ゆるーくキャンプを始めよう



「……と、いうわけで」

「設営完了やーっ!」


 如月きさらぎはれ長谷はせ風花ふうか。ガールズバンド、ウェザードロップメンバーの二人が、大きく手を挙げハイタッチした。


「二人とも、元気すぎ」


「そー言いなや。ユキも混ざりぃ」

「そーだそーだ。ユキちゃんも踊ろうよ!」


「え。あたしは……ってちょ——」


 言っているうちに雪姫ゆきひめが連れて行かれ、今度は三人で肩を組みながらぐるぐると高速で回り出す。


「あはは……仲良しだね。さすが同級生バンド」


 そんな三人を少し遠目から、みどりが眺めている。


 一方、テントの近くでは、ゆうが大人組に丁寧な感謝の言葉を述べていた。


「本日は車の運転からキャンプ道具の手配まで、色々とありがとうございます。急な話かと思ったのですけど、快く引き受けていただいて、如月さんのお父様と雨宮あまみやさんのご両親には×頭が上がりません×」


「なんのなんの。こちらとしても子どもたちにキャンプへ行こうなんて言われたら、テンション上がりっぱなしだからね。車ぐらいいくらでも出すよ。運の良いことに如月さんのお父さんがキャンプ好きだと言うし。こちらこそ、お世話になります」


「最近の晴はバンドばかりで、私の趣味に付き合ってくれる機会も減ってしまってなぁ……。最近はソロキャンプも増えていたところで、こんな大人数に私のキャンプ飯を披露できることになるなんて……」


