小さなほころび
「ふぇ? わたしがバンド始めた理由?」
授業の合間、昼休み。人のいない廊下の片隅。
それが急にギターボーカルを始めたのは、人狼である雪姫に操られているからだ、というのが夕の推測だった。
推測の部分を信じるかはともかく、事実自体は確かめておく必要がある。
そんなわけで早速、九曜は晴に会いに来たというわけだ。
そして肝心の晴の回答だが……
「んーとね。えーっと……。覚えてない! なんでだっけ?」
「え、ええ……?」
「小さい頃からピアノとか習ってたから、音楽は好きだったけど。なんでバンド組んだのかは覚えてない! 九曜くん知ってる?」
「知らねえから聞いてんだけど……」
「そっかー。そーだよねえ。うんうん。わたしもそうだと思ってたよ」
こいつ……アホなのか脳みそが何かヤバいことになってるのか、傍目には区別が付かん。
例えば、雪姫が晴を操ってバンドに入れて、その記憶を忘れさせた。なんて可能性も有り得そうな気はするが……。
この様子だと、天然で忘れてるというパターンを捨てきれない。
せめてその時の状況くらい聞き出せれば、参考になるだろうと期待していたのだが。
「おうおう。なんや兄ちゃん、×我が家のお嬢×に用があるんやったら×うちを通してもらわなアカン×でぇ」
そこに運良く
もう一人のバンドメンバーが姿を現した。
相変わらずアバンギャルドな服装で、よくこれで教師に何も言われないなと思わざるを得ない。
天然真面目なポニテ少女と、冗談ばかりの方言少女。そこに加えて、無口(らしい)な雪姫。
九曜が言うのもなんだが、なかなかに変な人選だ。
「あっ、フウちゃん。ねえねえ。わたしがバンド始めたのってなんでだっけ? フウちゃん知ってる?」
「はぁ? そんなんバンド興味あったから以外にあるんか? やりたないのに始める奴なんておらんやろ」
「あ、そーか。そーゆーことです。九曜くん」
「いや俺が聞きたいのはそういうこっちゃなくてだな……」
つまるところは、この三人になった理由。
なぜ雪姫と晴と風花の三人でバンドを組むことになったのか、そのきっかけとなった出来事を知りたいのだ。
「ははーん。つまり、ユキの兄ちゃんは、うちらのなれそめを聞きたいっちゅうわけやな? これだけ×ラブラブの三人×やから無理もない」
「なれそめってなに?」
「愛する二人の出会いのことや。いや今回は三人やけどもな。更に言うとうちはノーマルで……いや、女子も無しっちゅうわけやないが」
「フウちゃんはいつも半分くらい何言ってるのか分かんないよね」
なんだろう。この二人と話していると、いつもペースを奪われていく感じがある。が、ここはぐっと腰を据えて、話の中心を引き戻す。
「そもそも雪姫とは、いつどんな形で出会ったんだ? よく考えると俺、お前らと雪姫がいつ頃友達になったのかすら知らないんだよ」
「ハレ、うちら今、×ユキの保護者からユキを託せる人間かを試されて×んで」
「えっ、そうなの!? じゃあ、ちゃっかりした返答をしないと!」
ちゃっかりはするな。
いや、してもいいけど目の前で言うな。
そもそも晴は言葉の意味を正しく扱えていないのだろうけど。
「えーっと、雪姫ちゃんと友達になったきっかけでしょ。なんだったかなー。えーっとね……ちょっと待ってね……んーっと…………」
「うちは覚えてんで。夕暮れの空き教室、一人ギターを鳴らすユキ。そこにちょっかいを出しに行くハレ。追い返されて即戻ってくるハレ。それを毎日繰り返し繰り返し……」
「……そんなことあったっけ?」
「あったやん!? そんな言うたら、うちがポエミィな嘘ついたみたいになってまうやん!? あんなしつっこく話しかけてたのによう忘れられんな!?」
