謎解きは力業で行こう
まず一つ、夕は情報を正しく把握できているわけではない。
これは九曜が心を読むことが出来ると、嘘ではなく本気で考えていたことからも明らかだ。
この現象の意味する正確なところは分からないが、少なくとも夕の役能は、他人の記憶をその場で読み取る読心術のようなものではないのだろう。
しかし、何らかの情報を得ることが出来る能力であることも確かだ。
人狼探しについて、夕は九曜とイルイの会話を、盗み聞きした。と言っていた。
しかし、人狼の話をしているとき、大半は二人きりの状況だったはず。
つまり夕には、その場にいない会話の内容を手に入れる手段があるのだ。
異常な情報通であることも、それを裏付ける。
これが夕の能力の一端であることはまず間違いない。
だが、能力は使い方次第であって、具体的にどのようなものか、予想を突き詰めていかなくてはならない。
たとえば、千里眼や
あるいは、幽体離脱のようなことをして、見えない幽霊としてその場にいたのかもしれない。
可能性は無数にある。
だからこそ、夕のささいな不自然さを思い出さなくてはならない。
例えば、謎の地方旅行。
あのとき夕は、妙に挙動が怪しかった。
全く九曜の存在を把握していなかったし、やたら焦っていた。まるでそんな予定ではなかったかのように。
文化祭に向けてタロットを練習しているという話をしたときも、少し気になる嘘をついていた。
九曜の頭の中には今、一つの可能性が思い浮かんでいる。
あとはそれを確認するだけだ。少々荒っぽい方法になるだろうが、夕はきっと食い付いてくれるだろう。
夕はそういう奴だと、九曜は信じていた。
そして期末試験期間が始まる。
◇
「やあやあ九曜。わたしの能力は見破れそうかな?」
初日の朝に、夕が話しかけてきた。
相変わらず首にはチョーカーを巻いて、分かりにくい茶髪に目を付けられない程度の化粧。指にはマニキュアが親指以外に塗られている。
「たぶん、なんとかなるかな」
「へえ。強気じゃん」
「……わたしは色々やばいので、あとはお二人でお願いしますね」
隣の席のイルイは、試験前に最後の足掻きでノートを確認していた。
「あはは……」
「まあ、俺らは気楽に行こう。別に試験で悪い点取ったからって死ぬわけじゃなし」
「わたしは満点取るけどね」
「それは能力のおかげだろ」
「×そんなことない×しー。×わたしの実力×だしー」
九曜の予想通りなら、この嘘はやや間違っている。
夕は自分の実力を過小評価しているのだ。
「ま。とにかく、九曜はこの試験でわたしがやるズルを暴いてみなよ。たぶん無理だと思うけどさー。せいぜい足掻くがいい。わっはっはー」
九曜にそう言い残して夕は自分の席に戻っていく。
そして夕の言葉は、実際その通りになった。
夕は全く隙を見せなかったのだ。
九曜は試験期間中、地獄耳にだけ聞こえる声で冗談を言ってみたり、心を読める相手にだけ分かるよう、思いつく限界まで夕についてエロい妄想をしてみたり、様々なやり口を試してみた。
しかしそのいずれも夕にはなんの影響もなく、夕はただすらすらと、問題を解いていくばかりだった。
もちろん、これは織り込み済み。
他の可能性を潰すのが目的だ。
なにしろ九曜の計画は本当に最後の手段。出来ればやりたくないというのが本音になる。
九曜としても、他の能力であってほしいと思いながら、手を替え品を替え、ただひたすらに夕に引っかけを仕掛けては無駄になるという試験期間が過ぎていった。
◇
そうして気付けば、もう試験期間の最終日。
いよいよ時間は残されていない。
九曜も覚悟を決めて、夕に向き合うことにする。
果たして予想は当たっているのか。そして当たっていたとして、夕は反応してくれるのか。全てが賭けだ。
少しばかりの緊張感の中で、九曜は期末試験最終日の登校をする。
「九曜、あのさ————!」
すると、夕が朝、青い顔をして九曜に話しかけてきた。
今日は少し身なりの整い方が雑だったが、マニキュアだけはしっかりと全ての指に塗られていた。
