地味な少女の恋



 わたしは平凡な子だった。


 勉強も大して出来ないし、運動も下手っぴ。

 話すときもテンポが遅くて、いつもみんなから置いていかれる。


 すごい人や人気者には憧れるけど、輪の中に入ることすら出来ず、ただ遠巻きに見ているだけの地味な脇役。それがわたし、百合川ゆりかわみどり


 でも、わたしはそれでいいんだと思ってた。

 それがわたしの普通だったから。


 そんなわたしに転機が訪れたのは、中学一年生のとき。


 超古代文明レムリアの魔法生物パトゥがわたしの前に現れて、わたしの中には魔法少女になるための魔法力が宿ってるって言われたの。

 最初は困惑したけれど……それからわたしは、魔法少女レリックナイツの一員として、ゾディアークと戦うようになった。


 勇希ちゃん、未来ちゃん、遙ちゃん。仲間はみんな、キラキラ輝いて……わたしはその中でもやっぱり少し地味だったけど、それでも魔法少女の一人として、めいっぱいに頑張った! 命がけで戦った!


 そうしてゾディアークの親玉を討ち倒して、世界を救ったの!


 大変だったけど、かけがえのない思い出。


 ……そう。あれはもう、思い出なんだ。


 中学三年生に上がるとき、わたしは引っ越しをした。


 その頃には、仲間の三人とは少しずつ会話が減っていて……。もちろん、仲が悪くなったとかじゃないんだけど。それでも、みんなはそれぞれ、自分の居場所で魔法少女の仲間たち以外の友達と過ごすことも多くなっていた。


 だからこれは、いいきっかけなんだと、わたしは思うことにしたんだ。


 引っ越し先では、魔法少女としての繫がりだけじゃない、普通の友達をもう一度作ろうって。今のわたしなら、きっと出来るはずだって。


 でも、現実は……思ったよりひどかった。


 勉強も運動も全然出来ないし、会話すら慌てちゃってまともにこなせない。

 どこかのグループに入れてもらおうとする勇気もなくて、誘ってくれても、ぽつんと一人、どこか浮いた感じでいるうちに、疎遠になっていく。


 そこでわたしはようやく気付いたの。


 わたしは平凡なんかじゃない。

 平凡未満なんだってことに。


 高校生になっても、わたしは何も変われなかった。


 クラスには溶け込めず、友達もいなかった。

 図書委員になったけど、そこまですごく本が好きだったわけじゃない。ただ、本を読むくらいしかすることがなかっただけ。


 わたしにはなんにもない。

 ただ過去に世界を救う魔法少女の一員だっただけ。


 でもそれすらも、わたしにとっては不幸だったのかもしれない。


 一度でも大きな光を見てしまったわたしには、今の自分がどれだけ暗い場所にいるのか、痛いほどにわかってしまうから。


 そうしてただ空っぽの、なにもない日々を送っているときに。


 わたしの前に、怪しげな男の子が現れた。



 ◇



 文化祭もいよいよ終幕。

 体力の限界まで遊び倒した九曜くようと翠は、今は屋上に上がり込み、少しばかりの休息をとっていた。


 夕焼けももう沈み、暗い空には星々がまたたき始めていた。


「あーあ、文化祭、終わっちゃうなあ……」

「そうだなあ。ま、楽しい時間なんてのはすぐに過ぎていくもんだろ。……なんか体育館がまだ騒がしいが……ああ、そうか。この時間は雪姫のバンドがライブやってんだっけか」

「……ふふ、お祭りの主役は楽しそうだね」

「文化祭に主役も脇役もねえだろ? あいつらだって、どうせ大して俺らと変わんねえ人生送ってるぞ」

「……うん。そうかもね。少なくとも今日のわたしたちは、あの人たちと変わらないくらい楽しんだと思う」


 翠はそう言うと、ゆっくり、ゆっくり。

 九曜の横を歩いて行く。


「実はね。……わたし、九曜くんのこと、ゾディアークの残党なんじゃないかって思ってたんだ」


「は、はあ? なんじゃそりゃ。そんなわけねえだろ……とも言い切れないか。あの怪物どもがどういう習性してるのか俺は知らねえし」

「ううん。そんなわけないよ。人間に化けてるゾディアークはすぐにわかるから。

 ……ただ、そう思いたかっただけ。

 そうして疑って、怪しんで、尻尾を掴んでやるぞー……! って行動してるあいだだけは、わたしは平凡未満な女の子の百合川翠じゃなく、魔法少女レリックブルーでいられたから」


 九曜の反応を見ないようにして、翠は続ける。


「でもね。そうして九曜くんを観察しているうちに、思ったんだ。この人、本気で自由にやってるだけだよね? って」

「おい」


「本気で喧嘩して、本気で人を騙して、本気で裏切って、本気で勉強して、本気でふざけて、本気で人助けをする。……九曜くんはいつもそうだった。

 そんな九曜くんを、わたしはずっと見てて。

 そうして見ているうちに……」


「……わたしは九曜くんのことを、本気で好きになってたんだ」


「他の誰かに言われたわけじゃない。そういう運命だったわけでもない。わたしが、わたしの中から好きになった。ただそれだけ。

 ……だからこそわたしは、この恋心を手放したくなかった。自分の気持ちから、逃げたくなかった。だからわたしは告白したの。

 たとえどんな結果になったって、わたしの恋心は、確かにここにあったから」


「………………」


「ねえ。九曜くん、一つだけ教えて」


 そうしてようやく、翠は九曜の顔を見る。

 じっと、まっすぐに。瞳の奥まで見逃さないように。


「九曜くんは、わたしのこと……好き?」


 九曜は一瞬、言葉に窮しながらも。

 しかし、はっきりと答えた。


「……ああ。好きだよ。俺は翠のことが好きだ」


 翠は、にへら、っと、とろけるような笑顔を浮かべた。


「そうなんだ。……え、えへへ。……わたしも好き」


 そう言って、翠は空を仰ぐ。


「……今夜は星が綺麗だよね。お月様も見えるかな?」

「え? どうだろうな……わかんねえけど」


 自分も見上げようとする九曜の顔を、翠はぐいと引き戻す。


「……だけど今は、わたしだけを見てて」


 そう言うと、翠は目を閉じて。

 九曜もまた、それに応じて。


 ——それから。


 九曜と翠は星空の下で、長い長いキスをした。

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