祭りのあとに



 文化祭が終わり、また普段通りの生活が戻ってくる。


 あれからみどりとは連絡を取っていないが、恋の呪毒はどうなったのだろうか。ちゃんと呪いから解放されているといいのだが。


 イルイの話が正しければ、文化祭の終わりにしたキスによって、翠にかかっていた恋の呪毒の効果は失われているはずだ。

 呪毒によって生まれた恋心は消え去り、恋をしていた期間の記憶も薄れていく。という話だったので、このまま行けば後腐れなく離れられるだろう。


 一応、「もし十二月の満月の日が来てもまだ好きなままだったら会いに来てくれ」と伝えてはおいたが、あくまで保険。

 基本的にはこのままで問題ないはずだ。


「……お前が嘘をついたりしてなけりゃあ、だけどな」

「失礼な人ですね、九曜くようさんは。恋の呪毒の効果に関して、わたしは真実しか話してませんよ」


 放課後の部室棟。

 オカルト研究部の小さな部室の中で、九曜とイルイは言葉を交わしていた。


「しかし、よそのカップルからキス報告をされるのは、なんというか……×気恥ずかしい×ものがありますね。あの日何があってそうなったのか。詳細は聞かないつもりでいますけど」


「おーおー、そうしてくれると助かる。翠の名誉のためにもな」


「そんなこと言って、自分が恥ずかしいだけでしょう」

「……正直それもある」


 恋人とのやりとりを他人に話すのは、あまり良いことではない。

 親しい友人となら、報告や相談くらいする間柄というのもあるかもしれないが、九曜とイルイはそこまで仲の良い関係というわけでもない。


 せいぜい知人、最大限甘くみても同じ目的を持つ同志というところだろう。

 キスをするまでの顛末を赤裸々に語るほどの仲ではない。


「……なんにせよ、翠ちゃんが悲しい思いをしたことについては、解決したと思っていいんですよね?」


「…………。それは……どうなんだろうな……?」

「九曜さん……?」


 翠自身は吹っ切れたように見えてはいたが、他人の内心を推し量るのは、嘘を見抜く慧眼けいがんを宿す九曜ですら簡単ではない。

 嘘をついていないことと、本心を話していることは、全く別の話なのだ。


 それでも、あの様子を見ていれば、これからは前向きになってくれると思いたいところではあるが。


「ま、まあ、どっちにしろ俺とのあれこれは忘れるんだから大丈夫だろ。いい思い出……にもならないか。とにかく——」


「いい思い出なのは九曜さんですよね。可愛い子とちゅー出来て良かったですね。×役得おめでとうございます×」


 イルイの皮肉が九曜の心に突き刺さる。

 恋の呪毒のせいというか、おかげというか。美少女三人と恋仲になっていちゃこら出来るのは控えめに言ってたまらないものがある。


 そしてその罪悪感もたっぷりと。


「——と、とにかく! 次だ次! しばらく文化祭にかまけてたせいで二度目の満月まであまり余裕がないからな。それまでに二人目の目星くらいは付けておかないと」


 二度目の満月は十一月の二十五日。あと二週間ほどだ。


 恋人関係にあるのは、残り二人。

 片方の白黒が判明すれば、他方もおのずと定まるはずなので、焦る必要は無いと言えば無い。


 ただ、翠が魔法少女だったりとイレギュラーの多い現状、期間の余裕は出来るだけ確保しておきたいところだ。


「そういえば、魔法少女とかいる時点で役に立たない気はするんだが、一度、黒鐘くろがねの把握してる役能者やくのうしゃの能力を一通り教えてくれないか? 人狼の正体を探る時の参考になるかもしれないし」


 確かに、それはその通り。

 とイルイも納得した様子で、すぐに役能者について語り始めた。


「まず何より、人狼。魂を喰らいますが、これは別で置いておきましょうか。


 次に、九曜さんが受け継いでいる慧眼の役能者。嘘を見抜く賢者の力ですね。


 それから、魂の声を聞く霊耳の役能。人狼に魂を喰われてしまった場合、この能力で判別が可能です。


 人狼の魂喰らいから少しの間だけ保護する、守護霊という役能もあります。ただ、これは他人にしか使えないため本人が無防備で、この役能を持つ者たちはすでに全滅しています。


 同じ能力の人間だけ、互いの存在を自由に認識できる共鳴の役能者。生き残りはいるはずですが、人狼に狙われないよう仲間内だけで集まり隠れているようです。


 あとは一応、人狼に魂を喰われ、操られている人間も、役能者としての反応を示しますね。


 ——と、わたしが思い当たるのはこのくらいでしょうか」


 イルイが話し終えたところで、九曜が尋ねる。


「それ、黒鐘はどの役能者に入るんだ?」


「……あ。……×そうでした×。……ええと、鐘を鳴らす人間も役能者としての役割を持ってますね。

 ただ、この鐘自体は誰でも鳴らそうと思えば鳴らせるので、役能的にはほとんど一般人に近いんですけど……。

 あ、あと、妖狐っていうのも一応いますね。人間の味方ではないんですが、人狼に魂を喰われなくて、代わりに慧眼の持ち主に近寄られると嘘がつけなくなるという、単に厄介な邪魔者で……」


「…………ふうん。それで全部?」

「今度こそ、これで全部です!」


「それに加えて、今回俺たちは魔法少女がいるのを知った。と」


 イルイが把握している役能者は、人狼に関わるものばかり。

 それに対して翠の魔法少女の役能は、全く別のところから来たものだった。


 他の二人に関しても、イルイの知識だけを参考にするのは危うそうだ、というのが、九曜の主な感想だった。


「あんまり役に立ちそうにないけど、一応、参考にはなったよ。色々と」


 九曜は一応のお礼を口にしながら、オカ研部室の怪しげな雑誌をパラパラめくる。


「……それで、九曜さんは次に誰の正体を暴くつもりなんですか?」


「んー……そうだなあ。理想的には、雪姫ゆきひめの白を確定させて、日々の暮らしを落ち着かせたいとは思うけど……」

「理想がそれなら、現実的には……?」


 その時、部室の扉がバアーンと音を立てて開かれた。


「おっつかれー! 今日もわたしが遊びに来ましたよ×先輩方×ー! ……って、もういないんだった。×失敬失敬×」


 茶髪をなびかせ、マニキュアを塗った手を振りながら、部室の中へと入ってくる。


「×おや、ルイちゃん×。それに×九曜までいるじゃん×。なんだいなんだい、二人で内緒の密会でもしてたかな?」


「オカ研らしく、オカルトの話をしてたんだよ」

「あはは。×なにそれ×ー、わたしにも詳しく聞かせてよー」


「ふむ。仕方ねえな、いいだろう。実はこの世界には、人の魂を喰らう人狼って怪物がいてだな……」


「×ほーほー×。なかなかに×意味わからん×ね」


 そうして九曜が自分たちのことは伝えずに語る人狼の性質を、鷺沢さぎさわゆうはただ面白そうな顔で聞いていた。


 相変わらず、口から出る言葉は嘘と虚飾に満ちている。

 何を知って、何を知らないのかすら掴ませない。


 この謎の仮面優等生——鷺沢夕を、九曜は次の目標に定めていた。

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