二度目の満月
「えー、大人どもが酔っ払って寝てしまったので、我々で適当に夕食を作りまーす」
「多分主役はバーベキューだと思うんだが、他にもいくつか作ろうとしてたっぽい材料があるんで、それっぽい料理もでっち上げます。俺以外に料理できる奴、挙手ー」
手を挙げたのは、
「あれ!? こんだけ!?」
イルイと
「…………俺らも料理が得意なわけではないんだが……」
「……どうする?」
「ま、まあ、凝ったものでなければ、なんとかなるよ」
雪姫と翠と話し合い、ひとまずの方針をまとめる。
「それじゃあ俺らで適当に鍋と主食を用意するんで、その間にお前らは肉と野菜をひたすら焼いてろ! で、焼け次第全員好きに食え! 以上! 質問は!」
「はい隊長! 肉の配分はどうしますか!」
「早い者勝ちで食え! 酔っ払いどもには切れ端だけ残しときゃいい!」
アイアイサー!!
というわけで、先行き不安なキャンプ料理が始まった。
炭火でガンガン肉を焼き、焼けたところから噛み喰らっていく。
味付けの塩胡椒もおそらく晴の父親のこだわりがあったのだろうが、そんなことは知ったことではない。
ガシュガシュとペッパーミルを回して振りかけ、肉汁たっぷりに味わう。
肉も野菜も切った先から串に刺し、次々と網の上に並んでいく。
「うわあ、焦げてる焦げてる! 一度にたくさん焼きすぎだよ!」
「じゃあこれは九曜にあげようね。おいしいところはわたしたちで」
「なんでじゃ」
鍋の準備が整った頃には料理担当の三人も参加し、バーベキューは大盛況となっていった。
「おい
「なんやイルイちゃん、好き嫌いはあかんで」
「す、×好き嫌いとかしてないです×けど!? たまたま少し×偏っただけ×ですけど!?」
「みんなー。スープパスタが出来たよー」
「俺の知らんうちに鍋と主食が合体している!?」
「食器が足りなかったから……ささ、どうぞ」
翠が全員にスープパスタを配り始めると、ようやくバーベキューの火を囲む暴食軍団も休息モードに移行した。
十一月も終わりが近い。
冬の気配も強くなった冷たい空気の中で、温かいスープが全身へと染み渡っていく。
「……はー……おいしいですねえ」
「そーだねえ。人狼は全然見付けられてないけど」
「人狼ってなんの話?」
「なんや、こっからがオカ研の本領発揮なんか?」
イルイと夕のオカルト研究部と、晴と風花のガールズバンドが交友を深める隣で、翠が九曜をちらりと見ながら苦笑していた。
そこに雪姫も寄っていく。
「人狼……あたしにもその話、聞かせて」
「おっ、ユキが食い付くなんて珍しいやん」
「これは明日は雪が降るね」
「降ったら速攻帰るからな、俺らは」
もう夕陽も沈みかけて、満月が空に浮かんでいた。
今月は流石に狼の遠吠えは聞こえない。あんな怪物が何体もいてもらっても困る。ただ、人狼という存在がこの満月の下にいるのも、確かなのだ。
そうして九曜たちが食事を終えた頃。
ようやく大人組が起き上がり、酔っ払い顔で残りの肉を喰らっていた。
◇
「それではウェザードロップ
「おー、やったれやったれー!」
すっかり日も落ち、焚き火の明かりがキャンプサイトを照らす頃。
アコースティックギターを持ってきていた晴が、弦をかき鳴らして歌い始めた。
そうして数曲歌ったところで、晴はメンバーに笑顔で話しかける。
「ほらほら、今日くらいユキちゃんも歌おうよー。ちょっとくらいいいでしょ?」
「え。うーん……ここならたぶん大丈夫か。じゃあ今日はちょっとだけ。フウ、×ドラムは×?」
「あるわけないやろ! ……といいつつ、何故かこれがあんねんけどな」
そう言ってタンバリンを取り出すと、晴のギターに合わせて風花がパンシャカ音を出していく。
なんだかシュールな光景だが……。
そんな印象をかき消すほどに、透き通る声がキャンプサイトに響いた。
一瞬、誰もが息を呑んだ。
雪姫の歌。
届かない恋心を歌う、切なる願いの歌だった。
「ほー、これは……」
非常に上手い。だが、それ以上に。
九曜が周囲を見渡してみると、イルイも、翠も、夕も。
まるで魂まで奪われたかのように、雪姫の歌声に聞き惚れていた。
