今日はハレの日
「文化祭始まりましたねー」
「始まったなー」
「お客さんもさっそく入ってきてますねー」
「今すでに俺ら仕事してるしなー」
「電気で調理できる器具って今は多いんですねー」
「オール家電とかもあるしなー」
「そろそろ紅茶大丈夫ですかねー」
「こっちもワッフルいけそうだわー」
「それじゃあ店員役の人に渡してきますねー」
「いやなんでお前が裏方なんだよ!?」
我慢しきれず、
「あまり大きな声を上げないでください。衝立の裏から急に声がしたら、お客さんがびっくりするじゃないですか」
「びっくりしてんのは俺なんだわ。担当の一覧見たとき困惑したんだわ。なんで見た目のいいお前が調理担当で、クラスの男子どもが接客してんだよ。どう考えても普通逆だろうが」
「執事喫茶いいじゃないですか」
「よくねえよ。あいつら大体女装じゃねえか」
「面白いじゃないですか」
「面白いけども!」
たしかに女装もネタ的な意味で目に留まるところではあろう。だが、それにしたって、今のイルイは裏方にしておくには惜しい。
なにしろ、細部まで凝った装飾の和風メイド姿が、黒髪大和撫子のイルイには大変よく似合っているのだ。
短めのスカートから覗く足にも視線が行く。校内での文化祭であるため積極露出ではないにしろ、見事なプロポーションがよくわかる、なかなか扇情的な姿である。
この姿のイルイが接客担当をしていれば、一年二組のコスプレ喫茶は、全校の話題になること請け合いだろう。
「九曜さんはそんなにお好きですか? わたしの終末のサムライ・黒き刃篇、クラミツハちゃんコスが。そんなにわたしが薄幸美少女ヒロインに見えますか」
「そりゃかわいいと思うから言ってんだけど」
「………………」
「自分で言っといて照れんなや」
無駄に頬を赤くしているイルイは置いておいて、九曜は話を続ける。
「そういうことじゃなくてだな。あんまりイロモノばかり前面に出しても仕方ないだろうという話をしたいわけだよ。そもそも誰が決めたの? この配置」
「目立つのが得意ではないので、わたしが自分から……。でも、イロモノで言えば九曜さんも人のこと言えないじゃないですか」
「うっ……」
それを言われると痛い。
というのも、
「九曜さんの魔法少女ミラクルシャインのプラチナシャインのコス! 本当に! 死ぬほど! 似合ってないですからね!」
「ぐうぅぅっ!!」
肩幅にまるで合っていないヒラヒラの袖。本来ふわっとするはずが、はち切れんばかりに張り詰めた上半身。そしてスカートから伸びる大股開きの足。
何一つ女性的な服を着ることに対して配慮の感じられない、まさに女装! という有様の女装コスプレ。
それが今の九曜の姿だった。
「最高に酷いです。ミラクルシャインを穢さないで欲しい。今すぐにでもわたしの記憶から消えて欲しい。それが無理ならこの世から消滅して欲しい。そもそもなんで生きてるんですか九曜さんって」
「そこまで言う!? そりゃ似合ってないのは百も承知だけども!」
「似合ってないとか以前に、本気が感じられないんですよね。
まずサイズが合ってないですし、男性の体つきを隠そうとする意識すら感じられません。
細かい部分の調整は今更無理だとしても、せめて立ち方や座り方くらい今すぐにでも修正するべきで——」
「やばい。これは墓穴を掘ったぞ」
接客をしている男子たちと比べても、二段か三段は酷い九曜の女装コスプレを前に、イルイの容赦ないダメ出しが入る。
気付けば九曜はそんなイルイの罵倒を一身に受けながら、ただ無心にワッフルを焼くばかり。
そうして文化祭開幕からしばらくの間、九曜はイルイと裏方仕事に邁進することとなったのだった。
◇
なぜか結果的に地獄と化した裏方作業の担当を終えて、九曜とイルイはとある空き教室へと向かった。
空き教室にはいくつかの部活が同時に出店しており、二人はその中から、しばらく順番を待って、暗室に閉じられたような空間に入った。
「いらっしゃーい……、今度の方はカップルでいらしたのかなー……。……って、なーんだ、九曜にルイちゃんじゃん。おつー」
そこにいたのは、
ここはオカルト研究部のタロット占い屋。
人足は絶える様子もなく、なかなかに繁盛しているようだった。
「二人とも、もうクラスの担当時間終わったん? って、うーわ、もうこんな時間じゃん。いやー、占いは×真面目にやってる×とすーぐ時間経っちゃうねー」
