祭りの直前は落ち着かない



「おらー、皆の衆ー! 買い出し部隊が戻ってきてやったぞー!」


 クラスの扉を足で開けながら、ゆうが大きく声を上げた。

 遅くまで残って作業を行っていた生徒たちが、その声を聞いて大いに沸き立つ。


 それもそのはず。この買い出しには文化祭当日の分以外にも、作業チームを士気高揚すべく、差し入れとしてのお菓子等々が含まれている。こうして喜ぶのも当然というわけだ。


 しかしそれはつまるところ、当初の想定以上に大荷物になっていることも意味するわけで……荷物持ちとして同行した九曜くようは、両腕と背中に袋を目一杯ぶら下げたり背負ったり。

 グロッキーになりながら、へろへろと夕を追ってクラスに入っていった。


 文化祭本番はもう明日に迫っている。

 準備も最後の追い込みとなっていた。


「あー……死ぬほど疲れた。腕上がらん」

「お疲れさまでした。九曜さん」


 九曜が自分の席に身体を投げ出すように座ると、隣からイルイがねぎらいの言葉をかける。


 イルイはすでに自分の担当作業を終えており、他のクラスメイトが担当する分の手伝いをいくらかこなしている段階だ。

 九曜はまだ多少の作業が残っているが、下校時刻までに終わらせることくらい余裕だろう。

 二人とも準備に関してはもはやウイニングランといっていい。


 ただ、思いのほか疲労した分だけ、九曜の作業が遅れる不安はあるが。


「やーや、よくやってくれたね荷物持ちくん。ほれ、褒美のエサでもくれてやろう」


 近寄ってきた夕がそう言いながら、袋を開けたプロテインバーを差し出してきた。

 まさにベストタイミング。狙い澄ましたかのような食糧に、九曜が手を伸ばす——ところをすっと避けて、ぐいぐい口の前まで押し付けてくる。


 九曜は少々不服な顔をしつつも、夕の手から直接プロテインバーを囓り始めた。


「わははははー、美味かろう」


 無事食べ終えたところで、パサパサになった口をコーラで潤す。

 それから今度は、九曜から夕におやつのスティックチョコを与え始めた。


「二人とも、何やってるんですか……」

「エサやり」

「もごもご……ういやゃんも×やる×? ほいこれ」

「やりませんけど……お菓子はいただきます」


 スティックチョコだけもらって、イルイはサクサクと食べていく。


「お二人はいつもこんな感じなんですか?」


「お? なに? お菓子を食べさせあう様子が恋人みたいだって? おいおい九曜、わたしたち言われちゃってるぞー。きゃー、×困る×ー」

「こいつ誰にでもこんなノリだぞ。騙されるなよ黒鐘くろがね


「失礼な。男子には九曜にしかやらんし。勘違いされると困っちゃうからねー。高校生活上手くやるには距離感が大事」

「……九曜さんはいいんですね」

「んっふっふ。そりゃあまあわたしたちは……って睨むな睨むな! まったく、冗談だってのに。やだねー冗談の通じない奴」


 九曜の顔を見て慌ててから、夕はイルイに返答を返す。


「九曜は勘違いしないから。そのへんは大丈夫。むしろちょーっと誤魔化そうとしただけですぐに指摘してくるから、もー相手すんのが×面倒で面倒で×」


 夕はやれやれといった態度をするものの、表情は楽しげにしている。


「九曜との付き合いもね。もう半年くらいになりますけども。いけ好かない奴ですよ、こいつは本当に。口が悪いし態度も悪い。おまけに×頭も成績も悪い×」

「俺を頭悪い側に入れたらこの学校バカだらけだが」

「——という冗談はともかく、本当に素行がね。悪いわけですよ。何故か警察に連れて行かれたこともあれば、なにやら怪しい人とお金のやりとりをしてるという情報もあるしね」


「あ、あはは……」


 先日、九曜の『バイト』を見た手前、イルイは何も言えない様子。


「そんなわけで、学校の厄介者な雨宮あまみや九曜くんと、クラスのみんなの×間を取り持っている×このわたしに、キミはもっと×感謝すべき×なんだよ。×わかっとるのか×ね、そのへん」

「知らんがな」

「なにおーう! この×恩知らず×ー!」


 ぎゃいのぎゃいの言い出したところで、買い出し品に群がっていたクラスメイトたちから夕にお呼びがかかった。

 どうやら明日のメニューについて、最終確認をするようだ。


 夕は軽い足でひょいひょいと九曜たちの元を去っていき、まるで最初から話を聞いていたかのように向こうの会話に参加する。そしてすぐに話の中心として緊急会議を回していた。


「すごいですよね。夕さん。天性のリーダーシップとでも言うんでしょうか」

「んー……否定はしないけど……」

「なんですか九曜さん。自分が除け者だからって嫉妬ですか」


 前からずっと。

 それこそ初めて言葉を交わした時から、九曜は夕について怪しんでいた。

 そのあまりの、表面的な取り繕いぶりの上手さについて。


「……まあ、そういうのが異常に得意な人間も、実際いるっちゃいるんだが……」


 それにしても、夕に関しては特別奇妙な印象を、九曜は前から感じていた。


 相手が何を言いたいのか、最初から知っているかのような。相手が求める答えを、既に持っているかのような。

 あまりにも自然に、あまりにも上手く、全てのやりとりが綺麗に流れていくという、違和感。


 この違和感の正体がわかれば、今回の人狼探しの解決にも繋がるかもしれない。


「人狼ってさ。もしかして他人の心を読めたりする?」

「え。いや、それは×知らな×……じゃなく、無理ですけど」


「……ふうん。じゃあなんだろうな」

「というか、心を読めるのは九曜さんの方じゃないですか。嘘がわかるとか、心を読めるのと大差ないですよ」

「いや、全然大差あるぞ。嘘をつかないことと、本当のことを言うのは、全く違う話だからな?」

「………………。たしかに」


「おーい、お二人さん。ハブられてないで、ちょっとこっちおいで」


 小声でやりとりする二人に、クラスメイトの輪から声がかかった。夕の声だった。

 呼ばれた通りに、二人はほいほい寄っていく。


「なんじゃい」

「なんですか?」


「コスプレの衣装。自前で用意した人以外の分は、わたしらがガーッとまとめて買ってきたから、適当に選んでちょーだい。

 交代の時は着回すけど、店員みんなで着ても、ちょっと余るくらいはあるから。もし揉めたらじゃんけんね」


 クラスメイトたちがわいわいと、自分はあれがいい、あの子はこれがいいと騒いでいる。

 コスプレ喫茶を担当する人の分は全員、今のうちに決めてしまうのだろう。この場にいない人たちはご愁傷様。


「なんか、女子向け多くないか」

「コスプレですし、そんなもんでしょう。わたしは自分で用意したので、この中からは選びませんが」

「何知らんうちに気合入れてんの……?」


 並べられたコスプレ衣装を見ながら、言葉を交わす。


 そこで一つ、九曜は面白い衣装を見付けた。

 それと同時に、ちょっとした企みも。


「俺はこれにしようかな」


 九曜が手に取った衣装を見た時、周囲が一瞬静まりかえった。


「九曜さん、本気ですか……?」

「あはは、ウッケるー! 似合う似合う。絶対九曜に似合うって! ほんと買ってきて正解だったわー!」


 夕がひとしきり笑ったあとは、再びクラスメイトたちも衣装選びに戻っていった。これが誰、それはいつ、思いのほかすいすいと話は運ぶ。


 ついに、明日は本番。

 三股男の九曜にとっては一つの正念場。


 ————文化祭が始まる。

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