素人の九曜が聞いても分かるほどの良さ。
だが、女子陣はそれ以上の何かを、雪姫の歌から受け取っているかのようだった。
ちなみに、大人組はまた更に酒をかっくらって寝ている。
あの人たちはもうダメだと思う。
ともかく、雪姫の歌声が響く幻想的な時間が続く間、この場にはギターとタンバリン、そして切ない恋の歌だけが、淡い波のように広がっていた。
「…………。はい、終わり。みんな、あたしの歌のことは誰にも言わないでよね」
何曲か歌い終えた雪姫は、そう言って席を立つ。
ぽーっとした様子の女子たちを置いて、九曜も雪姫の後を追いかけた。
「……どしたの? お兄ちゃん」
「楽しそうだったなと思ってさ」
「そりゃあね。音楽が好きだからバンドやってるんだし」
ホットココアを飲みながら、雪姫は九曜の顔を横目に見る。
メッシュの入った髪が、遠くからの焚き火の明かりでちらちら煌めいていた。
「あんだけ上手いなら、お前も普段から歌えばいいのに」
「………………」
雪姫はココアのカップを口に近付けて、やはり離して、言った。
「……お兄ちゃんは、わたしの歌を聴いて、どうだった?」
「どうって……上手かったぞ? 綺麗な声だったし、なんつーかこう、気持ちが伝わる感じで……」
九曜の言葉に、雪姫は小さく笑った。
「あっ、信じてないな。だけど俺は——」
「——嘘はつかない、でしょ。知ってる。ずっと前から。そのせいでいつも他人と喧嘩してるし」
雪姫は夜空に浮かぶ満月を見て、それからまた九曜に向き直る。
「じゃあさ、嘘をつかないお兄ちゃんに質問」
「おう?」
「……オカ研が探してるって言ってた人狼。あれって、お兄ちゃんも探してるの?」
「ん? ああ。あー……」
どう答えたものか。少し思考を整理してから言葉を返す。
「探してたけど、あっさり解決したからな。とりあえずこのキャンプ場では——」
一安心。ではないか。
上手く言葉が繋げない。
もう一度表現を精査して、言い直す。
「——まあ、少なくとも、毛むくじゃらの狼人間に襲われて殺されるってことはないだろうから。そんなに気にはしてないな」
「いるとは思ってるんだ。人狼」
意味深に追及してくる。
何の意図があるのだろう、これは。
「どうせなら、いると考えるのも面白くはあるだろ。一応オカ研所属だし、否定ばっかりしてるのも良くないからな」
「ふーん。……でも、もし人狼っていうのがいるならさ、それって人間なの? それとも怪物?」
「え? さあ。怪物ではあるだろうけど」
人間の定義をここで問われると、なかなかに難しい。
イルイが
それ以上に、さっきから何故人狼について雪姫が興味を抱いているのか。そちらの方が九曜にとっては気になるところだ。
「…………×ま、いいよ×。今日はここまでにしとく。ほら、フウが演歌を熱唱しはじめたよ。あれが結構こぶし効いてていいんだよね」
そう言って、雪姫は九曜の手を取り、歩き出した。
ホットココアで温まったはずのその手は、わずかに震えているような気がした。
◇
夜も更けて丑三つ時。
二つのテントには、女子高生の集団と、大人組プラス九曜という構成で、それぞれ寝袋に身を包んだ面々が眠りについていた。
眠れない……というわけでもないが、九曜はそんなテントから抜け出し、一人。
満月の揺れる湖のほとりで夜空を見上げていた。
「人狼は、誰でしょう、か」
正直なところを言えば、もう九曜にとって、それは重要な事柄ではなくなりつつあった。
夕も雪姫も。翠ももちろん愛らしく、みな恋心に命を賭けている。
たとえ恋の呪毒の効果があるにせよ、今この瞬間、九曜に恋している少女たちは、誰一人として悪意を持っているわけではないように思うのだ。
だとすればこそ、この状況に追い込んだ元凶を、人狼と役能者の争いというものをこそ、憎むべきだと九曜は感じていた。
どうにか一杯、食わせられないか。
売られた喧嘩は言い値で買うのが九曜の信条だ。このままいいように踊らされて終わるつもりはない。
そのための鍵は、やはり————
「……や。九曜。こんばんはー」
そこにふらりと、一人の少女が現れた。
