意外な組み合わせもおいしい



 休み明けの放課後。

 今日もオカ研の部室に行こうかどうか、思案しながら九曜くようが校舎を少しぶらついていると。


「ん? あれは……」


 みどり雪姫ゆきひめの二人が、並んで帰ろうとしているところを偶然見付けた。


 なんだか珍しい組み合わせだ。

 前にみんなでプールに行った時はイルイとゆうもいたわけだが、あの二人だけというのは見たことがない。一体どんな話をするのだろう。


 大真面目に観察——とまではいかないまでも、興味深げに見ていると。


「あ、九曜くんだ。こんにちはー」

「え? おにい——九曜?」


 翠と雪姫に見つかった。

 翠が大きく手を振ってくるので、素直に呼ばれて寄っていく。


「こんにちは。文化祭以来だね、九曜くん」

「ん。ああ……そうだな。……久しぶり」


 少し対応に困るが、ひとまず翠の態度は好意的だ。

 恋の呪毒から解放された今、恋心やキスの記憶がどの程度薄れているものなのかわからないが……とりあえず関係は悪くない状態と見ていいのだろうか。


「おに——んんっ。……あんたは何してるの? こんなとこで」

「そっちこそどうしたんだよ。バンドとか図書委員は?」


 特に回答もなかったので、雪姫の質問に、質問で返す。


「今日はハレが急用で、練習は無し」

「わたしも今日は図書委員のお仕事ないから、今から帰るところ」


 たまたま休みが重なった、ということか。


「それにしたって、なんか変わった組み合わせだな」


 九曜は素直な感想を述べる。


「え。そうかな」

「……そうなんじゃない? わたしたち話すようになったの……つい最近だし」


 あのプールがきっかけの付き合い、というわけでもないのか。

 となるといよいよ、不思議な関係だ。


 単に偶然顔を合わせた縁の薄い知人二人が、なんとなく一緒に帰ることになった。というわけではなさそうだが。


「あっ、そっか。まずはそこから説明しなきゃだね。うーんと……簡単に言うと、雪姫ちゃんにわたしが助けてもらったんだけど……」

「……助けたってほどでもない」


「そ、そんなことないよ。あの先輩、わたしたち図書委員にとっては悩みの種だったんだから」


「……? つまり、どういうこと?」


 翠がたどたどしい説明をしたところによると。

 どうやら、図書室によく来ていた厄介なクレーマー体質の生徒を、たまたま居合わせた雪姫が追っ払ったということらしい。


 それからお礼がてらにクッキーなどをあげるようになり、こうしてたまに話すようになったのだとか。


「あの時の雪姫ちゃん、かっこよかったんだー。「あんたは二度と図書室ここに近寄らないで」って綺麗なのにすっごく怖い声で。それから本当に、その先輩、全く図書室に来なくなっちゃったの」

「………………」


 翠はキラキラした瞳で話しているが、雪姫はどうにもバツが悪そうだ。

 おそらくやりすぎたと思っているのだろう。そのくらいは兄として九曜にもわかる。


 一体どんなことをすれば、他人をそこまで追い詰めることが出来るのか。


 九曜からすればやり口などいくらでもあるが、雪姫がどうやったのかは気になるところではある。


「……雪姫、大丈夫か? 恨まれるようなことになってないだろうな?」

「あ、そ、そうだよね……! 考えてみたら、図書委員は安全になっても、雪姫ちゃんは——」


「それは平気。心配いらない」


 ふむ……即答した? まあ、嘘はついていないようだから、本当に大丈夫なのだろうが。

 何をしたのかは知らないが、この兄にしてこの妹ありということか。


「そんなことより、もうあんまり時間ないよ、翠」

「あっ、そうだね。ごめんね、九曜くん。足止めしちゃって」


「俺は構わないけど。二人はどっか行くのか?」


「えっと……ちょっと遠くまで買い物に……」

「へー。何買うんだ?」

「それは……その…………」


「ちょっと、九曜! そういう詮索すんのやめて。翠が困ってるから」

「……困るようなもん買うのか? もしかしてお前ら変なことしてる?」


「してないっての! あーもう、空気読めないなあ。もう黙っててよ!」


 嘘を見破れる性質上、空気は読める方だと思うのだが……。

 何をそんなに話しづらそうにしているのか、いよいよ興味が湧いてきた。


「……で、何買うんだ?」

「だから黙っててってば!」


「でもさあ。気になるもんは気になるじゃん。少なくとも法に触れるものではないんだよな?」

「そう言ってんでしょうが! 本当にこのバカ兄は、なんでこう……!」


 九曜と雪姫がぎゃいぎゃい言い争う横で。

 翠が顔を赤くしながら声を上げた。


「し、下着を——ッ! …………わたしの下着を、買いに行きます……。サイズの合うものを売っている店が、あるらしいので……。

 一人で行くのは緊張するって言ったら、雪姫ちゃんが一緒にって…………」


「………………そっか」


 マジ、すまんかった。


 そこからは、言われずともの正座。からの丁寧な土下座。

 平に、平にご容赦を。

 少し二人とも打ち解けたかと思い、わたくし調子に乗っており申した。

 男には立ち入ってはならない領域があるということを、失念しており申した。


 どうか改めて今一度、ご容赦をお願いいたしたく存じます。


 そんな形で、二人に深く謝罪の意思を伝えたところで。


「では、行ってらっしゃいませ。お嬢様方」


「もう×二度と口聞かない×から」

「あ、あはは……まあまあ、雪姫ちゃん……」


 言いながら去っていく二人を見送る。


 ——と、最後に翠がこちらに近寄ってきた。

 そして小さく耳打ちするように話しかけてくる。


「……わたし以外に付き合ってるのって、雪姫ちゃんのことだよね」


 げっ——! と一瞬、全身に緊張が走る。

 しかし、翠はほんわかとした顔でふふっと笑った。


「大丈夫。変なことは考えてないから安心して。雪姫ちゃんは大事なお友達だもん。ただ、もし雪姫ちゃんまで悲しませるようなことがあったら……レリックバスター! ……だからね。九曜くん」


「…………はい。かしこまりました、翠さん……」


 翠と九曜が小声で会話する様子を、遠くから雪姫が険しい顔で見ている。


「それにしても、雪姫ちゃんって本当に九曜くんの前だとよく喋るんだね。わたしびっくりしちゃった……。

 すごい無口で有名だったから、図書室で先輩を追い払ってくれた時もみんなで驚いてたんだけど……、今日はそれ以上の驚きだったよ。

 いいなあ、兄妹って。わたし一人っ子だから……羨ましいや」


「…………翠!」

「ごめんね。今行くから!」


 雪姫の呼びかけに応じて、翠が九曜から離れて追いかける。

 その最後に。


「……わたしも十二月の約束、まだ覚えてるからね」


 と、一言。

 強い思いを言い残して、翠は走っていった。

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