好きも色とりどり



「さて。もう次の満月まで一週間になったわけだが」

「ふぁい。そうれすね」


 オカルト研究部の部室にて。

 九曜くようはお茶を飲み、イルイはせんべいをバリバリ喰らっていた。


 季節はもう秋の終わり。冬の声が聞こえる時期となって、ちょうど二人でこたつを用意したところだった。

 部室の片隅にある畳コーナーに置かれたこたつに、九曜とイルイは揃って入り、身体を芯から温める。実に有意義な時間の使い方と言えるだろう。


「この一週間で、なにか進展とかありました? 人狼探し」

「あったらこんなところで呑気にお茶は啜っとらん」


 ゆうとは食事をしたり、旅行をしたり。

 雪姫ゆきひめとは相変わらず一緒に眠ったり。


 どちらともマイペースに恋人関係を楽しみ、向こうは向こうの交友関係も大事にしながらの、秘密の恋愛生活が続いていた。


みどりさんはどうですか?」


 翠にかかった恋の呪毒は、まだ完全に抜けきってはいないようだが、今はほとんど連絡を取っていない。たまに顔を合わせると、笑顔で挨拶をする程度だ。

 人狼ではなく、魔法少女であることが確定し、キスも済ませた相手なので、他の二人に集中できていいのだが——いざ離れると、翠の手作りお菓子の味が少し恋しい。


「未練がましい人ですね。まだ二股してるっていうのに、離れた子も引きずるとは」


「うるせー。翠もかわいいんだからしょうがねえだろ。

 ……といっても、呪いで惚れられただけだからな。向こうにとっちゃ、俺と付き合ってたこと自体が大きな間違いだったわけで。

 被害が広がる前に終わらせただけ、良かったと思ってくれりゃあいいが……」


「……九曜さんは自己評価が低いですねえ」

「妥当な客観的評価だろ。俺のどこに女が好きになる要素があんだよ」

「え? それはほら、×えーと×……」


 するとイルイはしばし考え込む様子を見せ……。

 頭をひねり、右上と左上に視線を動かし、目を瞑って腕を組み——


「いやもういいわ。悲しくなるやつやめろ」

「冗談ですよ。いい人ではあると思います。現にこうやって、みなさんを助けようと奔走しているわけですし」


「はいはい。精一杯のいいとこ探しどーも」


 憐れみに礼をして、九曜もせんべいに手を伸ばす。

 やはりお茶にはせんべいだ。


「それにしても、夕さんはやりますね。慧眼けいがんを宿す九曜さんが狙いを定めて探っているのに、尻尾すら掴ませないとは」

「基本的に隙の無い奴だからな。たとえ嘘が見抜けたところで、本心を知るのは容易じゃない。旅行の時だけはなんか変だったけど」


 バリバリせんべいを囓りながら、九曜は正直に状況を話していく。


 そこでイルイが少し尋ねた。


「九曜さんって、時折そうやって自分が万能じゃないみたいな話をしますけど、それどういう意味なんですか?」


「……? なにが?」

「今ので言うと、嘘と本心は違うかもってことですよね。どんな嘘を想定しているのかなーと思いまして」


「ああ。なんか前にも軽く言った気がするけど」


 お茶を啜ってから、九曜は言葉を続ける。


「例えばだな。黒鐘くろがね、お前ちょっと俺に好きって言ってみて」


「え。……嫌です」

「え。なんで」


「だってわたし、九曜さんのこと×好きじゃない×ですし」


 そこでイルイが、あっ、と、思わず口を隠す。


「そういうわけで、今のが嘘だったわけだが——

 ——えっ、待って。お前、俺に好意持ってるの? いつも三股をめちゃくちゃ責めてくるから、てっきり嫌われてるのかと……

 ……まあいいや。とにかく、好きじゃない、が嘘ならお前は俺のことを好きってのは確定する。でも、これが恋愛的な意味での「好き」なのか、友人的な意味での「好き」なのかはわからないだろ?」


「……そうですね。わかりませんね。全く」


「それが言葉の真偽だけで本心は掴めないってことだ。極端な話、「好きです! 付き合ってください!」って言われても、もしかすると友達として一緒に買い物に行きたいだけかもしれない」


「それは流石に無理がある気がしますけど……」


「俺も言っててそう思った。……とにかく、俺の能力は好き放題心を読めるわけじゃないってことを言いたかったんだよ。

 特に俺の能力に気付いてる奴なら、嘘を避けつつ秘密を隠し通すのだって、その気になれば出来るはずだ。上手く追求を躱す言葉なんてのも色々あるからな」


「……そうですね。人狼は当然、九曜さんが慧眼を宿していることは知ってるわけですから……」


「俺の命を狙ってる? って直球で聞いても、例えば、「好きな人の命を奪ったりするはずないよ」と一般論で言ってもいいし、心の中で(今日は)と付け加えながら「狙ってないよ」とだけ言うこともできる。

 結局嘘ってのは、本人の気持ち次第なところがあるからな」


「うーん……難しいんですねえ……」


 イルイは考え込んだ様子で、まだ湯気の出ているお茶を口に運んだ。

 九曜も同じくお茶を飲み、二人でぷはー、と息を吐いた。


「……とはいえ、現状のやり方で上手くいってないからなあ。

 このまま手がかりが掴めないようだったら、こっちから仕掛けることを考えてもいいかもしれない」


「人狼を探す質問をする……ってことですか?」


「どっちかというと、役能者を探す質問かな。前も言ったけど、早めに確定させたいのは役能者の方だし。ただ、夕と雪姫は明らかに自分の能力を——」


「隠したがってますよね」


「そーなんだよなあ。俺もこうして黒鐘に暴かれなきゃ、わざわざ自分から他人に言うようなことはまず無いから、気持ちはわかるけど。

 翠の場合はある意味、自分からバラしたというか、事件に巻き込まれる形で自然と分かったから運が良かったんだが……。

 二人は素直に聞いても答えてくれないだろうな」


「九曜さんが自力で二人の役能を暴く以外に、有効な方法はないってことですかね」


 結局のところ結論は同じ。

 今までどおりの恋人関係を維持しつつ、怪しいところを調べていく。


 ただ、いざという時の手札として、攻めの問いは持っておきたいところではある。

 だとすれば一体、何を聞いたらいいのだろうか。


 能力の詳細。使い方。それによって他人がどうなるか。人狼と役能者で答えが変わってくるであろう質問。


「——あなたは自分の特殊な能力で、他人を不幸にしたことがありますか?」


 そう聞いた時、二人からはどんな答えが返ってくるだろうか。


 おそらくそれは、自分と同じものだろうと、九曜はなんとなく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る