「あのさ。あの……えと、九曜、わたしに言いたいこととか、無い?」
「いや? 無いけど」
「な、無いわけないじゃん……? だって×ほら×……も、もう最終日だし。役能者……だっけ? 正体暴けるかどうか、不安とかあるでしょ」
期待通りの反応。ここまではいい。
「不安はあるけど、信じてるから。後は野となれ山となれってやつかな」
「そ、そんな、最後になって。だってさ、わたしそんなつもり——」
チャイムが鳴って、ほら、行った行ったと九曜が夕を席に追いやる。
夕は相変わらず落ち着きのない様子で、不安げに九曜を見ながら戻っていった。
「……九曜さん、夕さんに何やったんですか」
「何もやってねえよ」
イルイがその言葉を信じていないのは、嘘を見破るまでもなく分かった。
「……いや、本当だぞ? 本当に俺は何もやってないはずなんだよ。今はまだ、な」
「今はまだ……? やってないはず? それってどういう……」
計画はただ一人で考えて、行う。
これも大事な要素だ。
九曜はイルイの疑問には答えず、とりあえず最終日一つめの試験に向かった。
そのまま二つめ、三つめと続いて、期末も最後の試験。
開始時刻になったとき、九曜は教室にいなかった。
イルイが首をかしげ、教室を見渡すと、夕が朝よりもっと酷い緊張感——いや、恐怖にも近いような顔をしているのが目に入った。
教師も少し不審がっていたが、九曜とはあまり関わり合いになりたくないのだろう。何もなかったかのように、用紙を配り、試験が始まった。
そのまま、五分、十分、経過していく。
そこで突然、夕が席から立ち上がった。
駆け足で教室から飛び出すと、廊下を走り抜けていく。
優等生学級委員長の、突然の奇行。
ざわつく生徒たちを教師が静めて試験を再開させた。
夕はもちろん、トイレに駆け込んだわけではない。
試験から逃げ出したわけでもなければ、急な用事を思い出したわけでもない。
夕が向かっていたのは。
探していたのは。
助けようとしていたのは————
「九曜————ッ!!!」
ちょうど、九曜たち一年二組の真上にあたる、屋上。
夕がそこに辿り着いた時、九曜はちょうど転落防止の柵を乗り越えようとしているところだった。
「おー、来た来た。良かったー。このままお前が来なかったら、本当に俺、ここから飛び降りないといけないところだったよ」
「——っ何考えてんのさ、九曜! あんたは自殺とか……そんなことするタマじゃないでしょうが!」
「ははっ、やっぱりそうなるか」
九曜は笑ってから尋ねる。
「なあ夕、お前の主観だと、俺は何回死んだ?」
「………………。五回」
「うわー、結構やったなあ。夕、お前もうちょっと早く助けに来てくれよ。一応俺ら恋人だろ」
九曜の言葉に、夕は頭を抱えた。
そして綺麗な髪の毛をぐしゃぐしゃっとかき混ぜてから、言う。
「……全部、九曜の計画通りってわけだよね」
「その通り」
言って、九曜は柵からひょいと降りてきた。
「だとしても滅茶苦茶だかんね!? わたしの能力がもし、もっとしょうもない能力だったらどうするつもりだったのさ!」
「んー、まあ、それは……痛いよな。でも当たってたからいいじゃん」
九曜は声を荒げる夕に近付き、その額を指差す。
そして宣言した。
「鷺沢夕。お前の能力は、時間遡行。タイムリーパーだ。お前は俺が飛び降りた未来から過去に戻って、俺を救いに来たんだ」
「……大体、合ってる」
「大体? それ以外にあるのか?」
「わたしも確証があるわけじゃないけど……わたしは多分、その一日にあったことを、『夢だった』ことにできる能力者——なんだと思う」
起きたことを夢にする。ほう。それはそれは。
まあタイムリープと起きることは変わらないが、認識の違いは大事だ。
「具体的には、朝起きて、寝るまでの間のどこかで、左手の指にマニキュアを塗ると……朝に戻れるの。ただし与えられた猶予は、五回まで。
一回とか四回とか、最大より少なく一日を終わることは出来ても……六回以上は絶対に戻れない」
