犬は主人を試すもの



 期末試験を週明けに控えた休日。

 本来ならば大慌てで試験勉強に邁進するべきところなのだろうが……九曜くようは気晴らしに街に出ていた。


「あ、これもいー。いや、こっちにしよっかな」


 ついでにゆうも誘って、である。

 夕はいつものチョーカーを首に巻いて、今日は少し洒落た服を着こなしている。


 すぐに用事の終わった九曜と違い、夕は馴染みの店らしいところをいくつか周り、店員と談笑しながら買い物を進めていた。


 夕の買い物に付き合って小一時間。

 一通り歩き回ったところで、二人はファストフード店に入った。


「いやはや、それにしても×よもやよもや×、こんな日に九曜からデートの誘いがあるとはね」

「取り巻きも試験勉強で、流石に予定空いてるだろと思ってな」


 セットに付いてきたポテトをつまみながら、二人で会話をする。


「その予想は当たってるけど、×わたしだって同じく勉強しなくちゃ×なんだよ? やれやれ、×ライバルの勉強時間を奪おう×とは姑息なやつめ」


「まあ、そういう嘘は見破れるわけだが」

「むむ」


 夕が言葉に詰まったところで、九曜はアイスコーヒーをずずと飲む。


 すでに夕には九曜の嘘を見破る能力については話している。

 なので、九曜としては、素直に何もかも話すようになってくれるだけで構わないのだが……。


「……だから、その、でもだよ。わたしとしては、×そのくらいで困りはしない×けど……ああもう! 嘘がバレるって喋りづらいなあ!」

「だろうな」


 そうもいかないのが人の性。


 もちろん、嘘をつく方が悪いのは悪い。


 しかし、小さな誤魔化しから、ちょっと言いたくない本音、隠したい事実への対処まで、全てが相手に筒抜けともなれば、息苦しいのは想像に容易い。

 だからこそ、九曜は基本的にこの能力について他人に伝えないのだ。


「恋人同士に隠し事はなしって言ってもさー。限度があるよ限度がー。昨日シャワー浴び忘れたとか、ちょっと内緒にしたいことくらいあるじゃん」

「え、じゃあ今匂い嗅がない方がいい?」


「それは×例え話×だから! 九曜が急に誘うから、さっき×また×入ってきたくらいだっての! なんでそこ突っ込むかなーもー」


 顔を赤くする夕を見て、久しぶりに気分がいい。

 こちらの能力を明かしてどうなることかと思ったが、こうなったらなったで、主導権はしっかり握れそうだ。


「……それにしても、本当になんでまた今日なのさ。わたしも忙しそうとか思わなかった? これでもわたし、定期試験の学年一位継続中なんですけど」

「ああ、それな。むしろそれが気になったからわざわざ今日呼んだんだけど。これで確信した」


 九曜はそう言って、ポテトを一つ摘まんだ。


「お前、なんか能力使ってんだろ。これまでの試験」


 夕の表情は揺らがなかった。さすがは仮面優等生。

 しかし、嘘はいくらでも見破れる。


「別に責めるつもりはねーよ。こういう特別な力も含めて本人の実力だと俺は思ってるしな。ただ、ちょうどいい機会だからこの試験期間の間に暴いてやろうと思ってさ」


「……暴くって、わたしの能力を? わざわざ? それはまたずいぶんと暇人なことだねー」


「そう仕向けてきてるのはお前だろ、夕。さっさと話して白確定しとけばいいのに、こうして隠し続けるのは、俺を試してるわけだ。まったく、気に入らない犬だよ。ご主人様を試すとは」


「×だーれがご主人様×だっての」


 夕がわざとらしく嘘をつく。

 ならばその挑発に乗ってやろう。


 九曜は夕のチョーカーに指をかけ、ぐいと引き寄せながら言う。


「——俺が、お前の、ご主人様だろ?」


 九曜の言葉に、夕の顔が真っ赤になった。


「そ、そそ、そういうことは、わたしに何か一つでも勝ってから言ってもらいたいなー、なんて」


「ていうか、女の子を犬扱いとか、最低だかんね! 分かってる!?」


 それはそう。だが——


「最初に言い出したのお前じゃん……」


 九曜はまだ、このチョーカーをプレゼントした時に、夕が「ご主人様、わんわーん」と言い出した衝撃を忘れてはいない。


 こいつ大丈夫なのか。

 だいぶやばい奴と付き合ってしまったんじゃないか。


 そう感じたのを今でもはっきりと思い出せる。


 付き合った三人の中でも、性癖のやばさは夕が飛び抜けているのはもう疑いようがない。さっきの反応を見ても明らかだ。


 夕は天性のマゾなのである。


「…………まあ、とにかくだ」


 気を取り直して、九曜は続ける。


「お前が挑戦してくるなら、俺は受けて立つ。売られた喧嘩は言い値で買うのが俺のポリシーだからな。

 多分人狼じゃないってのは、薄々分かっちゃいるんだが……一パーセントの可能性だろうと消しておきたいのもある」


「それじゃあ、試験期間の一週間、九曜はわたしが独り占めってこと?」


「……なんでそうなる」


「だって、その間は、わたしの正体を暴くために頑張ってくれるんでしょ? 独り占めじゃん。

 九曜と付き合った時にはさー、もう九曜は三股で忙しそうだったからさ。これが最初で最後の、わたし一人が九曜を独占できる時間ってことだよね」


 三股のことも、やはりとっくに気付いていたのか。

 そんな気はしていたが……それでも付き合ってくれていたのは、夕の甘さか、恋の呪毒の恐ろしさか。


「とにかく、これから一週間」


「うん。よろしくね、九曜——じゃないや、ご主人様!」


 …………。兎にも角にも。

 そうして九曜と夕の、能力暴き勝負の一週間が始まった。

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