嘘を味わう
「うわ、マジか」
授業を終えて、学校からの帰り。
緊急車両点検のため、一時的に運行を見合わせております。とのアナウンスが、駅の電光掲示板に表示されていた。
少しばかり買い物でもして帰ろうかと、オカ研の部室にも寄らず、早めに駅に向かった日に限ってこの仕打ち。
そう長くはならないだろうが、これは運がない。
このまま電車を待ってもいいが、人混みは好きではない。出来れば人波が落ち着くまで、しばらく様子を見たいところだ。
「いっそ学校に戻って自習でもするか……?」
なんて突っ立ったまま考えていると。
「やーやー、九曜くん。そんなとこで×どしたん×?」
相変わらずいきなりの嘘つきぶりである。
そもそも、「どしたん?」が嘘ってどういうことなんだ。逆にどうなればその発言で嘘がつけるんだ。お前の方がよっぽど「どしたん?」だよ。
「どうしたもこうしたも……」
言って電光掲示板を指し示すと、
「×ありゃまあ×。運がないねー、九曜は。といっても、それは×わたしもなんだけど×」
だから嘘が多い! そしてその嘘の意味がわからない!
なんで感動詞が嘘になるんだよ。日本語知ってんのかこいつは。
「だったらさー、ちょっと時間つぶしに近くのバークイ行かない? 駅前に最近オープンしたって言うから、気になってたんよ」
「バー……? ああ、あのハンバーガーショップか。美味いの?」
「それを確かめに行くんじゃん」
「成る程」
九曜が納得したところで、二人同意して頷き、揃って歩き出す。
「恋人と二人並んで食事かー……手でも握っちゃう?」
「別にいいけど」
不敵に笑う夕に対して、九曜はひょいと手を差し出す。
すると夕の目が大きくぱちくり見開かれた。
「え……っと、あはは、×嘘だって、嘘。冗談×。駅前でそんなことしたら、誰に見られるやら、わかったもんじゃないからねー」
嘘が嘘。ならば本気だったということだ。
その上で拒否するということはつまり……どういうこと?
「さ。行こ行こ。遅くならないうちに味わっておかないと」
せっかくの機会だ。
今回は一つ、夕の嘘について、本気で読み解いてみるとしよう。人狼か、あるいは
九曜はそう意志を固めると、夕の隣で、夕が発する言葉に耳を傾け始めた。
「——んー……悪くない!」
ハンバーガーをがっつり頬張って、もっごもっごと咀嚼。ごっくんと呑み込んで口元を拭ったところで、夕は味の感想を述べた。
この感想は嘘ではないらしい。
どうやらバーガークイーンのハンバーガーは夕のお口に合ったようだ。
——いや、ここはどうでもいいな。うん。
「九曜はホントにそんなちょっとでいいの? 男の子ってもっとたくさん食べると思ってたなー」
がっつり一人前のセット品を注文した夕に対して、九曜はポテトとコーヒーだけ。その感想はたしかに一理ある。
しかし、九曜としてもそうする理由はあるわけで。
「そういうのは運動部の担当だろ。俺は人並みに食えれば十分なんだよ。このあと夕食もあるんだし、今食うと入らなくなるだろ、普通」
「それじゃあまるで、わたしが×大食いみたくなる×じゃん」
「みたいじゃなくて大食いだろ」
「むむ……×たしかに×?」
自滅して認めたあとで、夕はけらけら笑う。
普通の女子高生なら笑いどころだが、これが夕なのだから厄介だ。
大食いを肯定したのが嘘、かつ、そもそも自分を大食いのようだと言ったこと自体も嘘。
つまり夕は、このバーガーセットを食べたところで、自分は大食いにはならないと考えていることになる。
夕にとってバーガーセットを今食べることは自然、かつ大食いでもない。まさかこれだけの量に加えて夕食まで平らげることが、一般的だと考えているとは思えない。
ならばこの食事は、夕食代わりということなのか? だとして、何故それを嘘で隠すのかはわからないが……
……待って? 今、真面目に考えたけど、これ何の話?
夕が夕食にバーガーセットを食べたからなんなんだ?
今の考察まるっきり無駄じゃない?
