地獄の裁きは楽しげに
文化祭二日目。
一年四組の出し物は、縁日ゲーム大会。
参加費を払って縁日の射的やヨーヨー釣り、投げ輪などを楽しみ、結果に応じて景品がもらえるというものらしい。
たしかこのクラスのはずの
そちらに行って様子を見てきてもいいが……一応。ちょうど手の空いている生徒の一人に声をかけた。
「このクラスって、昨日なんかあった?」
「うわぁっ!? に、二組の
「俺だって生徒なんだから、遊びに来るくらいいいだろ? 文化祭は参加自由。で? なんかあった?」
「な、×なにもねえ×よ! ほ、ほら、遊びたいんだったら、さっさと遊んでいけばいいだろ! どれにするんだ!」
「へー、なにもない。ねえ……」
眼鏡の奥の、九曜の澱みきった目が光る。
「
「————!? な、なんでそれを!? やっぱりお前、何か企んで——」
「ほら来た。何隠してんだ? 素直にゲロっちまえよ。そうでないと俺の標的がお前に移ったりして……」
「は、話す! 話すから! 俺は関係ねえから!」
そうして昨日の出来事を、四組の生徒は包み隠さず話してくれた。
「——偽札が出た?」
「そ、そうだよ。と言っても、おもちゃの千円札だぜ? 子どもの遊びで使うようなわかりやすいやつ」
「ほーん。それが縁日ゲームの支払いに使われてた、と」
「そうなんだよ。それでちょっとした騒ぎになっちまってさ。一般客を入れるのは今日だけだから、昨日の犯人は当然——」
「生徒の誰か。ってことになる、と。成る程。で、それをお前らが隠そうとしてるとなると……教師にでも黙ってろって言われたか?」
「あ、ああ。ちょっとしたジョークだろうからって。先生が立て替えて……」
「あはは。そりゃいいねえ。ジョークジョーク、冗談だから本気にするなってか」
九曜が話している間に、運良くというべきか、運悪くというべきか。四組の担任がクラスに入ってきた。
そして九曜の姿を見るや一気に顔が青ざめる。
「やー、どうも先生。昨日は何やら面白いことがあったみたいで」
「雨宮……な、×なんの話×だ」
「おやー、まさかご存じない? それはそれで教師としての監督責任が果たせていない気がしますなあ」
担任と四組の生徒が目を合わせ、九曜に白状したことを無言で伝える。
「お、お前を止めても——無駄なのは薄々わかっているが、あまり大ごとにはしてくれるなよ!? せめて新聞に載るような事態には——」
「そうなるよう努力するのは、先生方の仕事でしょう? 俺はただ好き勝手やるだけです。所詮は一生徒ですんで」
言いながら九曜は軽い足取りで、担任教師の前を横切っていく。
「ああそういえば」
九曜は思い出したように、聞き取りをした四組の生徒に尋ねる。
「結局おもちゃの千円札と、百合川になんの関係があったんだ?」
「えっ、お、お前、さっきは何か知ってるような口ぶりを——」
「あれはカマかけただけ。引っかかる方が悪いんだよ」
呆れたように、がっくりと。
肩を落とした四組の生徒と担任曰く。
そのおもちゃの千円札を、それと気付かず受け取ってしまったのが、百合川翠だったらしい。
◇
「——んじゃ、よろしくです。世話かけて悪いっすけど」
九曜は電話先にそう伝えると、通話を切って図書室へと入った。
図書室では、図書委員による様々な展示——貸し出しランキングや、おすすめ本の紹介、ちょっとしたクイズなど——が行われていた。
この展示は全体的に言えば静かな、見たままを言うと人が少ない、ぶっちゃけてしまえば不人気の、盛り上がりに欠けるものとなっていた。
そしてその案内は、青い宝石のヘアピンを付けた少女。百合川翠が、どこか沈んだ顔で行っているところだった。
「く、九曜く——雨宮さん。……き、昨日の、件は……その。ご、ごめんなさい……ですけど。な、何しに来たんですか、こんなところまで。……わたしはやっぱり、あなたとは、もう——」
「えー、俺が何しに来たかというとだな。なんと言ったらいいのか。ええと……」
九曜は少し、自分にも。疑問を呈するようにして、続けた。
「——誘拐?」
「…………。ふえ?」
言うや否や、九曜は受付に座っていた翠の手を取る。
そしてそのまま引っ張って、図書室からずかずかと歩いて出て行く。
「ちょ、ちょっと……ま、待って! わ、わたしまだ図書委員の仕事が——」
「あんだけ閑散としてたら別にいらねーだろ。もしなんかあっても、俺のせいにすりゃいいから。平気平気。気にすんなって」
「そ、そんなこと言って……わ、わたしをどこに、連れてくの……!?」
ぐいと翠の身体を引き寄せて、九曜は大きく口を裂くようにして笑った。
「——偽札犯を捕まえる!」
「え……」
「気にならないか? 気になってんだろ? おもちゃの偽札を使った奴が誰なのか。お前を舐めて引っかけて、裏で笑ってた奴を、見付けてやりたいと思わないか?」
「そ、それは…………。……そ、×そんなこと、ない×……わたしが、損するわけじゃないし……あ、あんなのに、×騙されたわたしが悪い×ん、だから……」
「そいつは悪党の台詞だな」
九曜は変わらない悪魔の笑顔で、翠に対して語り続ける。
「悪党はいつもそう言うんだ。
騙されたあいつが悪い。引っかかるのは頭が悪い。運がない、力がない、間抜けを晒した大馬鹿野郎。悪いのはあいつで自分じゃない。自分は悪くない、悪いことをしたとしても自分のせいじゃない。
罪の意識はあるくせに、逃れるために他人を責める」
「ところがお前はどうだ。今もこうして自分を責めてる。おまけに周囲からは黙ってろとお達しが来る有様だ。
さあ、どうする? このまま大人しく従うか? 何もなかったことにして、全てを忘れるか? 他人を責めずに自分を責め続けるか?
