ちょっとだけバイトする
「帰宅部の何が問題って、こういう時に仕事押し付けられることだよな」
放課後、クラスは文化祭準備の真っ最中。
「だったら九曜さんも仮入部とか言ってないで、さっさとオカルト研究部入ればよかったじゃないですか。とはいえ、わたしも部活ではやることないので、こうしてクラスの手伝いしてるんですが」
その九曜の隣では、イルイが小物の装飾をしている。
総じて、クラス全体では現在、時間に余裕のある人間が集まってコスプレ喫茶の内装を進めていた。
文化祭の前日と前々日には、特に暇な連中——当然、九曜も含まれる——が、食品類の買い出しを行う段取りとなっている。
「コスプレと言われてもわたし×あまり詳しくない×んですけど、今回はどんな格好すればいいんですかね?」
「俺なんかより参考になる奴、他にいるだろ。ほら、そこの女子とか」
「ひっ」
人に呼ばれて、「ひっ」はないだろう。
とは思いつつも、気にせず九曜は怯え気味のクラスメイトに話しかける。
九曜の記憶が正しければ、この女子は今回の出し物に賛同意見を出したうちの一人だったはずだ。コスプレについても的確な情報を教えてくれることだろう。
曰く、コスプレと言っても、今回はそこまで凝ったものは必要ない。
通販やどこぞの激安の殿堂などでパーティーグッズを買ってくれば十分で、ハロウィンの仮装などをイメージしておけばいい。
もちろん、本人がこだわりたければその限りではなく、自分の懐が許す限り、最高のコスプレを目指すことはなんら問題ない。
わたしは既製品をそのままにせず自分の手でじっくり調整して、最近推しているアニメキャラの再現を追求するつもりだ。
とのことだった。
「終盤の自己主張はどうでもいいが、要するに適当で問題ないってことだな」
「三角帽子を被った魔女とか、ゲームやアニメキャラの衣装を着るとか、もっと普通にメイドさんとか、そんな感じですかね」
「俺は赤い帽子と付けヒゲで済ますかな」
「コスプレを舐めないでください」
「なんで急に玄人目線入った?」
無駄に言葉を交わす二人のところに、文化祭でのサブリーダーを任された男子がやってくる。
「
「わたしはいいですよ」
「俺はバイトあるんだけど」
「えっ、九曜さんバイトなんかしてましたっけ」
「短期のバイトがあるんだよ。俺だって小遣い稼ぎくらいする」
「嘘でしょう」
「ホントだって」
「たぶん嘘なので大丈夫です。二人で買い出ししてきます」
「おいホントだっつって——まあいいか、どうせすぐ終わるし……」
「ええと、結局……任せていいんだよね?」
イルイはしっかり、九曜は不満げに、二人揃って頷いた。
◇
「この喫茶店、かな」
九曜は手にした紙のメモを確認しながら、喫茶店の扉を開いた。
「なんで今どき、わざわざ紙にメモしてるんですか」
「いちいちうるせえなあ。別に俺のバイトまで一緒に来なくてもよかったのに」
「そう言って逃げるつもりかと思いまして。最近わたし、
九曜の後ろからは、ワンピースに長めのコートを羽織り、小さめの帽子を被ったイルイが付いてきていた。
もうカレンダーは十一月に入り、肌寒さは日に日に増すばかり。道行く人々の服装にも色々と変化が出てきている。
「えーと、席は窓際の……奥から二番目……」
店員に案内される前に、メモに書かれていた通りの席へ自分から向かう。
それから、
「お前はそっちな。俺はこっち」
座る場所まで指定して、九曜たちはようやく腰掛けた。
「さっきから、何してるんですか?」
「だからバイトだって言ってんだろうが。しつこいぞ。本当なら、こうして同行させるのも嫌だったんだが。まあお前なら今更かと思って……」
話しながら、とりあえず注文を決める。
九曜はホットコーヒー、イルイは店長おすすめブレンドのハーブティーを選んだ。
「ここのハーブティー、おいしいんですかね」
「知らんわ。初めて来たし」
「初めて来た喫茶店でバイトするんですか? 大変そうですね。
あ、このスコーンおいしそう。そういえば文化祭のメニューにありましたっけ。自分たちでも作れますかねえ。九曜さん作り方知ってます?」
ゆっくりコーヒーを飲んでいる九曜に対して、イルイは矢継ぎ早に話しかける。なんだか妙に、今日はテンションが高めなようだった。
「……元気だな」
「あ。そ、そうですか? えっと…………文化祭とか、ちゃんと参加するの初めてなもので。恥ずかしながら」
「へえ?」
「家がその……色々と厳しくて、ですね。こういった行事にはなかなか参加する機会がなく……。なので結構、今回の文化祭は楽しみだったりします」
「ふーん。お前が転校してきた当時は、きっと深窓の令嬢だとか、謎のお嬢様だとか言われてたけど、あながち間違いでもなかったんだな。
