいことにしてあげよう」
ザイが偉そうに締めくくり、この話は終わった。
また少し沈黙が流れたが、顔が火照っていて酔っているようなザイが「ドンッ!」と再びジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけ、空気が変わった。
「マイン……てめぇ、今回ばかりは俺にばっか面倒くせぇクソ野郎共を押し付けたのは許さねぇからな」
「だ、か、ら! それはたまたまだって、あの時も言ったでしょ! 押し付けてないわよ」
「あぁん? てめぇじゃあ俺がクソ野郎と戦ってるとき、なにしてた?」
「べ、別にぃ〜。私は私に襲いかかってきてた奴を倒してたけど?」
「んだと!! リーダーの目を盗んで、戦ってるふりしてたやつがよくそんなこと言えるな。俺はずっと見てたんだぞ……」
「げ、ずっと見てたって……気持ち悪ぅ〜」
「てめぇがロクに戦ってなかったからだろ!」
ザイとマインは酔っているのか大声で口喧嘩を始めた。
二人の喧嘩は、いつ見ても面白いから酒のお供に丁度いい。
ボリボリ、とツマミを口にしながら二人の口喧嘩を見始めて早一時間。
「てめぇは、てめぇ!」
「んらろ……私は悪くない!」
もう二人は完全に出来上がってしまったようだ。
酒に弱い癖に、一気に飲むからこうなるんだ。
「そうだ! リーダー! リーダーは、私とこのゴミザイとどっちが悪い思る?」
マインの言葉をきっかけに、二人のにがみあっていた目線が俺に向けられた。
どっちが悪いかなんて、そんなことロクに話を聞いてなかった俺に聞かれても判断できない。
「なぁなぁ、リーダー。俺とお前は腐れ縁だよな? な、な……なぁ、俺が正しいよな?」
「それは……」
「ねぇ、リーダー。私のことを選んでくれたら……色々し、て、あ、げ、る♡」
マインは俺の隣りに座ってきて、腕に体をこすりつけてきた。
普段なら絶対こんなことしないので、起きてアルコールが抜けたときどんな顔をするのか楽しみだ。
「ふふふ……てめぇ、リーダーに色仕掛けは効かないのに哀れなものだな」
「うるさいわね。いくらリーダーがリーダーだとしても、男としての欲望は抑えきれないものよ」
「…………惨めだ」
「今なんて言ったのよ!」
マインは頭にきたのか、ザイに向かって飛びかかっていった。
もうこれは、俺がどっちが悪いのか言わないと収集がつかなそうだ。
「誰が悪いのかわかった」
「お!? マインだよな?」
「ザイよね?」
二人は飛び上がって足元まできた。
見上げてる顔が、餌を待ってる動物みたいでなんか人間として悲しい。
「……悪いは俺だ」
「え? リーダー?」
「そ、そ、そ、そんな……悪いのは絶対ザイのやつ!」
「いやまぁ実際、俺は襲ってきてた奴らをロクに始末できないから二人に押し付けてたじゃないか」
「「…………」」
二人はさっきまで元気だったのにいきなりしょんぼり肩を落として、黙り込んでしまった。
「そんなことよりさ……」
その後、俺のとっさに思いついた適当な話題にみんなで盛り上がり、それぞれ別々の方向に帰っていった。
――盗賊とは個性である
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます