彷徨けば棒にも当たる



「×きゃー、こわーい×!」

「脇腹ッ!?」


 出し物の担当の合間、二人で文化祭を回る九曜くようゆうは、お化け屋敷を抜けたところで明るい日差しを浴びた。


「いやー、今のは良かったねー。なかなか×ドキドキした×よー」

「怖がるフリして抱きつくフリして鋭く手刀をかましてくんじゃねえ……」


 三段構えの暗殺術を決められて、九曜の寿命が十年縮まった。

 一方の夕は溌剌はつらつとした生命力を発揮して、次へ次へと九曜を引っ張り、各種出し物に突撃していく。


 演劇やらイカ焼きやら脱出ゲームやら。

 今日一日で全ての出し物を制覇しようとでもいうような勢いで、夕は校内を歩き回っていく。

 それに付いていく九曜は当然のごとく、体力が猛烈な速度で削られていった。


 そしてしばらく好き放題暴れ回ったあと、


「むむっ、そろそろわたしのコスプレ喫茶担当時間だね。うーん、まだ物足りないけど……しょうがない! ×残りは任せたぞ、九曜隊員×!」


「俺たちはどういう設定なんだよ……」

「ではさらば! また会おう九曜隊員!」


 列島を横断する高速台風のように、夕は九曜の前から去っていった。


「なんだったんだ、あいつは……」


 言って壁にもたれかかる。そしてずるずると廊下に座り込む。

 ここはちょうど文化祭の喧噪からは少し外れたところだったようで、ざわめきが遠くに聞こえた。


 それと同時に、何か音楽が耳に入ってきた。

 ドラムやギター、それにベースの音。バンドサウンドが響いている。


 吸い寄せられるように立ち上がり、音の源を探してみる。

 すると狭い音楽準備室の中で、女子たちが楽器をかき鳴らしてるのが見えた。


「それじゃあ今回はここまで! 明日はもっと派手にステージで演奏するからねー! みんな楽しみにしててよ! フォローといいねもよろしくぅ!」


 ボーカルらしき女子がそう言って、スマホを軽く操作する。

 それから仲間内でハイタッチをしていた。

 その中の一人には、雪姫ゆきひめの姿も見えた。


「あれが雪姫が所属してるっていうガールズバンドかな」


 ボーカル兼ギターらしきポニーテールの女子と、かなりアバンギャルドな服装をしたドラム。それにベースの雪姫という、三人編成のバンドのようだ。


 基本的にはギターの子がよく喋るようで、あーだこーだと話を回しては、たまにドラムにツッコミを入れている。

 雪姫はそんな二人の聞き手に回っているようだが——


 と、様子を窺っていると、


「あ! 誰か覗いてるよ!」

「おっ、なんじゃあ兄ちゃん、女子の部屋覗くたぁ、ええ度胸やのう!」


 ギターとドラムに見つかった。

 逃げようとするが、ギターのポニーテール女子が追いかけてくる。


「ちょーっと待ったぁ! あなたってあれだよね! あれ! あの、えーと……ごめん、名前なんだっけ!!」

「九曜や九曜。雨宮あまみや九曜。ユキの兄ちゃんやろ。こいつも結構な有名人やん」

「そーそー、それそれ!」


 言いながら、二人で九曜をとっ捕まえ、音楽準備室の中へと引きずり込んでいく。

 部屋の中では、雪姫が額に手を当てて渋い顔をしていた。


「ユキのお兄さん、こんにちは! ……じゃなかった。はじめまして! わたし、このバンド、ウェザードロップのギターやってる如月きさらぎはれって言います。妹の雪姫さんにはかねがね……つねづね? とにかくいつもお世話になってます!」