どうする? どうする? 百合川翠! なあ魔法少女レリックブルー! お前は正義の使者だよなあ!?」
「で、×でも×……」
「迷った時点で決まってんだよ。さ。行こう行こう。犯罪者狩りの時間だよー」
「く、九曜くん……なんで楽しそうなのぉ……」
「知らなかったのか? いいことをするってのは最高の娯楽なんだぞ」
「娯楽って……そ、そんな言い方……」
「考えたこともなかったか? 翠は良い奴だねー、ホント。あ、そういやもう翠って呼んじゃダメなんだっけ」
「べ、別に……もういいよ。レリックブルーって言われるよりは……嬉しいし」
「ふうん?」
むしろそう呼んだ方が喜ぶのかと思っていたが……色々と翠の内面は複雑そうだ。九曜が安易に踏み込んで解き明かせるものでもないのだろう。
だからこそここは、無理を押し通す強引さが必要になってくる。
と、いうわけで。
「…………ここは?」
「一年二組。俺のクラス」
「それはわかってるけど……ここに今、何の用事があるの?」
「実は今、俺のクラスはコスプレ喫茶なるものをやっていてだな。みんなコスプレ衣装に着替えて店を出しているわけだ」
「うん……う、うん? それで?」
「そーこーでー」
九曜は再び翠の手を取ると、扉を開けてクラスに入り、そのまま衝立の奥の奥まで進んでいく。
「あ。九曜さん。どっか行ったと思ったら何して——」
「ちょっと着替え場所借りるぞー」
そう言って、
「な、なに!?」
翠と共に着替え用のスペースに入り、
「ね、ねえ、なんなの!? これから何するの!?」
がばっと今着ていた服を脱ぎ捨てて、
「く、九曜くん!? 急に何を——だ、×ダメ×だよ。まだ全然心の準備が——」
かけてあった衣装を掴み、
「————って、え?」
流石に慣れてきた様子で服を着込み、
「よし。出来た」
アニメ魔法少女ミラクルシャイン、プラチナシャインの衣装に九曜は身を包んだ。
「…………。あの。九曜くん、何してるの?」
「ああ。これはだな。俺も変身してみせれば、少しは翠と釣り合いが取れるだろうと思ったんだよ。まさかこんな事件で着ることになるとは思わなかったが」
「えっと……よ、よくわからない……」
「まあいいからいいから。お前も変身してみせてくれよ。髪に付けてるそれで、変身出来るんだろ」
そう言って、九曜は翠の髪に付けられた青い宝石のヘアピンを指差す。
「え。で、出来る……けど、こ、これはこんなところで使っちゃ……」
「細かいことは気にするな。これは正義のためだから」
「でも……」
「いいから」
「魔法少女の力は、こんな形で……」
「いいからいいから」
「変身したからって、戦う力が備わるだけで……」
「いいからいいからいいから。お前はこれから、正義の戦いに行くんだ。魔法少女に変身しないでどうする」
「で、でもぉ…………」
「じゃあもう普通に、俺が見たいから変身してくれ」
「そんなのはもっと×ダメ×————! ……じゃ、ないけど……み、みんなにバレたりしないよね……?」
「さあ? どうだろ」
「そこは大丈夫って言ってよぉー!」
そう叫びながらも、翠はヘアピンを掴み、全身を輝かせた。
文化祭の服装から、フリルの付いた魔法少女の衣装へと、翠の姿はみるみるうちに変わっていく。
短めのスカートから伸びるすらっとした足。細い腰を包む柔らかな布。大きな胸をふわっとしたフリルが覆い隠す。これぞまさに魔法少女!