「そうだったっけなぁ……?」
本当に身に覚えがなさそうな晴はともかく、風花は嘘をついていないようなので、おそらく事実なのだろう。
雪姫が一人でいたところに、二人が絡みにいったのだ。
もちろんこれも、記憶が改竄されていなければの話だが。
「と、とりあえず、バンドを組もうと誘ったのは二人の方からってことだな?」
「ちゃうでー」
「うん。違う違う」
「あれ」
この流れなら、二人が誘ってそれに応じた形。夕の主張の反証になるかと思ったのだが、そうではないらしい。
「最初は二人で演奏聞いてるだけだったんだけど、ユキちゃんがね、なんか……あれ? なんだっけ? なんか言われたよね?」
「せやな。うちの記憶やと……えーと、なんやったかな……あれ? よう思い出されへんな」
あれえ……? なんか思った以上にこれは……。
「なんかこう……二択を迫られてやな……。いや、どうやっけ?」
「でも、自分が「うん」って答えたのは覚えてるよ。だから、ユキちゃんに誘われて始めたような気はするなあ」
「………………」
……これは、怪しい。
少なくともなんらかの、特異な能力が絡んでいる気配がする。
だとするとやはり、人狼は……?
「ちょっと、ハレフウ、二人とも何やって——」
そこに今度は運悪く。
雪姫が姿を現した。
「お、ユキちょうどええとこに」
「あのさあのさ、わたしたちがバンド組んだ時、どんな話したか覚えてないかな? わたしたち揃ってうろ覚えなの」
「……それ、お兄ちゃんが聞いたの?」
雪姫の声は、普段のそれよりもずっと低かった。
「せやねん。急に九曜が気になるー言い出してな」
「わたしたち、ユキちゃんを託せる相手か試されてるんだって」
「いや、それは冗談やけどな」
「えっそうなの」
二人のやりとりも半分聞いているのかいないのか。
雪姫は二人と九曜の間まで歩き、俯き気味で黙ったままに立ち尽くす。
「……どしたん?」
「どうしたの?」
「…………二人は、教室に戻ってて。あと、これからは周りに人がいない場所では、お兄ちゃんと話さないようにして」
晴と風花はきょとんとしながら目を合わせ。
しかししっかりと、雪姫の言葉に従って、教室へと戻っていった。
あの二人にしては、あまりに素直。
やはり何かが起きている。
「…………雪姫——」
「——お兄ちゃんのこと」
顔を上げた雪姫は真っ青な顔色をして、九曜を見つめていた。
「あたしは、あたしは……×信×じ×て×る×か×ら×」
嘘のノイズがバラバラに散らばっている。
こんなことは初めてだ。
一体自分に——いや、雪姫に何が起こっている?
どうしてそんな嘘を、いや、嘘なのかも分からない言葉を並べ立てている?
雪姫の精神はどういう状態で、どうすれば助けられるのか。
今にも倒れそうな顔で、震える身体で目の前に立つ少女に、何をしてあげられるのか。
分からない。
何も分からない、けれど。
ただ雪姫の心を落ち着かせたい一心で。
九曜は雪姫の唇に唇を重ね————
「————ダメッ!!」
————ようとした直前で、雪姫に突き飛ばされた。
壁にぶつかり、ずり落ちた九曜を、雪姫が見下ろす。
その表情は、変わらず緊張と、何よりも恐怖に震えていた。
「…………あ、ごめ……」
「いや、大丈夫だ。今のは俺が悪かった。急に変なことしてごめんな」
「ちが……お兄ちゃんは……悪くなくて、あたしが勝手に…………」
後ずさりして、走り去る。
雪姫の後ろ姿を、九曜はただ目で追うことしか出来なかった。
「……何やってんだよ。馬鹿野郎が」
自分を罵る九曜の呟きが、人の気配がない廊下に虚しく響いた。
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