「いきなり連れてきたから、兄ちゃん困惑してるやん。×あかんでーそんなことしたらー×。あ、うちは長谷はせ風花ふうかな、よろしくー。ほんでこっちの子はやな……」


「いやいや、お兄さんなんだからユキのことは紹介しなくていいでしょ」


 晴のツッコミに、風花が満足げににやりと返す。

 どうやらこの二人は、大体いつもこの調子のようだ。


「雨宮九曜です、よろしく……」


 九曜が二人の様子に気圧されている横で、雪姫が目線で、「帰って、帰って」と伝えてくる。

 そうしようにも、明らかにそんな空気ではない。


 さっそく二人がお茶を用意して、こぼして、うぎゃーと喚いている。


 九曜が出し物のビンゴ大会でもらったティッシュでこぼしたお茶を拭いていると、晴と風花がまた話し始めた。


「ほんで、ユキの兄ちゃん何しに来たん? ここらへん人おらんと思ててんけど」

「フウちゃん、そんなの聞くまでもないよ。お兄さんはユキちゃんの応援に来たんでしょ。家族水入らずの楽屋見舞いってやつだよ」

「うちらのライブ明日やけどな」

「生配信やってたから、今日も本番みたいなものだよ」

「配信もう終わってしもてるけどな」


 阿吽の呼吸で繋がる二人の会話に、付け入る隙がない。

 そして雪姫は全然喋らない。


 とにかくいつまでも捕まっているわけにもいかないし、事情くらい説明してみることにしよう。


「たまたま近くまで来ただけで、ここに雪姫の所属してるバンドがいるなんて知らなかったんだよ。悪いな。邪魔したか?」


「たまたま! つまり……運命!? 運命がユキちゃんのお兄さんを、わたしたちに引き寄せたってこと!?」

「ここから×兄ちゃんが名プロデューサーになって、うちらを武道館まで連れて行くことになるんやろなぁ。沸き上がる観客、そして引き裂かれるうちら×……」


「……二人でボケ始めると止める人がいなくなるでしょ」


「おっ、ユキがお怒りやで」

「ボケってなんの話?」


 天然ボケとお遊びボケに挟まれて、普段からの雪姫の苦労が偲ばれる。


 ともあれ、話題は一旦落ち着いたようで。


「冗談は置いといて、一度は挨拶しときたかったんよ。ユキの兄ちゃんならうちらの家族も同然やからな」

「そーそー。だからわたしたちが話してみたいー! って言ってたんだけど、ユキちゃんがいつも嫌そーな顔で、「……やめときなよ」って。それがまさか、文化祭で会えるとはねー」


