お二人のお怒り
「九曜くん! わたしは今怒ってるよ!」
「せやで兄ちゃん。あかん。これはあかんよ」
昼休みの音楽準備室。
なぜか
「ええと……何の話?」
九曜の疑問に、風花はやれやれやとばかり首を振り、晴はむんと釣り上げた眉を更に険しくする。
どうやら九曜は何か、この二人の逆鱗に触れるようなことをしでかしてしまったらしい。
はてさて、何のことやら。
思い浮かぶ事情が一つあるにはあるが、これがバレたとなると非常にまずいことになる。どうにか誤魔化す方法をとっさに考えなければ。
「九曜くん、結局わたしたちのライブに来なかったらしいね!」
……全然違った。
てっきり雪姫との交際がバレたか、最悪、雪姫と恋人関係にありながら、他の女にも手を出していたことに気付かれたのかと思っていた。
どうやって事実を歪曲して伝えてやろうかと脳内シミュレーションしていたのに、完全に無駄になったようだ。
「ライブ……って、文化祭でやったやつ?」
「せやせや。うちらが一年生にして舞台の大トリを任せられた、あの現在大絶賛配信中のミニライブのことやで」
「これまでにない勢いで再生数が伸びてるよ! やっぱり文化祭のライブ感がよかったんだね! やっぱり生、やっぱりライブ! 時代は一発撮りのドキドキ感だよ!」
「いやそんなことは今どうでもええねん」
自分で言い出したのに……。
晴と風花が適当に騒いでいるのは置いておくとして、どうやらこの呼び出しは、そのライブに関するもののようだ。
とはいえ、
「俺、行かないって初めから言ってたろ。お前らもあの時は、それで納得した雰囲気だっただろうが」
文化祭一日目に偶然会った際、そういう会話をした覚えがある。
晴と風花、ついでに雪姫も納得していたし、風花に至っては自分も家族を呼ばないからと九曜の選択を肯定する態度を見せていたはずだ。
それがなぜ今になって、このようにお怒りに。
「せやね……うちもあんときは、兄ちゃんの肩を持つ立場やった。どんだけ人気になっても、やっぱり家族とお客さんは別モンやからな」
「えー、わたしは普通にみんな来てほしいよ?」
「ハレは×頭パンパカパーンなってる×から例外や」
「今すごくバカにされた気がするよ!?」
話題が逸れて小休止。
風花が、これは、一旦、置いといて。とジェスチャーで示す。
「しかし今回は話が変わったんや。ユキの兄ちゃん、いや、九曜! あんたわかってるんか!」
「いや、何もわかってないけど」
「なんでわかってないねん、この唐変木が! はー! こんなんありえませんわ! 許されませんわ! ハレ、やっぱりあかんぞこいつ!」
わけのわからないことで罵倒された。
しかも何か呆れられている。
反応に困るしかない九曜の肩に、晴がそっと手を置いた。
「九曜くん……これはとても大事なことなんだよ。九曜くんは気付いてないだろうけど、ユキちゃんは……ユキちゃんはね……。実は……。
九曜くんのことが、めっちゃくちゃ大好きなんだよ!」
知ってる。どころかすでに付き合ってる。
っていうか、結局そっちの話だったのかよ! 前置きがなげえよ!
「……これはうちら二人だけが気付いた極秘事項や。伝えるべきか迷ったが、このままやとユキは不幸になる思て、こうして話の場を設けたっちゅうわけや」
「ユキちゃんには絶対言っちゃダメだよ! ユキちゃん、わたしたちにはお兄さんとの仲は険悪だって言ってるからね」
「せやねん。どういうわけかユキのやつ、ブラコンやのを隠したがっててんな。しかしうちらも、伊達に長年ユキとは付き合うてへん。察してしまうねんなこれが」
「ねー。別にお兄さんと仲良しでもいいのに」
あれ? やっぱりこれなんか違うな?
たぶんこれ、恋愛じゃなくて、家族愛の話をしているぞ。
「なんでだろう、九曜くんの評判悪いのを気にしてるのかな?」
「いや、ユキはそんなん気にするタマやないと思うで。高校生にとって家族との関係は難しいからな。素直に大好きアピールするのが恥ずかしいんやろ」
……毎晩ベッドの中で、好き好き言ってくるが……。
「九曜くんの察しが悪いのもダメだよね。女心は複雑なんだから、男の子がちゃんとわかってあげないと」
「無茶を言うんやない、ハレ。半分猿と変わらん男子高校生なんぞに、うちら乙女の胸の内を感じ取るなんて不可能なんや」
これまでの悪態が嘘なのもわかっていたが……。
「とにかく! とにかくだよ、九曜くん! ユキちゃんはお兄さんのことが大好きなんだから、そんなつれない態度を取っちゃ可哀想だってこと! ライブに来ないでっていうのも、照れ隠しだったに違いないんだよ!」
「そういうことや。兄ちゃんは妹のそういう機微も察しなあかん。大変やろうが、それが妹より一秒でも早くこの世に生を受けたもんの役割や」
来るなという意見に嘘があったような記憶もないし、本当は血が繋がっているわけでもないが……。
しかし、照れ隠しというのは一理ある。本人が恥ずかしがっていても、あえて踏み込むことで得られる関係というのはあるだろう。
この二人の意見もだいぶズレてはいるが、雪姫の気持ちを汲んでくれていることに違いはない。ある程度、参考にさせてもらうことにしよう。
「……なんというか」
「お、なんや? やるんか?」
「フウちゃん、しー!」
……やりづらい。
「……とりあえず。雪姫は仲間に恵まれてるみたいで安心したよ。毎日毎日バンドバンドで、少し気になってはいたんだが、お前らがメンバーなら心配なさそうだ」
「わ! わたしたち褒められちゃったよ!」
「うちらにゴマすっても何も出えへんぞ。出るのはせいぜい飴ちゃんくらいや」
風花がひょいひょいと飴を九曜と晴に配る。
なんで? と思いつつもとりあえず口に入れておくとしよう。
「そういや、なんで急に雪姫が俺のこと好きとか気付いたんだ? 文化祭で最初に会った時はそうじゃなかったわけだよな」
「ふっふっふ。それはだね」
「うちらの普段からの観察力のおかげやな」
ほう。というと。
九曜が促すと、晴と風花は思いつくままにという調子で話し始めた。
「スマホの待ち受けが九曜くんだったり」
「窓の外で兄ちゃんが歩いてるとこじっと見てたり」
「話題に出すとぽわぽわした顔になったり」
「他の奴が陰口叩いてんの聞いて露骨に不機嫌なったり」
「届いてるメッセージ何度も何度も見返してたり」
「その返事すんのにめっちゃ悩み倒して時間かけてたり」
「九曜くんのこと褒めたらにっこにこになったり」
「ライブの本番前にいつも「お兄ちゃん……」って呟いてたり」
「だいたい」
「そんな感じやな」
いや待って。
もうこんなの……これまで気付かなかった方がおかしいのでは?
そして雪姫はもう少し隠そうとする努力をすべきでは?
よくそれだけ情報あったのに今更気付いて、長年の付き合いがどうこう言えたね君たちは!?
「まあそんなこんなで、過ぎたライブのことは置いといて。結局のところ、うちらの言いたいことは一つや」
「うん。九曜くん。ユキちゃんのこと……大切にしてあげてよね!」
囲まれてるこの立場からして、逆らえるような状況でもないのだが。
そんなことは言われるまでもないことで。
「もちろん。大切にするに決まってるだろ」
九曜ははっきりと、晴と風花に向かって、そう宣言した。
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