「お疲れさまです、夕さん。差し入れ持ってきました」
そう言って、イルイは夕にペットボトルと、クラスで作ってきたワッフルを渡す。
夕は差し入れにうひょーと声を上げて喜びながら、すぐさまペットボトルの清涼飲料水で喉を潤した。
「あーうまい。生き返るー。この暗室の中、あっついんだよー。×誰なんよ×、こんな薄暗いところで占いやろうとか言い出したのー」
「夕さんです」
「えー、×そうだっけ×」
夕は適当な軽口を叩きながら、マニキュアの塗られた手でワッフルを食べ始める。
「クラスはどうよ。コスプレ喫茶×盛り上がってる?×」
「悪くはないと思いますよ。空席はたまにありますけど、閑古鳥が鳴いてるような雰囲気ではないです」
「おー。よしよし。ならばいっちょ、このわたしが×一肌脱いで×、更に人気出してやりましょうかね」
「ほどほどでお願いします」
現状でも、調理の方は想定がやや甘かったようで、調理器具が足りず、注文に一部商品の完成が追いつかない場面が出ていた。
隙を見て作り置きをすることにして、ある程度余裕は持たせたが、今後どうなるかはわからない部分がある。
「ふむふむ、そこらへんは臨機応変に対応するっきゃないねー」
夕はイルイの報告を受けて、頭の中で計画を練り直しているようだった。
「ていうか、九曜! おのれは×なんでルイちゃんと一緒におる×んじゃ! 二人で文化祭×しっぽり楽しみやがったか×このエロ眼鏡!」
「はあ!? 急になんの話をしてんだよ! 一応仮入部だから来てやったのに、なんで文句言われにゃならんのだ」
「そうですよ、夕さん。わたしと九曜さんはしょせん×遊びの関係×なので、心配無用です」
「誤解招きそうなこと言わないで!?」
九曜が一通り振り回されたところで、夕とイルイは揃ってけらけら笑った。
「そいじゃ、そろそろわたしも交代するかなー。×たぶん×そろそろ先輩らが来る時間だろーし……あ、×そうだ×、せっかくだし、二人も占ってく? 時間ないから簡単なやつだけど」
「……どうする?」
「わたしは……×いいですけど×」
「なーにさ、二人揃って嫌そうにー。そんなに×わたしのこと信用できん×かね。今回は本当に遊びだよ。なになに、二人の関係はー、と……ほいほい」
ほい。と最後に開いたのは、十八番のアルカナだった。
「月の正位置のカードが出たねー。どうやら二人とも秘密を抱えているみたいだね? お互いに何か隠していることがあるのかな?」
「それは……」
「あー、どうかな……」
また何か、カマでもかけてきているのか?
それとも本当に、今回は遊びなのかもしれない。
「あはは! マジに受け取らないでって。二人とも表情が固いぞー」
言っているうちに、背後からオカ研の先輩が入ってきた。
九曜の顔を見て、ぎょっとしているのがわかる。
「おっと、そろそろ交代ねー。わたしがフリーになってー。ルイちゃんは展示の受付と列の整理だっけ」
フードを脱いで先輩に渡し、夕が暗室から出てくる。
その間に、イルイは奥から追加のフードを持ってきて、自分も被って占い館の案内を始めた。
空き教室を出たところで、うーん、と伸びをして。
Tシャツ姿に戻った夕が、九曜に話しかける。
「じゃあ、少しの間だけど、一緒に見て回ろっか。九曜はどこ行きたい? わたし、もうちょっと腹ごしらえしたいんだよねー。当然、おごってくれるよね。彼氏くん」
「……今時じゃねえなあ……」
言いながら、九曜と夕の二人で歩き出す。
「そういえば、あの衣装は×どしたん×? 九曜の魔法少女姿、めっちゃ楽しみだったのにー。なんだっけ、×シャインマスカットみたいな×」
「あれは一旦、着替えて置いといた。イルイが絶対にあの格好と一緒に歩きたくないとか言うから」
「えー。もったいない。あんなので歩き回れば、めちゃくちゃ目立って宣伝になるのにね。そういえば、ルイちゃんも上にコート着てたっけ」
「あいつコスプレ気合い入れてるくせに、他人に見せる気ねえんだよ。何がしたいのか意味がわからん」
話しながら歩いていると、九曜のスマホが震えた。
「おっ、焼きそばあるじゃーん。買ってこよ」
夕がひょいひょいと焼きそば屋に向かうところで、スマホの通知を確認する。
『午後の後半からなら、空いてます』
その通知を確認して、九曜はよしと頷いた。
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