そう言って夕は、自分の左手を見せる。そこには五本指全てに薄らとピンク色のマニキュアが塗られていた。
「…………ん? じゃあもしかして、俺が今飛び降りてたら……」
「死んでたよ! 完全に! しかもわたしも、もうどうしようもない! だから必死に止めに来たんじゃん! もー、ほんと馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿馬鹿ばーか!!」
ぽかぽかと九曜を殴りながら、夕は半泣きの様子だった。
どうやら思いのほかに、夕の心を追い詰めてしまっていたらしい。
一通り馬鹿馬鹿と殴りつけたところで、夕は九曜の胸の中に入り込んできた。
「…………二度とこんなことしないで」
「……悪かったよ。これが一番分かりやすいと思ったんだが……やり過ぎた」
「ほんとだよ! 頭どうかしてるよ九曜!」
ごもっともなお怒りに、九曜もさすがに反省する。
九曜としては色々と打算等々あったのだが、それを些細な能力を持っただけの少女に受け入れろというのは酷というものだ。
「……でも、ほんとよく気付いたね。ずっと上手く隠し通せてるつもりだったんだけど」
「鍵になったのは、占いの時の会話だな。あの時お前、未来が分かったら嬉しい、みたいな嘘をついただろ。
そんとき、こいつ本当は未来とか分かるのかなーってちょっと思ったんだ。その場では未来予知とかかと予想してたんだが」
「そうなると今度は、あの新幹線旅行のことが不自然になる。あの時のお前はやたら一杯一杯で、普段と違ってボロ出しまくりだったろ。
今にして思うと、あれはお前にとってその日の一周目だったんだな」
「そうだよ!」
夕は大いに不満げに、九曜へ非難の言葉を述べる。
「あの時わたしは、別に『本物の時間』で旅行に行く気なんて全っ然無かったんだからね! 軽く遊びに行って、夢にして無かったことにするつもりだったのに……。
それが九曜に偶然見つかっちゃって、一緒に出かけることになってさ!? せっかくの二人きりの旅行の思い出なんて、夢に出来るわけないじゃん!」
「いや……すればいいだろ別に……」
「やだよ! あーもう、この男は女心が分かってない! 分かってないよ! そんなんじゃ×嫌われちゃうよ×彼女さんに! まあわたしは九曜がそんな奴ってわかってて彼女になったんだけど!」
一通り声を上げたところで、はあ、と息を吐く。
「……わたしが、他人と共有できる時間は、少ししかないんだもん。九曜との思い出は、出来ることなら全部二人一緒の思い出にしたいじゃん……」
弱々しくそう告げられると、急に夕の気持ちが理解できてきた。
自分しか覚えていない思い出。
恋人と同じ記憶を持っていないどころか、相手はその時間を一瞬たりとも過ごしていない思い出。
そんな思い出が残ってしまうとしたら、何も無いよりむしろつらく感じてしまうのかもしれない。
「じゃあとりあえず、今の記憶は、二人一緒だよな」
「……そうだけど。最低の記憶だよ、こんなの」
「最低の気分も楽しむくらいが、人生にはちょうどいいと思うぞ」
「ふん。なにさ達観したような言い草を」
「まあ確かに、体感時間で言えば夕の方がよっぽどお姉さんなんだよな。いや、なんならもうおば——」
「そ、そこまでは行ってないから! 全部合わせても×せいぜいプラス五年×くらいで、×大学生程度×のはずだから! ていうか、精神年齢と体感時間って一緒じゃないし!」
「それは諸説ありそうだけど」
「もー、うるさいうるさい! 九曜の×バーカ×! ×馬鹿ばーか×! もう×嫌い×! ×どっか行け×!」
「むしろ幼児退行している……」
そうして二人は、最後の試験の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、屋上で抱き合ったまま、ぎゃあぎゃあと言い合いを続けていった。
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