いいこと悪いこと



「あれ……? 結局普通の服に着替えてきたんだ?」

黒鐘くろがねにみんなで買った備品を勝手に使うなってキレられた……。あとバカみたいな格好でうろつくなとか、みどりを巻き込むなとか、色々……」


 偽札犯を見事成敗し、勝利の歓喜を味わったあと。


 翠はまたすぐ図書委員の展示の受付係に戻っていた。

 九曜くようもクラスに戻ったあと、イルイにこってり絞られてから、翠のいる図書室を訪れた。


 翠も九曜もすでに正義の変身を解き、魔法少女の姿ではなくなっていた。


「で、でも……わたしは楽しかったよ……? 九曜くんと犯人探しが出来て」

「俺もなかなか楽しかったけどな。しっかし、そんなに似合わなかったかなー、俺の魔法少女コスプレ」

「うん。あれは似合ってなかった」

「即答するじゃん。嘘でもないし」


 九曜と翠が揃って笑い合う。

 久々に翠の屈託のない笑顔を見たような気がする。


 ひとしきり笑ってから、翠がつぶやく。


「あの人、これからどうなるのかな。逮捕とか……されちゃうのかな」

「いやあ、そこまでは多分無いだろ。教師に厳重注意されて終わりだと思うぞ」


「え。で、でも、九曜くん警察の人を呼んだって……」

「俺が呼んだのは、警察の関係者であって、警察じゃないからな。あのおっさんのことだから、文化祭で一通り飯でも食ったら帰るだろ」

「あ、あれ……? で、でもでも、警察のサイレンの音がどうとかって……」

「疑心暗鬼になると、そういう幻聴がしそうだよなーって世間話をしただけだ」


 くらっとめまいでもしたように、翠が椅子にへたり込む。


「……つ、つまり、あの人が犯人だと気付いてたから、騙したって……こと?」

「騙したってのは人聞きがよくないな。俺の引っかけに、ことごとくあいつがすっ転んでくれただけだ。間抜けを晒したあいつが悪い」


「九曜くん……それは悪党の言い分だって言ってたよね……」


「だからそう言ってるだろ。俺は悪党なんだって」


 九曜はそう言って、翠をそそのかした時と同じような悪魔の笑顔を見せる。

 そしてようやく、翠は自分が悪魔に踊らされていたことに気が付いたようだった。


「閻魔様と悪魔じゃあ、全然意味が違うよぉ……」

「でも、楽しかったろ?」


 九曜の言葉に、むうと頬を膨らませながら。

 しかし翠は、こくりと頷いた。


「ならば良し。翠は偽札犯に痛い目を見せられて満足。偽札犯は己を顧みて反省。そして俺は教師を脅すネタを一つ手に入れた。三方全員幸せになったわけだ。いやー、やっぱりいいことをするってのは気持ちいいねー」


「やっぱり悪い人だ……九曜くんは悪い人だよぉ……」


 翠が頭を抱えて震えているうちに、他の図書委員が図書室へと顔を見せた。

 どうやらそろそろ、案内係の交代時間らしい。


 引き継ぎをして翠が出てくるまで、九曜は廊下で待つことにした。


「はぁ……なんだか昨日今日と、すごく色んなことがあった気がする……」


 図書室から出てきた翠が、九曜に話しかけるでもなくつぶやく。


「気がするんじゃなくて、あったんだろ。学校内で魔法少女に変身するなんて、これまで試したこともなかったんじゃないか?」

「あ、あるわけないよ……! これはゾディアークと戦うために与えられた力で……わ、わたしが自分勝手に使っていいものじゃないんだから……!」


「でも今回は、それを人に向けてぶちかましてしまった。と。あーあ、翠もついに悪堕ちしちゃったかあー。しかし、なんであの技、服だけ消滅したんだ?」

「れ、レリックバスターは、ゾディアークに取り憑かれた怪物に浄化の光を浴びせて、元の姿に戻す技で……普段は動物とか相手に使うんだけど……まさか人間に使うとあんなことになるなんて……。

 ……ていうか、わたしは悪堕ちなんてしてないから! 九曜くんにそそのかされた×だけ×だから!」


「そそのかされて人間に手を出したら、もうアウトだと思うけどなあ」

「も、もぉー! これ以上わたしを惑わせないで……! まだ言ったら九曜くんにも×レリックバスター撃つ×よ!」


 おお、それは怖い。

 悪の塊である九曜が浄化されたら、骨の髄まで消え去ってしまうかもしれない。


 九曜が大仰に恐れおののいていると、翠ははぁ、とまた一つ息を吐いた。


「……もういいよ。九曜くんが悪い人だって、承知の上で乗せられたのは事実だし。そういう人だから、告白したのも……確かだし」

「お、おう……」

「……好きなものは好きなんだから……しょうがないよね」

「………………」


 翠は少し頬を赤らめながら、改めて恋心を九曜に伝えてくる。


 恋の呪毒の効果——のはずだが、それでも面と向かってこう言われるのは気恥ずかしいものがある。

 元の好意が全く無いと効果が薄いとイルイも言っていたし、なにかしら前から思うところはあったのだろうが……。


「……翠って、俺のどこが好きなの?」


 思わず訊いてしまった。

 訊いたところで、真実がわかるわけでもないだろうに。


「どこが? どこかって……んー……それはね……」


 それに対して翠は、どこか悪戯そうな顔をして。


「……内緒! 別れた相手にいつまでも言うことじゃないよね」

「えっ。俺らいつの間に別れてたの」


 九曜の問いには答えずに、


「でも今日だけは、また恋人になってあげる。さ、九曜くん。もう文化祭も残り時間わずかだよ! 残りはめいっぱい……文化祭楽しんで、一緒に回ろ!」


 そう言うと翠は、九曜の手をぎゅっと握り。

 驚いた顔の九曜を引っ張るようにして、歩き出した。

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