九曜が人生の意味を問い直しているところで、夕はむしゃむしゃハンバーガーを喰らっていく。
命が噛みつかれ、咀嚼され、飲み下されていく。
人狼が人の魂を喰らうときも、こんな感じなのだろうか。
夕は、はたして人狼なのだろうか。
「そういえばさー、人狼」
ちょうど考えていたことを言われて、九曜の身体が一瞬跳ねる。
「——だっけ。九曜とルイちゃんで話してたオカルト話。変なこと考える人がいたもんだねー。聞いてる分にはけっこう×面白かった×けど」
「なんだ、信じてないのか」
「あはは、×信じるわけない×よー。オカ研入ったのだって、面白い話が聞けそうだと思った×だけ×だかんね。世の中にそんな×不思議なことなんて無い×っての。わたしは現実主義者なんでね。そんな壮大な×夢は見ない×のだよ」
待て待て待て待て、嘘が多い。
ここまで多いと本人も逐一意識して嘘をついているわけではないだろうが、明らかに自分の認識と違うことを話している。
一つずつ整理してみよう。
人狼の話は「面白くなかった」。
しかし、「信じていないわけではない」。
オカルト研究部に入った理由は面白い話が聞けそうだと思ったから。だけど、それ「だけではない」。
世の中に「不思議なことはある」が、現実主義者で、壮大ではなくとも、「夢は見ている」。
これが今の嘘と本音から読み取れた、夕の認識だ。
全体的に言えば、夕は超常的なものについて、存在を認めている。
しかしそれに対して、あまり大きな期待を抱いてはいない。
ということだ。
そして局所的に言えば、人狼の話を面白く思ってはいない。
仮に夕が人狼だとすれば、自分の役割にはやや否定的な価値観を持っている——ということになるだろうか。
たしかに、自分の望んでもいない相手とキスをさせられるのは、思春期の少女からすればお世辞にも嬉しいことではない。
ましてや恋心まで一時的に改変されるとなれば……その嫌悪感たるや如何ばかりか、九曜では想像するに足りない。
まったくもって、恐ろしい殺し合い。恐ろしい呪毒である。
「……ねえ。九曜、聞いてる? さっきからやたら上の空だよね?」
「あ、ああ。……悪い。さっきからちょっと気分悪くて」
ちなみに、これに関しては嘘ではない。
九曜が嘘を聞いた時、その声にノイズが混じって聞こえるのだ。そして同時に、共感覚として、血のような味と色を味覚と視覚に感じ取る。
なので嘘だらけの場所にいると、九曜は文字通り、強い吐き気を催すことになってしまう。
そういう意味では九曜にとって、いつも嘘ばかりの夕は、やや苦手な部類の人間ではあった。
「……そういえば、お前と初めて話した時もこんなだったな」
「え、何急に。いきなり思い出話するじゃん。そりゃ、あれはわたしたちにとって、何かと重要な出来事だったけど」
ちょうど春の体育祭が終わった時だった。
結果は残念だったけどお疲れ、とクラスメイトたちが互いをねぎらい、あそこは頑張った、あの競技は失敗したけど気にするな、みんなで打ち上げにでも行こうか。そんな話をしていた。
だが、嘘の読み取れる九曜からすれば、そのねぎらいたちは、善意であってもほとんどが嘘の塊で、徐々に酷くなる頭痛と吐き気に悩まされていた。
そこに夕がやって来て、「×大丈夫×?」と声をかけてきた。
嘘の心配。それくらいならまだ九曜からすれば慣れたもの。「気にするな、心配しなくていい」とだけ返す。
そこから、「×本当に大丈夫×? ×わたしが保健室に連れて行こうか×?」と続き、改めて「本当に体調に問題はない」と九曜が答えると、夕はわかっていたという様子ですぐに引き下がった。
つまりは、周囲に対する、気配りができますアピールだったわけだ。
ずいぶんとまあ、丁寧なキャラ作りである。だが、それも九曜は責める気にはならなかった。
世渡りの仕方は人それぞれだ。
本人が満足しているのなら、それをとやかく言う道理はない。
だが、だからこそ。クラスメイトも全員帰り、二人だけが残った最後。
その最後に夕の言った嘘が、引っかかった。
「雨宮くんも×わたしたちみたいに仲良く楽しみ×なよ。せっかくの高校生活なんだからさ」
そこでつい、九曜は呟いてしまった。
「楽しんでもないし友達もいないお前に言われてもな」
それが九曜と夕の、最初のやりとりだった。
「ほんっと、最悪の出会いだったよねー。あれで、かーっと来て、ボロクソ言ってやったの思い出すなー」
「完全に子どもの癇癪だったけどな。正直笑ったわ」
「ひどっ! 酷くない!? そっちは×意味不明な因縁×付けてきたくせに!」
「図星だったんだからお前が悪い」
「そう言われると×否定できない×けどー……むう。本当でも、言っていいことと悪いことがあると思います!」
「それはその通り。全部俺が悪い」
「それはそれで極端なんだよー。もー、九曜はいっつもそう言って誤魔化すー。×だから友達いない×んだよ」
ずずずっとコーラを飲み干して、ふう、と一息。
それから、夕は続ける。
「でもま、結果的には、こうして九曜と関われるようになって良かったよ。今は前よりちょっとだけ……ちょっとだけだけど……楽しいし、ね」
最後に出てきた嘘のない言葉が、結局のところは何よりも今の夕を示しているように、九曜には思えた。
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