第三夜

最後の一ヶ月へ



「おい黒鐘くろがね、まずいぞ。俺らの人狼探しがゆうにバレた」

「でしょうね。×なんとなく×分かります」

「なんだ、気付いてたのか」

「そりゃあそうですよ。だって——」


「いやあ、もうすっかり冬だねー。こたつのある部室で良かったー」


 一泊二日のキャンプを終えて、翌日の学校。放課後。

 オカルト研究部の部室では、九曜くようとイルイ、そして夕の三人が、こたつに仲良く三方向から足を入れていた。


「九曜さん、もう少し隠れて話そうとか思わないんですか」

「もうバレてんだから隠す意味ないだろ。何をおかしなこと言ってるんだお前は」

「だからって目の前で相談するのは正気じゃないと思いますけど……わたしそんなに変なこと言ってます?」


 イルイの問いに、夕が「そーだそーだ。ルイちゃんはおかしくなーい」と応じた。


 夕に隠すべきだという相談を夕にして、それを本人が肯定する。もはや何がなんだか分からない。

 それだけ現状は混乱を極めているということか。


「俺らの会話を盗み聞きしてたっていうからさあ。盗聴器とか調べたんだけど、見つかんねえんだわこれが。なあ夕、お前どうやってやりとりを聞いてたんだ?」


「えー、乙女の秘密。女の子には隠し事の×一つや二つ×あるものだよ。ねえ? ルイちゃん?」

「…………まあ、否定はしません」


「そこで同調されても困るんだがな。夕が役能者やくのうしゃかどうかを確かめるのに必要な情報だろうが」


「わたしの能力が分からなくても、ヒメちゃんが人狼なのさえ確定すれば、それでよくない? わたしより先にヒメちゃんを探りなよ」


 相変わらずの押し問答だ。


 夕が人狼でないことが確定すれば、おのずと雪姫ゆきひめの方も判断が付くのだから、現状と効率を考えれば夕に協力してもらいたい。


 しかし夕はそれを嫌だと言う。


 そうなれば、はたから見ると、怪しいのはむしろ夕の方なのだが……。


「だってさー、考えてもみなよ。わたしの言動とか、多分そっちから見てもおかしいんだろうけど、それって人狼の性質に当てはまってるの? 多分違うよね?

 だったら、ハレっちとフーフーを操ってるっぽいヒメちゃんを疑う方が、よっぽど理に適ってると思わない?」


 この理屈である。


 如月きさらぎはれと、長谷はせ風花ふうか

 雪姫とバンドを組んでいるこの二人について、夕は、雪姫と関わるまでバンドに興味すらなかった、という情報を掴んだ、と主張している。


 少なくともこの真偽について裏取りをするまでは、夕の意見を切って捨てるわけにもいかないのだ。


「でもなんていうか、イヤーな役回りだなー。あっちが敵だー、自分は無実だー、って、わたし、悪役みたいじゃない?」


「それは……」


 まあ、そう。

 しかし人狼探しというものは本来そういうものなのだろう。


 これまで仲良くやってこれたのが奇跡のようなものだったのだ。


「……夕さんは、雪姫さんのこと、お嫌いですか?」


 イルイの問いに、夕はふるふる首を振った。


「ヒメちゃんはいい子だと思うよ。今でも思う。でも、人狼は『いる』んだよね? そうなると、わたしは×自分のことだけは分かる×から消去法で……っていう話。けどさー、わたし思うんだけど」


 ずず、とお茶を啜ってから続ける。


「九曜が三人と付き合い始めて、もう二ヶ月でしょ。それで魂を喰われてないんなら、もう人狼はそんな気、無いんじゃないのかな?」


「……どういう意味ですか?」


「人狼は九曜の魂を喰うつもりなんて、もう無いんじゃないかってこと」


 その発想は盲点だった。

 だが同時に、あまりにも希望的観測に寄りすぎているきらいもある。


 向こうも恋の呪毒を飲んだ以上、命がかかっているのだ。

 多少恋心で絆されたとしても、最後は人狼としての役割を全うする可能性は十分にある。


「……人狼は見付ける。どういう結果になるにしても、放っておくのは気分が悪い」


「………………」


「まあ、それが九曜らしいよね。性格悪いけど、良い奴だし。だからわたしも好きになったんだし」


「……? いや、それは……」


 恋の呪毒のせい、なのだが、そこの部分は盗み聞きしていないのだろうか。

 前から思っているが、夕の把握している情報は半端にちぐはぐだ。


「……そういえば夕は、俺が相手の心が読めると思ってんだっけ」

「うん。違うの?」


「正確には、嘘を見破る、だ。黒鐘が言うには慧眼けいがんってやつらしい。知らなかったのか?」


「知らなかった。……あ、これは本当ね。嘘を見破れるなら分かると思うけど」


 慧眼の役能者を消すために、九曜の魂を狙う。

 イルイの話では、人狼の目的はそういうことだったはずだ。


 ならば夕は……。


「……もしかして、また一つ、わたしが人狼じゃない証拠が出てきたかも?」


 にひっと笑って、夕はせんべいを一枚囓る。


「……だとしても、お前の正体はちゃんと探らせてもらうからな。役能が確定してようやく、シロ判定だ」


「ちぇー。九曜も強情だなあ」


 面と向かって疑い、面と向かって隠す。

 ずいぶんと訳の分からない構図になったものだ。


 ともかくここからおよそ一ヶ月。

 第三の、最後の満月までに、夕と雪姫の正体は探らなければならない。そして——


「ああ。そういえば、九曜、ちゃんと覚えてる? ルイちゃんも」


「? 何をだ?」

「何がですか?」


 二人の疑問に、夕が答える。


「来週から、期末テストだよん。人狼にかまけて勉強を怠ると、地獄の追試が待ってるかんね」


「なんだ、そんなことか。俺は別にいつも通り……」

「………………」


「おい、黒鐘」

「あははっ、ルイちゃんやばそー」


 何はともあれ。

 最後の満月へのカウントダウンが始まった。

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