「ヤバい奴やって噂はうちらも聞いててんけどな。たしかに目ぇからして怖いわ。ドブ底のように濁った目してるやん」

「ちょ——ダメだよフウちゃん! 優しい嘘がつけないと、みんな不幸になっちゃうって知らないの? 本当のことばっか言っちゃダメ! です!」


「……もしかして俺、喧嘩売られてる?」


「こういう子たちだから、見逃してあげて……」


 その後も九曜と雪姫の兄妹を前に、晴と風花はしばらく、夫婦漫才のようなやりとりを続けていった。


「——じゃあ、俺はそろそろおいとまするけど」


「なんや、もう帰るん? まだ文化祭終わるまで時間あるやん。もっと話そうや。なんならちょっとくらい、ロハで演奏したってもええでー」

「そうそう。ユキちゃんもお兄さんが来てからずっと嬉しそうにしてるし!」

「し、してないから!」

「えー? そうかなぁー? 普段よりなんか…………なんか? なんだろ。なんかユキちゃんいつもより楽しそうだよね?」

「うちにはユキの表情はわからん。ハレにしかわからん」


「いや、これから俺普通に用事あるんで」


 そろそろみどりとの約束の時刻だ。

 色々と準備もしておかなくてはならないし、タイムリミットはもう間近だ。


「そういえば、お兄さんは明日のわたしたちのライブは観に来るんだよね?」

「あー……」


 雪姫の方をちらっと見て、


「あ、今ユキが首振ったで」

「えっ!? なんで! お兄さんに晴れ舞台を観てもらえる絶好の機会だよ!?」


 二人の密かなやりとりを、晴と風花が見逃すこともない。


「そ、そういうのは……家族ほど恥ずかしいものなの!」


「そうなの? わたしはお姉ちゃんが観に来るけど」

「うちは親が来る言うてたから蹴り飛ばしたったわ。ユキ、うちは分かってんで」

「あー! 二人だけで通じ合ってずるい!」


「ま、まあ雪姫の場合は、作詞作曲も自分でやってるんだろ。余計に気恥ずかしいところがあるんじゃねえのかな。どうせネットには上げるんだろ? どうしても観たかったらそこで観るよ」


「むー、生のライブでしか味わえない楽しみがあるのにー」

「まま、ええやないの。これも兄妹の愛の形や」


 ようやく三人納得したところで、いよいよ九曜がその場を後にする。


「あ、そういえば、一応聞いときたかったんやけど」


 部屋を出て廊下まで出たところで、風花が完全に忘れてましたという調子で、九曜に尋ねてくる。


「最近ユキの周囲に、変化とかあったりせん? ペット飼いだしたとか、趣味増えたとか、なんやったら——彼氏出来たとかでもええけど」


 急なぶっこみで、九曜に電撃が走る。

 え。兄妹で付き合ってるのがバレてる? いやそんなまさか。


「…………なんで、急にそんな疑問を?」


「いやな。最近になってユキのやつ、作ってくる曲の方向性が変わった気がすんのよ。前はもっとこう……

 許されない罪を背負って——、だけど愛してる、どうか抱いて、穢して、わたしと一緒にどこまでも堕ちて——

 みたいな感じやってんけどな。最近のはそこに、救いが入ってくるというか」


「あー、分かる。ちょっと明るくなったよね。ユキちゃんの曲」

「能天気なハレが歌う分には、今の方が合ってんねんけどな」

「えー、なにそれ。それじゃまるで、今までのわたしがダメダメだったみたいじゃん!」


「デモテープに声入れてるユキの方が曲に合ってたのは事実やん」

「それはそうだけどー」


 また勝手に二人で話しはじめている……。

 しかし、ちょっと興味深い内容ではある。


「ユキちゃんも歌上手いのに、ボーカルは嫌がるよね。わたしたちの前ですら歌ってくれたことないし」

「そのへんも含めて、兄ちゃんなら事情知らんかな、と思ててんけどな。どうやろ、なんや知らん?」


「あー、まあ、思い当たる節はないこともないけど……」


 九曜は慎重に言葉を選び、


「なにも問題ないはずだから、心配しないでくれると……助かるかな」


 首を傾げて目を合わせる二人に、後ろから雪姫の声がする。


「ちょっと、ハレフウ! そろそろいい加減にして!」


 すると二人は、仕方ないという表情で、音楽準備室へと戻っていった。



 ◇



 よし、とりあえず、今は翠のことだ。

 廊下を少し足早に、クラスへの道を戻っていると——


「でも……やっぱり……ううん……」

「あでッ——!?」


 どんと誰かにぶつかり、慌てて相手を支える。


「悪い、見えてなかった——って」


 ぶつかったのは、よりにもよって翠だった。

 そういえばちょうど翠のクラスの前だったか。このタイミングはどうなんだ。


「あ。九曜く——あ、あの、えと……」

「ええと、ちょうどいいや、一緒に文化祭回る約束のことだけど——」


 そう言われた瞬間に、翠の顔が青ざめた。


「おい、なんか顔色——」

「あっ、あのっ! や、やっぱり、あの話、なかったことに! わ、わたし、×急な用事が出来た×ので——! 全部もう、ダメなので。今日はもう、帰ります。

 ご、ごめんなさい。ごめんなさい——ッ!」


 そう言うと、翠は脱兎のごとく。

 九曜の前から逃げ去っていってしまった。


「…………え? マジ?」


 そうして九曜の困惑を残し、文化祭の一日目が終了した。

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