目の前にいる変態女装コスプレ野郎とは、比べること自体が愚弄に値する。まことに貴き存在だ。
「よし、行くか」
「だ、大丈夫かなぁ……」
「たぶん俺と一緒にいれば同じようなコスプレに見えてるって」
「そうかなぁ……」
九曜と翠がコスプレ喫茶の中を突っ切ってクラスを出て行くと、それを見た人々は大いにざわついていた。
◇
「——で、問題の犯人なんだが」
「えっと……九曜くん、当たり前のように廊下で話してるけど……」
通り過ぎる人々の、誰もが振り返る。
それは美貌か、はたまた威光か。脅威の姿、魔法少女。
「目立ってる……目立ってるよぉ……」
「四組の出し物って、それなりに盛況っぽかったよな。お前が会計した奴なんて二、三十人とか、下手すればそれ以上……いちいち顔なんて覚えてないよなあ」
「あ、そ、それは……あの、実はそうでもなくて……」
「え。まさか全員の顔覚えてんの?」
「あ。そ、そうじゃなくて。……ううん、そうなんだけど。あの……ね?」
「おう。どうした?」
不安そうな顔の翠に、九曜は一旦小休止。
翠は九曜の態度にほっと一息、呼吸を整えてから、続けた。
「…………うん。大丈夫。ちゃんと言う。……えっと、だからね。わたし、本来はただの案内係で……店員役の子が少し席を外してた時に、代わりをやっただけなの。だから……」
「会計した奴は、ほとんどいない?」
こくり。翠が頷いた。
成る程。だからこそ余計に、翠は自分のミスに責任を感じているのだろう。
ほんの少しの時間やっただけの仕事ですら、全うできなかったのだから。
「わたしの記憶が間違ってなければ、四人……だったと思う。その四人も、図書委員の仕事で、ちょっとくらい見覚えがあったから、名前……は無理でも、学年くらいなら……。あとは、顔を見れば……でも、その中の誰なのかは……」
翠は肩をしゅんとすくめる。
だが、九曜はフリル付きの肩を大きく開いた。
「それだけ分かれば十分だ。あとは俺がどうとでもしてやる」
「え……。で、でも、本当に誰かわかんないんだよ? どうとでもしてやるって、あんまり滅茶苦茶なことは……」
「そうだなー。今更ながら、俺がお前の秘密——魔法少女だってことを知ったからには、お前も俺の秘密を知ってもいいと思うんだ。
つーわけで、俺の秘密を一つ。お前に教えてやろう」
そう言うと、九曜は舌をべろんと出して、
「実は俺、地獄の閻魔様の真似事が出来るんだよ」
◇
とんとん、と、九曜が三年生の男子生徒の肩を叩く。
「これ、もしかしてあなたの忘れ物じゃないですか?」
魔法少女衣装の九曜にぎょっとして、男子生徒は一瞬驚くが、差し出されたものを見てすぐに真顔に戻った。
「……×なんだい、これ×。……おもちゃのお札? 悪いけど、×僕のものじゃないなぁ×」
「……おや、そうですか。おかしいなあ。おもちゃの千円札を、あなたが使ったところを見た人がいるんですけど」
「×見間違いじゃないかな×。それに、そもそも、おもちゃのお金だろう? お遊びに使ったとして、×何か問題があるのかな×?」
「おもちゃとして使う分にはいいですけどね。実際にお金としてやりとりして、店員にお釣りも貰ったでしょう? 詐欺罪か、下手すれば通貨偽造、行使とか……? 警察に相談すれば、実に重ーい犯罪ですよ。いやー、やっちゃいましたね。先輩」
「は、はあ!? なんだよそれ。×冗談がきついぞ×! 第一、僕はさっきから、×自分のものじゃない×って言ってるんだ。なんだってそんな、最初から犯人だと決めつけるような言い方を……大体、誰だお前は!」
「じゃあ、試してみましょうか。実はさっきから、警察関係者の方に学校まで来てもらってるんです。指紋でも採れば一発でわかりますよ。そう言われると、サイレンの音、聞こえてくる気がしません? ささ、自分の潔白を示すために、どうぞ指紋をこちらに」
「×嘘だ×……お前は×嘘をついてる×……×嘘×に決まってる……」
「俺が嘘をついてないのは、俺が一番知ってます。ご心配なく。さ、是非とも警察関係者に挨拶に行きましょう。案内しますよ、こっちです。どうぞ」
「い、嫌だ……捕まりたくない……×ただのジョークなんだ×。ちょっとした気晴らしで……こんな、こんなお遊びで——なんで僕があぁぁ!」
「ほい。アウト」
飛びかかってきた男子生徒を、九曜は雑に蹴り飛ばす。
そして蹴り飛ばされた先、階段を落ちていくその向こうには。
魔法少女レリックブルー、百合川翠が立っていて——
「悪に——裁きを! レリック……バスターーーッ!!!!」
光とともに、男子生徒の衣服が全て消え去った。
生徒たちが騒ぎ出し、全裸の男の周りに野次馬が集まる頃には、二人はとっくに屋上まで走り去っている。
そうして二人は、屋上でしばし見つめ合ってから。
大きく頭上でハイタッチを交わした。
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