「ほほう。キャンプ飯」

「バーベキューに合わせた最高の肉を用意しておりますよ」

「こちらはブランデーやワインを」

「いいですねえ。料理にも使えるし、どうです休憩がてらにまず一杯……」

「お父さんも、如月さんも、あんまり飲み過ぎちゃダメよー」


 大人組が酒の話で盛り上がるのをよそに、九曜くようは運んできた薪に火を付けて、試しにコーヒーを淹れてみようとしていた。


 そこにイルイが寄ってきて、小声で話しかけてくる。


「ちょっと九曜さん。なんで翠さんまで呼んでるんですか。お二人の関係は終わったことになってるんですよね!?」


「いや、だってこのキャンプ、翠を連れてくるのがそもそもの目的だし。それ以外は目眩ましというか……最近、雪姫と仲良くなってるみたいだから丁度いいかなって」


 キャンプサイトには大きなテントが二つ。

 広く張られたタープの下には、アウトドア用のテーブルやチェアが並べられ、クーラーボックスやらコンロやら、ランタンなども準備されている。


 参加者は、まず雨宮九曜と黒鐘くろがねイルイ、鷺沢さぎさわ夕のオカ研組。

 加えて、雨宮雪姫と如月晴、長谷風花のバンドメンバー組。

 そして九曜と雪姫の友人として百合川ゆりかわ翠と、保護者として雨宮家の両親、如月父が付いてきていた。


 総勢十人。はっきり言って、なかなかの大所帯である。


「今夜は二度目の満月というのに、こんなことしてていいんですかね……」

「人狼疑いの奴は全員いるんだから、むしろチャンスじゃないか? 広いキャンプ場のこの解放感。気を抜いた人狼の尻尾くらいは掴めるかもしれないぞ」

「どうでしょうねえ……」


 九曜とイルイはそう話しつつ、テンションの上がっているバンドメンバーと巻き込まれた翠を眺める。


「なーんか大変なことになっちゃったねー、ルイちゃん」


 そこに夕がひょいと顔を出す。


「わたしらだけでちょっと×オカルトを楽しもう×と思ったら、変なのまで付いてくるし。保護者までいるし。まったく、どうしてこんなことに」


「でも、これだけ充実したキャンプが出来るのは晴さんのお父さんのおかげですし。楽しむだけなら十分じゃないですか」

「むむ、それはそう」


 口を尖らせながらも納得したように、夕はマニキュアを塗った指を弾いて、イルイの肩を叩いた。


「それじゃあちょっくら、みんなで湖まで行ってみましょうかね。どうせキャンプ場まで来たんだし、楽しまなきゃあ損だよねー」


 イルイを連れていく夕を見ながら、ふむ。と九曜は腕を組み。

 淹れ立てのコーヒーを口に付けて、「あちっ」と声を出した。



 ◇



 キャンプにはしゃぐ女子たちが各々、湖の周囲を歩いている途中、九曜は翠に声をかけた。


「……九曜くん。……どうかしたの?」

「実は、ちょっと確かめてもらいたいものがあってさ。これ——なんだけど」


 そう言うと、九曜はオカルト研究部の部室から持ってきた雑誌を翠に見せた。


「……? あ、これって、このキャンプ場だね。もしかしてこの雑誌を参考にして、ここ選んだの?」


「そう。……というかなんというか。この記事にさ、ほら、ここのキャンプ場に、狼男が出たってあるだろ」

「ほんとだ。……うん? でもこれって……」


 翠から見ても、やはり九曜と同意見だったらしい。


「見ての通り、翠が退治した、ゾディアーク残党の狼人間だと思うんだよな。これ。もうとっくに斃したから問題ないとは思うんだが、一応翠には伝えておいた方がいいかと思って」


 すると、どこか陰のあるような雰囲気で、翠は微笑んだ。


「……なるほど、そーゆーことだったんだね。なんでわたしまで誘われたのかなって、気になってたんだ」

「あー……迷惑だったか?」


 恋の呪毒の効果が切れてきていれば、九曜との恋愛関係の記憶も、恋心も、だいぶ薄れているはず。

 そこに突然キャンプへの誘いがあれば、困惑するのは当然の話だ。


 一応雪姫等を経由して誤魔化そうとしたつもりだが、少し配慮が足りなかったか。なんて思っていると。


 目の前で翠が青い宝石の付いたヘアピンを掴み、全身から光を放った。


 そして厚着のキャンプウェアから、魔法少女レリックブルーへと姿を変える。

 うーむ、いつ見てもファンシーで可愛らしい衣装。大胆なミニスカートが秋の空気には少し冷えそうだ。


「ちょっと魔力を探ってみるね。えいっ!」


 翠が生み出した剣を振るうと、光の帯が四方に広がっていく。

 そのまま翠は目を閉じて、何か唱えているようだ。


「…………! こっち!」

「えっ、ちょ、おま——」


 跳び跳ねるようにして、翠は湖周辺に広がる林の中を駆け抜けていく。

 これまであまり意識したことはなかったが、魔法少女レリックブルーは身体能力も大きく向上しているらしい。人間の限界を超越した凄まじい速さだ。


 そうして息を切らした九曜がどうにか追いついた先で、翠は奇妙な黒い歪みと相対していた。


「…………はー……あー……なんだ、あれ?」

「魔王アークロードの残滓……じゃないかなって思う。もうほとんど、魔力は残ってないみたいだけど……」


 無音で空間を歪める漆黒の闇。

 魔法少女でもなんでもない素人の九曜には、魔力なんてものはまるで感じ取れないが、危険な存在だということだけは分かる。


「へえ。じゃあこれがあの狼人間を生み出したりしてたのか?」


「それは……分かんないけど。でも、とりあえず」


 翠はすぐに巨大な魔法陣を展開して、


「レリック……オーバーッッ!!!」


 強烈な光を放つ。

 すると黒い歪みは見事に霧散した。


「……ふう。これでもう大丈夫……だと思う。怪しい魔力も……うん。感じない」


「おー、さすがはレリックブルー。頼りになるな」

「むう。九曜くん、なんか嫌味っぽい」

「おいおい、そりゃさすがに勘ぐりすぎだって。素直に褒めてんだよ。あの時は俺が襲われただけで済んだからよかったものの、他に行ってたら死人が出てたかもしれないんだから」


「それは……そうだけど」

「これで翠は、俺たちをまた救ってくれたってことだ。ありがとよ。また何かあったらよろしくー」


「…………いいように使われてる気がする」


「正義の味方の悲哀だねえ、それは」


 翠がレリックブルーの変身を解除して、また厚着の姿に戻る。

 うーん。あの身体がこのぶかぶかの中に隠れてると思うと、それはそれで少しばかりそそるものが……


「そういや前から思ってたんだけど、お前の名前「みどり」なのに、なんで魔法少女ではブルーなの?」

「し、知らないよそんなの……色は勝手に決まっちゃったし」

「日本古来の表現ではあおとみどりを同じように呼んだのと何か関係が……?」

「無いと思うけど……。それを言えば、どうして九曜くん、ゾディアークと戦って平気だったの?」

「え。……いや。……俺は別に逃げ回っただけで、戦ったわけじゃないし……」


 言いながら、二人で林の中を歩いて戻る。


 すると我らがキャンプサイトでは。


 大人組三人が、酒瓶をいくつも空にして、顔を真っ赤にしながら眠りこけていた。

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