ってことは、俺みたいな男と二人でデートするのもこれが初めてなわけだ」
九曜の言葉に、イルイがぶふぉっと咳き込んだ。
げほげほと咳をする姿に店員が寄ってくるのを、イルイが大丈夫ですと制す。
「な、×何言ってるんですか×九曜さん! これは×ただの×買い出し。わたしたちは、ただ用事をこなしてるだけですから!」
「冗談だよ。そんな焦らんでも」
「……まったく洒落になってないんですよ。三股を四股にでもしたいんですか」
「二股になりそうではあるけどな」
九曜が自嘲も込めて言ったところで、喫茶店の扉が開いた。
入ってきたのは横にでかい初老の男と、痩せた女の二人。男の案内で二人は九曜たちのそばの席、正確には、九曜の座る椅子の後ろ側にある席を選んだ。
「それに関しても、九曜さんが変なことを言わなければ——」
イルイが話の続きをしようとしたところで、九曜が口に指を当てて、静かに。と伝えた。
九曜の真似でもするようにイルイも同じく口に指を当て。どういうことです? と首をかしげる。
九曜はイルイの問いには返答せず、静かにコーヒーに口を付けた。
そうしてしばらく、九曜の背後で男と女の会話が続いた。
「——そうなんですよね。あの人も×早く帰ると言っていた×んですけど。どうして——」
「——そんな×様子はありました×から、×気になってはいた×のですけど——」
そうやって一通り、話を終えたところで、男と女は喫茶店から出て行った。
「…………なんだったんですか、今の。というか、もう話してもいいですよね?」
「ああ。もういいぞ。俺らも、もう少ししたら出よう」
すっかり冷めたコーヒーとハーブティーをそれぞれ飲み干し、スコーンをテイクアウトしてから、九曜とイルイは喫茶店を出た。
店を出ると、そこから少し離れたところ。道の外れに、先ほどの男女の片割れ、横にでかい初老の男が立っていた。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ」
イルイにそう告げて、九曜は一人で男のところに向かう。
「なんだ雨宮、女連れか? しかもえらいべっぴんさんじゃねえか。お前もとうとうそういう年頃かよ、若いってないいねえ」
「言っとくけどあいつは彼女とかじゃないんで。ここに連れてこれるってことで大まかに察してくださいよ」
「おお? そうだな。……成る程。——で、どうだった」
九曜は男と話していた女が、嘘を吐いた箇所について、一つずつ順番に伝える。
それを男は熱心に全て書き留めていった。
「あんがとよ。そんじゃあこれ」
「ほい。まいど。でも、あんまり頻繁に呼びつけないでくださいよ」
「そいつぁ世の中に頼むんだな。天下泰平なら俺らは揃っておまんまの食い上げよ」
最後に男は九曜に渡していた紙のメモを受け取ると、ライターで燃やして捨てる。
そして「じゃあまたな」と言い残して、その場を去って行った。
「……あの、なんだか非常にまずい現場を見てしまったような気がするんですが」
男が去ったところで、九曜のところにイルイが寄ってきた。
「別に、悪いことはしてないって。あの人警察の関係者だから」
「刑事さんってことですか?」
「いや、関係者。そういや俺も、正確にはどういう立場なのかよく知らないな」
受け取った封筒の中にある札の枚数を数えながら、九曜はイルイと言葉を交わす。
「まあ、俺みたいなのに依頼するのは、正規ルートじゃ無理だから。ああいう人も必要なんだろ」
「そ、そういうものなんですかね……? わたし、急に九曜さんのことが怖くなってきたんですけど」
「今更かよ。お前以外は学校の全員が怖がってるぞ」
中身を確認した封筒を懐に仕舞う。
それから、九曜は改めてイルイに話しかけた。
「んじゃ、気を取り直して文化祭の買い出しに行くか。何が必要なんだっけ。接着剤と、リボンと……」
「あ。それはメモしてあります」
そう言ってスマホを取り出したイルイの手元を、九曜が覗き込む。
ふむふむ。と買い出しの内容を確認し、買い物のルートを考えているところに、イルイが尋ねてきた。
「……九曜さんの
「あー? まあ、無くはないけど……。ほら、刑事って一応、イイモンじゃん」
「え。はあ、そうですね……一応」
「俺は悪者だから、刑事はいいかなって。今でも三股して恨まれたりしてるしな。だからたぶん、このくらいの関係が丁度いいんだよ」
「……そういうものですかね」
「そういうもんだ。さ。行こうか。まずは近くのホームセンターに……」
そうして二人、スコーンを食べながら買い物をして。
暗くなる前にイルイを送ってから、九曜は家に帰った。
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