「夕か。どうしたんだ、こんな夜遅くに」
「九曜こそ、人のこと言えないでしょ。×まさかこんなところで出くわしちゃうとは×なあ。……とか、言ってみたりして」
夕は九曜が、人の心を読むのだと思い込んでいるんだったか。
それでわざわざ話しかけてくるのも大した度胸だが、今の嘘はなんだろう。まるでここに九曜が来るのを知っていたかのようだ。
「二人きりになれる機会がさー。なかなか作れなくって。こんな時間になっちゃったんだけど……。どうせなら……いちゃいちゃしよう、ぜ」
そう言って夕は九曜に近寄ると、そっと身体を寄せてきた。
九曜もそれに応じて、夕の肩に手を回す。
「んー……いい感じ。ラブラブカップルー……ふふふ」
「おちょくるなよ」
九曜の言葉に、夕はからから笑った。
「だって九曜、×反応が面白い×んだもーん。……なーんて。これも嘘なんだけど」
「なんだよさっきから。これから真人間になりますって宣言でもするのか」
「あははっ、それいいね。そうしよっかなー……でも、みんなには嫌われちゃうなー……。でも、それでもいいかもね……九曜さえいれば」
「おいおい、正気か? らしくないぞ、仮面優等生」
「そうかな。これが一番、わたしらしい行動だと思ってるんだけど」
夕は身体をまた更に九曜へ密着させて、首元に息がかかるほどになる。
寒空の下、温かい息が触れて、冷えて、また温かい呼吸が続く。
「…………近すぎだろ」
「わたしはこのくらい近付きたいの。でも、九曜が嫌がるから」
「嫌ってわけじゃないけど」
「でも、怖いんでしょ」
「怖くも————」
九曜の否定を遮るように、夕は続けた。
「——人狼が。わたしたちの中に潜んでるからさ」
「————!」
冗談でも、嘘でもない。
夕は確信している。人狼の実在にまつわることを。
「どうして……そう思った?」
「九曜と黒鐘さんが、話してるのを盗み聞きしてるから」
いつ、どこで——?
確かにチャンスはあるだろう。しかし、可能な限り周囲の確認はしていたし、そもそも夕にそんな時間があるとは……。
「わたしは人狼じゃないから、全てが解決するまで、待ってればいいと思ったんだ。だけど……九曜ってば、甘いからさ。だから、わたしも勝手に調べたんだ」
「ちょっと待て、調べたって誰を——」
そんなもの、聞くまでもない。
「わたしじゃない。
「九曜は多分知らないよね?
如月晴と、長谷風花。雪姫さんのバンドメンバーは、雪姫さんとバンド組むまで、ギターにもドラムにも、全然興味なかったんだって。
それで思ったんだけど……あの子たち、もしかすると雪姫さんに操られてるんじゃないのかな? 人狼の能力に、そういうのもあるんだよね?」
そんな馬鹿な。
とは、言い切れない。
九曜はあの三人がバンドを組むようになったきっかけを、何も知らない。
三人が仲が良い理由も、何も知らない。
雪姫という血の繋がらない妹のことを、九曜はまだ何も知らないままだ。
だが、それは——
「分かってる。わたしにだって証拠なんて何も無い。ただ、わたしは自分が×人間だ×って言うことしか出来ない」
今の嘘は、人狼か?
いや、呪毒の効果が出ているのなら、人狼という判定はされないはず。
ならば今のは一体どういう……。
「だから、待ってるよ、九曜。九曜が人狼を見付けて、わたしにキスをしてくれるまで、いつまでだって。どんな結果になったとしても、待ってる間、わたしは眠り姫でいられるから」
「……じゃあせめて、お前の役能を教えてくれよ」
「それは嫌」
「な」
「じゃあ、あとは頑張ってね。応援してるから。九曜ならきっと出来るよ」
そう言うと、夕は九曜の肩を甘噛みし、
「えへへ。マーキングー。じゃあね」
いつもの仮面を付けた笑顔で、走り去っていった。
「……な、なんじゃあそりゃあ……」
何の解決にもなっていない。
ただ疑問と不安が増えただけ。
そんな九曜が、湖のほとりにぽつんと一人。頭を抱える姿を、夜空に輝く満月は、はっきりと映し出していた。
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